メインイベントである「渋谷顔」は、shibuya1000の1000という数字にちなみ、渋谷の街で働く人、遊びに来た人、住んでいる人など、渋谷に何かしら関係する1000人の顔を撮影し、地下街をポートレートで埋めつくすもの。撮影は、広告やデザイン業界で活躍する約20組のプロ写真家たちが行い、ライブハウスや109をはじめ、実際に渋谷の街へ繰り出し、それぞれのテーマで「渋谷顔」を撮り下ろした。参加アーティストの一人で、長年、男性ヌードなど人物の写真を撮り続けてきた女性フォトグラファー・野村佐紀子さんに、ポートレート撮影のコツと、渋谷の街に対する印象について話を聞きました。
野村佐紀子さん
1967年、山口県下関市生まれ。1990年、九州産業大学芸術学部写真学科卒業。上京後、1991年より荒木経惟に師事し、アシスタントを務める。1993年、渋谷egg gallery で初の個展「針のない時計」を開催し、以後、東京を中心にヨーロッパ、アジアなど海外でも精力的に個展・グループ展を行い、高い評価を得ている。主な写真集は1994年『裸の部屋』(AaT Room)、1997年『裸の時間』(平凡社)、2000年『愛の時間』(BPM)、2002年『黒猫』(t.i.g.)、2005年『tsukuyomi』(マッチアンドカンパニー)、2006年『近藤良平』(マッチアンドカンパニー)ほか。今秋、写真集『夜間飛行』(リトルモア)、『黒闇』(A.N.P)の出版を予定している。
円山町のラブホテル街は、写真を撮っていてもコソコソした感じがない
--渋谷とのはじめての出会いは、いつ頃でしたか?
正直、覚えていないんです。上京して直ぐだと思うんですが、私自身、物事を区別したり、カテゴライズするのがあまり得意ではないので、「渋谷はこうだ!」という特別な印象は持っていません。写真も同じ、撮ったらすぐに忘れる(笑)。そういえば、師匠(荒木経惟さん)に初めて会いに行ったのは渋谷でしたね。それから、初めて個展を開いたのも「たばこと塩の博物館」の先の、ちょっと右に入った「egg gallery(エッグ・ギャラリー)」でした。渋谷との接点、見つけましたね(笑)。
--渋谷という街にどんな印象を持っていますか?
自分のことがよく判る場所かも。駅前のスクランブル交差点にはたくさん人がいるけど、自分が楽しければお祭りのような場所だけど、寂しければ人がいるのに誰もいないような不在感を感じるし。いろいろなことに左右され、自分の気持ちによって見え方が変わる場所。だから、あそこに行くといまの自分がどんな状態なのか、よく判るんです。
--ロケ地として、渋谷を使うことはありますか?
円山町のラブホテルで撮影をすることが多いですね。以前、海外の雑誌社からラブホテルの外装、内装を撮影する仕事を受けまして、それをきっかけにホテルに詳しくなりました。つい先週も、「美術品多数有り」と書いてある古いホテルを使ったばかり。贋作と書いてあるんだけど、本物みたいな彫刻や美術品がたくさん部屋の中に置いてある、なんだか不思議なホテルでした。ちょっと喉が痛くなりましたが(笑)。他の場所にも同じようにホテルはありますが、渋谷のホテルはワクワク感が違うんですよ! 円山町のラブホテル街は、写真を撮っていてもコソコソした感じがなくて。たとえば、ホテルの入り口付近でカメラを向けていても、ニコニコしてVサインするカップルもいるし。そういった意味では、気分がとても楽な場所です。
ファインダーを通して見た109の子たちは、本当に可愛い子が多かったなぁ
--さて「shibuya1000」では、どんなポートレートを撮影するのですか?
(2008年9月5日時点で)既に撮り終えたのは、109の店員さんと新渋谷駅の工事に携わった人たちの、おおよそ50〜60名位でしょうか。これから「少年野球の子どもたち」「ゲートボールのおじいさん」「外国人」や「結婚式を挙げている人」など、とにかくいろんな人を撮影したいと考えています。今回は、出会い頭の印象だけで撮影しなければならないので、なるべく誠実に。「ちょっとのことしか撮れないけど、すみません」という謙虚気持ちで、そこを精一杯撮りますって。だって、あなたの歴史全部撮りますとは到底言えないから。その代わり、いま一番いいところを撮るからという気持ちは、いつも持っています。
--「工事に携わった男たち」の撮影では、こまめに場所やポーズを変えていましたが、どのように決めていたのですか?
その人を見たときに、正面からいった方が綺麗か、横の方が良いか。その人の格好や単純に光の問題で場所を選んだり、またカメラに近い方がその人にとって楽か、それとも遠く離れた方が楽なのかなど、いろいろ考えます。そして、悩んだときは「どうしようかな?」と歩きながら考えたり・・・。大げさなことではないのですが、とにかく相手が気持ち良くというのはあります。「どんな写真ができるのかな、楽しみだな」と、その人に思ってもらえるぐらいの心地良さがあって。「あ、撮られちゃった。じゃ観に行こう!」というくらいの方が良いかなