2008年10月3日、渋谷駅コンコースを利用した初のアートイベント「shibuya1000」の鑑賞ツアーを行いました。当編集部と一緒に鑑賞ツアーを行ったのは、現代美術のアートプロデューサーとして、また美術ライターとして活躍する橋本誠さん。日ごろアーティストと対峙する立場から、第一回を迎えるアートプロジェクト「Shibuya1000」をご覧いただき、プロの鑑賞者ならではの視点で感想を伺いつつ、渋谷のパブリックスペース(アンダーグラウンド)におけるアートの可能性についてもじっくりと考えてみました。
橋本 誠さん
1981年、東京都生まれ。横浜国立大学マルチメディア文化課程卒業。ギャラリー勤務後、フリーのアートプロデューサーとして様々な現代アートプロジェクトに関わっている。またポータルサイト「All Aboutアート・美術展」や「Tokyo Art Beat」、アート雑誌に寄稿するなど執筆活動も行っている。主な仕事に、エレクトロミュージック&ヴィジュアルパフォーマンス「ELECTROVISTA」 (渋谷UPLINK FACTORY/2003)、横浜市が推進する文化芸術創造の実験プログラム「BankART1929」との共催事業「Reading Room」展(BankART Studio NYK/2005)、都市とアートの関わりをテーマに掲げた「都市との対話」展(BankART Studio NYK/2007)など。
その人、その人にとって渋谷は特別な街なんだなって、ハッとさせられました。
編集部:渋谷地下コンコースを一周して、疲れましたか?
橋本さん:いえ、全く。最近は「横浜トリエンナーレ」をはじめ、アートイベントが多かったので連日歩いていますから・・・。
編集部:さて、ご覧になった感想はいかがでしたか?
橋本さん:量としては一番写真が多かったですよね。
編集部:野村佐紀子さん、浅田政志さんなど著名なフォトグラファーからアマチュアの方まで、合計26人が参加されているそうです。特に心に残った写真はありましたか?
橋本さん:代々木公園シリーズ(「in the park」moco×loftwork)とか、バイクシリーズ(「Ride in 渋谷」福地波宇郎×loftwork)とか。働いている人シリーズ(「渋谷で働く 渋谷で生きている」MAYA from West End)もよく撮れていましたね。個人的には、渋谷はターミナル駅ですから移動に使用したり、人と会う時に降り立つイメージの強い街なのですが、一人一人の楽しそうな表情や雰囲気が写っていると、渋谷でも他の街と一緒で、こんな風にそれぞれの時間を過ごしている人たちがいるんだよなぁって。「個」が見えてきていいなと思いました。その人、その人にとっての渋谷があるんだよなあって、改めてハッとさせられました。
編集部:渋谷って無機質な印象があると思うんですが、ちゃんと血が通っている人がいるんだっていうことに気がつきますよね。そういえば、外国人の方々もたくさん写っていましたね。あと、フォトグラファーさんの年齢もあるんでしょうけど、若者を被写体にしたものが多かったですね。
橋本さん:クラブで撮影したシリーズ(「Live!!!!!」イワサワタカシ)とか、もう若者100%でしたよね(笑)。逆に考えると、知らないだけで、若者ゼロ%ってところもきっとあるんでしょうね。例えば雀荘とか。クラブとは年齢層が全然違うだろうし、そういう所も見てみたいですね。そういった意味では、もっとたくさん写真があってもいいくらい。
編集部:なるほど、もっとたくさん。今回1000人撮影するのも、かなり大変だったと聞いていますが…、どうでしょうか(笑)。では、ファッションはいかがでした?スペースや設営上の制限の問題もあって形にするまでにいろいろと苦労があったと聞いています。
橋本さん:そうだったのでしょうねぇ。ただ、どういう形であれ、「shibuya1000」のなかにファッションのコンテンツを入れることは重要だと思いました。渋谷の街のイメージとして、ファッションは切り離せない。むしろ、ファッションだけとっても、たくさんの切り口があると思います。そういえば、写真でも109の店員さんを撮影したシリーズ(「85/1000」野村佐紀子)がありましたよね。あれは上手く「ファッション」の要素を取り込んでいると思います。
編集部:そう考えるといろんなやり方がありそうですね。
作品が全ての答えを見せてくれなくても、いろいろと刺激を与えてくれる状況が楽しい
編集部:エキシビジョン「シブヤのカタチ」(慶応義塾大学小林博人研究会)は、立ち止まってゆっくり眺めていらっしゃいましたね。
橋本さん:建築系の人たちは、建物を作る前にフィールドワークするじゃないですか。「シブヤ遺産」(「SHIBUYA ROUTE GUIDE」村松伸+東京大学生産技術研究所村松研究室+国士館大学国広研究室)でのバタフライのバロメーターも、「シブヤのカタチ」も、専門家の視点から「街がこう見える」って言われると、やっぱり発見がありますよね。「この街はどういう街なのか」っていうことを、上手くヴィジュアル化しているので、楽しく見ることができました。
編集部:「シブヤのカタチ」は、情報と経済と地形という切り口で地勢図を作っていましたが、まだまだ違った切り口もあるでしょうね。
橋本さん:そうですね。あの作品を観て「勉強になった」と受身で終わらせるのではなく、「自分だったらこう思う」とか、そこからそれぞれで考えることもできるのが良いと思います。作品が全ての切り口を見せてくれなくても、そうやっていろいろと刺激を与えてくれるという状況は楽しいと思います。
編集部:パブリックアートとして考えると、「シブヤのカタチ」のように、コンセプトなどの説明が必要な作品はどうでしょう?
橋本さん:パブリックアートは、準備して観るものではないですからね。パッと見るだけでは解らないところは、確かにありますよね。今回だったら、柱に巻かれた渋谷の地上風景のポスター「渋谷夕景。」(鈴木一成)とかは、パッと観て驚きがあるので楽しいですよね。ただ、全てがそのようなものだと、その場で消費するように楽しんで終わり、という感じになってしまうので面白くないと思います。やっぱりアートプロジェクトですから、より刺激的であって欲しいし、よりクリエイティブであって欲しい。パッと見て楽しい作品もありつつ、きちんと考える作品もあるっていうのが、理想的な形だと思いますね。
編集部:「shibuya1000」では、地下コンコースで作品展示を行うということが1つの課題だった訳ですが、ああいう場所に作品を並べることの意味って、どんなものでしょうか?
橋本さん:普段、あそこの地下通路には広告しかない訳だから、写真を始めとして消費されることを目的としていない展示があれだけの数並ぶと、まずその状況が面白いですよね。特に渋谷は広告が溢れている場所なので。歩いてきた人たちも「これなんだろう?」といった風に、広告よりも気にして展示を見ているように見えました。
編集部:ファッション展の奥には、巨大プロジェクターがありましたね。ただ、あの映像の前に長時間立っているのは体力的にしんどくて…。映像は時間も環境も制限するものですよね。パブリックなスペースでの映像作品の展示は難しいんでしょうか?
橋本さん:音をどのくらい出していいのか、ある程度暗い環境で上映する場合はどこまで空間を遮へいしたり、フロアの光を落とすことができるのかなど、安全性の問題も含めていろいろな規制があると思います。これまで観てきた映像によるパブリックアートの成功例を考えてみると、「仕掛けとして映像を使ってる」ものが多いような気がします。
編集部:仕掛けとして映像を使う?
橋本さん:例えば、みなとみらい線のみなとみらい駅には「みらいチューブ」という大型映像システムの設置されたパブリックスペースがあるんですが、そこでは歩く人に反応して壁面の映像が変化するコンテンツも上映されています。人の歩く場所によって異なる音楽と映像が再生されたりします。待ち合わせとしても利用される場所なんですが、映像の前に人が3人立っていると、映像の中で勝手に3人を三角形で映像で結んでみたり。そういうインタラクティブな仕掛けがあるものの方が親しまれている印象がありますね。
編集部:なるほど。映像の内容に注目させるのではなく、ということですね。
橋本さん:あとは、今回も一個一個の映像作品はクオリティが高いものですから、観る人が「選ぶ」要素を取り入れても面白いですね。チャンネルがあったりして、ボタンで好きな映像を選べる仕組みになっているとか。人って結構単純で、ボタンがあると、やっぱり触りたくなりますよね。で、触って映像が出ると嬉しい(笑)。
アートっていうことで縮まっちゃう部分もあると思うんですよ
編集部:「shibuya1000」は今年が初めてのイベントだったんですが、プロジェクト全体としての印象はいかがでしたか?
