SHIBUYA BUNKA SPECIAL

shibuya1000を聞く! シブヤ地下の音って?

「サイトリノベーション」を提唱する杉浦久子教授はスクラップ・アンド・ビルドの時代の中で、都市的なストックや既存空間の中にある面白いものを発見する目、読み取れる能力を大事にする建築家。今回「shibuya1000」の作品として出展する「オノマトペB面」では、渋谷駅地下空間で感じる「音」に着目。「ピッ」「ゴォー」などのオノマトペ(擬音語)をリーディングすることで、人と場所との関係を可視化することにチャレンジしている。急ピッチで作品制作が行われている研究室を訪ね、杉浦先生に作品の企画意図やフィールドワークにおけるエピソードなどについてお話を聞きました。(2010年3月12日掲載)

shibuya1000 展示企画「オノマトペB面」
開催日時 3月13日(土)〜3月22日(月、祝)11:00〜20:00
開催場所 地宙船地下4階

杉浦久子教授 1958年東京都生まれ。昭和女子大学生活環境学科(建築)教授。1987年早稲田大学大学院(建築)修了。1992年フランス国立建築学校(バリ・ラ・ヴィレット校)修了、1994年フランス政府公認建築家資格(D.P.L.G.)取得。主な作品は1995年仙台メディアテーク建築設計競技案(古谷誠章氏と共同、優秀賞)、1996-1997年世田谷瀬田南地区における歩行者空間デザイン「流転の道」、2000年トーク・ピース・ケース/三茶の音風景、2002年SDレビュー入選(蚊帳のウチ)など。2003年から「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」に参加するなど、アートとの関わりの中で建築の可能性を探求している。

学生たちがママチェリを漕ぎ、東京の地表面をリーディングした「オノマトペA面」

--「shibuya1000」で出展する作品について教えてください。

昭和女子大学杉浦研究室 「東京をこぐ/チャリーディング・ノーテーション」(「建築雑誌」2009年10月号に掲載)

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今回は「オトマトペB面」という作品を出展しますが、まず本題に入る前に「オトマトペA面」についてお話する必要があります。昨年10月に日本建築学会が発行する学会誌「建築雑誌」で、私たちの研究室は東京の地形を自転車でリーディングする「チャーリーディング・ノーテーション」という調査レポートを発表しました。五十嵐太郎さんが編集長を務めていた(2年任期、昨年末まで)同誌は学会誌でありながらも、普通の商業誌のような雰囲気でやろうということで、タレントのタモリさんに「坂の魅力」について巻頭インタビューをするなど、ユニークな試みをしています。この当時は、私も編集員の一人でしたが、この雑誌の中で昨年、「東京新地形論」という特集を組みました。今まで都市的な建築ネタに落ちてくる「東京特集」は散々行われてきたので、建物よりももっとベーシックな「地形」という切り口から東京を読み解いてみようというもので。この企画には昭和女子大、日大、国士舘の3つの大学の研究室が参加したのですが、私たちの研究室では、自転車で「東京の地表面」を走行しながらカラダで感じた「オノマトペ(擬音語・擬態語)」をリサーチしました。

--リーディングしたエリアは、東京のどの範囲ですか?

もちろん、東京とは言っても全部やるわけにはいきませんから、大学近くの大橋ジャンクションを中心に半径2km、直径4kmの範囲を8ルート(コース)に分けて、学生たちが手分けをしてママチャリでフィールドワークをしました。なぜママチャリかといえば、ギア付きの自転車だと体感が分からなくなってしまうから。「坂を昇るところ」「坂を下るところ」「まっすぐに走れるところ」「階段(段差)のあるところ」「ベルを鳴らしたくなったところ」「ブレーキをかけたくなったところ」など。道のアップダウンや、人ごみで混んでいてベルをつい鳴らしたくなった、ブレーキをかけてしまったなど、地形情報とそこで起こっている状況を2次元の地図に表記しました。通常、2次元情報媒体の場合、アップダウンは「等高線」で表現するわけですが、それだけだとなんとなく即物的なので。私たちがやりたかったことは、人と地形が絡んだときにどういう経験をしているか、ということ。最近、渋谷界隈では自転車に乗る人が増えていますが、たぶん、皆さんも地形を体感しながら走っていると思います。

--「オノマトペA面」の体感を、一体どのように地図に記述していったのですか?

ママチャリを使ったフィールドワーク

カラダで感じる、太ももで感じる東京の地形として、自転車を漕いでいるときの平坦な道を走行するときの「スー」、坂道を下るときの「シャー」、坂道を上るときの「ん”〜」、ブレーキをかけたら「キキーッ」、段差を感じたら「カタン」、さらに大きな段差は「ガッタン!」など新しいノーテーション(記述法)を考えてみました。「等高線」はそれ以上でもそれ以下でもないから、こうした新しい試みで少しでも世界観が変わるじゃないかと。自転車に乗っている人とは「だよね!」「知ってる、知ってる、あそこの坂だよね!」という共感し合う、コミュニケーションのツールにも成り得るし。日常、私たちが経験している都市はいろいろ感じていながらも、何にもしなければ流れていってしまう。あえてピックアップすることで、見る前と見た後では「スー」「シャー」「ん”ー」といった身体感覚に対する鋭敏さがぜんぜん違う。日常生活の中でボーと過ぎていることが、より面白がれるキッカケになるんじゃないかと思います。

--渋谷のオトマトペはいかがでしたか?

渋谷のオノマトペは「……」「チャリンチャリン」が多かったかなぁ。「チャリンチャリン」は混んでいて、ついベルを鳴らしたくなったところ。そして、「……」は傾斜の急な坂道など止まってしまったところ。私は近所に住んでいるので、自転車でよく渋谷まで買い物に行くのですが、神泉の裏の方にもきつい坂が多くて、とても上れません(笑)。やはり、「渋谷」という地名の通り、ハチ公前の谷底から四方八方に坂が伸びていることを実感させられますね。こうした東京の地表面のリサーチを行った経験もあって、今回の地下鉄コンコースをメイン会場とした「Shibuya1000」では、地宙船(渋谷駅の地下空間)と渋谷の地下道をリーディングする「オノマトペB面」を考えたわけです。

渋谷駅地下コンコースの1/70模型の製作過程。学生が協力し、急ピッチで作業が進む

1/70サイズの「渋谷駅地下空間」が地宙船に出現する!

--まさか地下を自転車で走行したわけではないでよね?

本当は地下もママチャリで走ってみたかったのですが、そういうわけにもいかなかったので(笑)。学生たちが動画を撮影しながら、歩きながらリーディングをしました。キオスクで何かを買うときの小銭の「チャリン」という音や、人の流れが多い「コツコツ」、発車音の「プルルルル」、電車の発進する「ゴォー」など、拾った「音」や「感覚」をとにかく地下構内の図面にどんどん書き込んでいく。普段は無自覚に歩いているんだけど、フィールドワークとして意識して歩いていると、「何これ!」という音が意外に多いことに気が付きます。たとえば、階段のところでは「チュンチュン」「カッコウ」など、目の不自由な人のために鳥の鳴き声がしているんですね。今までそんなことに全く気付いていなくて、書き出してみると意外な発見が多かった。

--今回展示するのは、地下のどのスペースですか?

現在は開かずのスペースなのですが、2012年の東横線が副都心線に乗り入れを開始したときに初めて開通する地下4階に当たるところ。安藤忠雄さんのあの広くて、不思議な空間を使いこなすためにどうすれば良いか?私たちと一緒に出展する作品は、映像表現などメディアアート系のものが多いので、あまり実物が出てこない。そこで私たちは上(地下3階)から全景が見られ、下(地下4階)に降りてきたときにその物体の大きさから会場の構成に寄与し、その空間のムードを一変するものを造ろうと考えました。まずその試作として、地宙船の地下4階と、それを見下ろせる地下3階スペースの模型を造り、その中に5階層の渋谷駅地下空間の小さな模型を入れ込み、全体のバランスをチェック。次に1/300サイズの模型を経て、現在、急ピッチで制作しているのが長さ1/70、高さ約1/10サイズの巨大なT字型の渋谷駅地下空間の作品です。長さと高さのプロポーションが違うのは、文字を配置したときに迫力を出すためで、地下5階から地下1階までの高さはおよそ180cm。ちょうど本棚やパーテーションのようになりますので、他の出展作品とのエリア分けや切り替えみたいな役割も担うかもしれません。

--リーディングで拾い出した「音」を、実際どのように作品に反映させるのですか?