橋本さん:街を歩く人たちにとって、いろいろ考えるきっかけになるイベントだと思います。「渋谷」について全てを拾いきれてはいないという人もいるかもしれませんが、全てをすくい上げることが重要なんじゃなくて、渋谷を大事にしようとか、何か考えるきっかけを与えてくれるというのは大事なことです。
編集部:同時期に「横浜トリエンナーレ」とか、「赤坂アートフラワー」とか、いろんな場所でアートイベントがありますね。これまで渋谷にはそういうイベントは全くなかったわけですが、これから、「shibuya 1000」は渋谷に馴染んでいくと思いますか?
橋本さん:アートっていう言葉は非常に便利です。ただ、今回のプロジェクトを観ていて、どこまでがアートかといえば、専門的な立場から見れば、写真やファッションは微妙なところですよね。でもそれってネガティブな意味じゃなくて、逆に言えばアートという言葉を使うことで縮まっちゃう部分もあると思うんですよ。渋谷って、アパレルショップでも映画館でも、もっともっといろんな切り口があるから、その可能性を享受できるような方向性を目指していくのがいいんじゃないでしょうか。
編集部:アートイベントという枠を取り払う?
橋本さん:街でのアートイベントって、街の魅力を伝えていくっていう目的がありますよね。でも渋谷は計画的に開発された街じゃなくて、結果として今の状況になっている、良い意味でも悪い意味でも混沌とした街だから、具体的に「コレだ!」と挙げるのは難しい。むしろいろんな要素が混在していること自体がいいところなのだから、何かひとつに絞ってしまうのはもったいない気がします。
編集部:街自体が既にいろんな魅力を伝えていますからね。
橋本さん:はい。渋谷って、そういう意味ではある意味で「東京の縮図」のような街だと思うんですよね。進化した街が次にどう動いていくのか。今後の街の展開を見据えるという意味で、ここで何が出来るのかを考えることはとても意味がある。そういうことを考えられるイベントになるといいですね。
shibuya1000=映像×写真×ファッション×エキシビジョン×・・・
編集部:アートプロデューサーとしての立場で、今回の「shibuya1000」の第2回、第3回を行うとしたら、どういうことをやったらもっと面白くなると思いますか?
橋本さん:一般的に、街でのアートプロジェクトは、個性的なアーティストさんが何人か参加して、作品数は少なくてもひとつひとつ見応えがあるものが展示されていることが多いと思うのですが、渋谷でやるなら、先ほど言ったようにいわゆる現代アーティストに絞ってしまうのはもったいないと思います。街を歩く映画好きな方や、ファッション好きな方たちにも興味を持ってもらうには、アートにとどまらない広がりのある要素を打ち出していった方が良いと思います。まとめるのは大変だと思いますが(笑)。赤坂とか丸の内とかと同じ手法をとるのは少し違う気がします。
編集部:「shibuya1000」というタイトルは、絞れないから1000なんですよね。本当だったらテーマを絞るところから始まるのに、絞れないやって、最初から投げ出してる(笑)。そこが既に“渋谷っぽい”ところなのかもしれないですね。
橋本さん:「shibuya1000」っていう言葉は、とても良いと思います。「shibuya1000=アートプロジェクト」ではなく、「shibuya1000=映像×写真×ファッション×エキシビジョン×・・・」という方向で捉えていけば良いんじゃないでしょうか。今回はフリーペーパー上での展開が中心でしたが、渋谷の街を考えるという視点のプロジェクトが充実していましたし。
編集部:最後に、「shibuya1000」は10月13日(月)まで続くんですが、これから観る人たちにおすすめとして、ひと言お願いします。
橋本さん:最初にも言いましたが、この「shibuya1000」で観えてくるものだけが渋谷じゃないと思うので、逆に「shibuya1000」から自分にとっての渋谷を考えてみるのが面白いと思います。例えば、インフォメーションで手に入るshibuya1000フリーペーパーでは、先に挙げた「シブヤ遺産」から9つのルートマップを作成しています。リサーチもしっかり行われているようなので、コレをもって渋谷に出るのも面白いと思います。気になった場所に行ってみるのも良いし、知らなかった場所に足を運んでみるのもいいですよね。そんな風に、「shibuya1000」で感じたものを、それぞれのやり方で地上に持ち込んでみたら、きっといろんな発見があるのではないでしょうか。