地下5階から地下1階まで5階層になっている巨大模型に、フィールドワークで拾った「オノマトペ(擬音語)」を実際に配置していきます。改札のところには、スイカ、パスモなどの使用で響く「ピッ」という文字。ここに「ピッ」を置くことで「改札口だ!」と分かるわけです。また改札口は人が詰まったり、立ち止まったりなど滞留する空間で「ザワザワ」という音もする。一方、空間が流れている部分、人が歩いているところには「スタスタ」。この「スタスタ」の量によって、たくさんの人が歩いているのか、そんなに歩いていないのかが分かります。そのほか、電車のドアが閉まる「プシュー」、地上に出る階段付近の「ガヤガヤ」、さらに今回はリーディングが出来なかった駅員専用スペースやパブリックではない空間は「?」で表しています。

--「マンガっぽい」フォントも面白いですね。

オリジナルフォントのオノマトペ

オノマトペの文字デザインは、学生が作った完全にオリジナルフォント。文字を配置したときに1つずつバラバラにならず構造になるように、さらに支柱なしで文字そのものが自立できるもの。たとえば、前回の「オノマトペA面」では「ん」に濁点は通常はあり得ないんでけど、「ん”―」とすることで感覚的で、ものすごく訴求力が出てくる。マンガの吹き出しのような文字は、舞台演出みたいに目で見た瞬間に入ってくる、とにかくあの速度性に驚く。音だから、本来は時系列的に順番に聞こえてくるはず。だけど、この作品では下で起こっていること、上で起こっていることの全貌をある目線から眺められる。通常では考えられないことだけど、そこが面白いとこかなぁ。「ひらがな」か「カタカナ」を使うかどうかも、学生たちと話し合って決めました。

--渋谷の地下構内ならではの音はありますか?

面白いのは、安藤さんがデザインした吹き抜け。地下5階段の副都心線が発進する「ゴォー」という音が、普通は地下4階、3階には聞こえないのでけど、吹き抜けがあるため、上の階でも電車が行ったとか来たとかが分かる。「ゴォー」の音は地下5階では大きく、4階、3階と上へ行くに連れて大きさが小さく変化するなど、音の密度や大きさを文字で表したいと考えています。

--地下をリーディングしたことで、どんな可能性や発見がありましたか?またこの作品を観て何を感じて欲しいですか?

今回は「音」に注目して考えてきましたが、実は地下には「音」ばかりではなく、「光」「匂い」「風」といった身体感覚を刺激するものがたくさんあります。たとえば、デパ地下に接続しているところには、パン屋さんがいい匂いをさせている。地上では匂いは拡散してしまうものの、地下空間はこもっているので、遠くまで通じている。そのほか、ライティングも均一な明かりは面白くないですね。明るいところがあったり、暗いところがあったり、光の度合いを変えることで場所のキャラクターも変わって、場所の認識が出来るようになる。地下空間で何かを仕掛ける場合、物体を作ることではなくても、視覚だけではない感覚を上手に利用すれば、何かをチェンジすることが出来ると今回のリーディングで強く感じました。収穫が大きかったですね。普段、おそらく多くの人びとが何も考えずに地下鉄を歩いていると思う。電車や地上からの風にはっとさせられたり、階段手前で鳴いている「チュンチュン」「カッコウ」など、日常の中で過ぎていることの中に、「何これ!面白い」というものが意外に起こっていることに気付くと思います。作品を観た後は、今まで意識していなかったものが聞こえてきたり、見えてきたりするものがあるのではないでしょうか。

杉浦先生と渋谷との関係はいつ頃からですか?学生時代は自宅のあった池袋周辺から、勤務してからは中野から昭和女子大まで通っていたので、池袋、新宿、渋谷のターミナル駅は私の散策場所でした。学生時代はパルコ花ざかりの時代。リブロやパルコ劇場など、「公園通り」は良く行きましたね。やはり、80年代池袋、渋谷ともは西武を中心としたカルチャーがありましたね。最近は渋谷周辺に住んでいますので、自転車でサーッと坂を下って東急本店まで出ることが増え、自転車で街をぐるぐる廻っています。

どんなところに行くことが多いのですか? 本屋が大好きなので、Bunkamuraにある「ナディフ」やパルコの「リブロ」など。今はもうH&Mになっちゃいましたが、「ブックファースト」も好きでした。最近は渋谷から本屋が縮小傾向にあって、どんどん無くなってしまうので、本当に悲しい。あと買い物で行くのは、東急プラザの地下にある「丸鮮渋谷市場」。あの市場はゴチャゴチャしていますが、キャラクターがあって面白い。値段も安いし、デパ地下とは全然違うイメージを醸し出しているし。たとえば、デパートの魚屋さんは高級魚が揃っていて、清潔感があって、ちゃんとパッケージもされているけれど、きれい過ぎて買う気が起きない。そこへいくと渋谷市場は鱗も取ってないし、中身の処理もされていなくて、ボンと無造作に置いてあるだけなんだけど。魚やさんが「おねえさん、持ってけ!持ってけ!」と叫んでいたり、デパートでは出せない味があって何か良いんですよね。

いまの渋谷をどのように捉えていますか? やはり年齢層の平均が下がって、若い感じがします。特に109などの中心部は若い女の子のメッカですが、あのへんは入り込める余地がない。大人がいける場所は中心ではなく、むしろ街の周縁部にある感じ。周縁の裏道、デッドエンドのところ、たとえば松涛、宮益坂、神泉の裏、青山方面には、まだ大人が行ける隠れ家などが残っています。新しく出来たというよりも、むしろ古き良きカルチャーが辛うじて残ったという感じなかぁ。あと私が学生時代と比べて、安っぽくなった気がする。また、まちの猥雑さもなにか単調になった。街の真ん中には、どこにでもある大手チェーン店が増え、渋谷らしさが消えてゆくような気がします。もっと大人の楽しめる場所が増えると良いと思うのですが…。

渋谷らしさや個性は、どうすれば育てられるのでしょうか? 私は建築を大学で教える立場であると同時に、実際にここで生活をするユーザーという立場から「渋谷」を見たとき、当然、ひとつひとつの建物のフォルムも気になるのですが、結局、その中にどんなソフトが入るかということがより影響力があって、それによって大きく変わってくると思う。たとえばデパートの1階を見ても、そのデパートがぱっと見ただけではどこのデパートか見分けがつかない。ある百貨店が海外ブランドショップを入れて上手くいけば、それに落ちこぼれまいとこっちもシャネル、あっちもヴィトンと、それが普通になって。特殊性、レアな感じが全くなく、いくらきれいにショップを作ってもどこも同じで借り物って感じがしちゃう。デパートのチェーン化ではなく、ここにしかないものがあれば、と思います。かつて西武がロフト、パルコなど「公園通り」の景観を仕掛けたみたいな、街全体として戦略を考えていく必要があると思います。表層を変えても、インテリアをいじっても似たり寄ったりでは面白くない。でも、戦略と言っても、もうこの言葉の古い感じもするのですが、何か全体計画に基づいて変えてゆくことではなくて、ささやかなひとつの変化が伝播してゆき、自然発生的に広まっていつのまにか変わっていた、というような「きっかけ」を考えることなのかな、と思いますが。 ほんの少し想像力を羽ばたかせると、日常空間のあちこちに生き生きした場所があります。
渋谷にはアップダウンがあって、高さによって場所のムードが切り替わっていく。視点も見上げたり、俯瞰景が楽しめたり、池袋、新宿が持っていない地形のキャラクターがあるのは、とても面白いところです。坂の魅力を最大限に生かせる「街づくり」が出来るんじゃないかな。


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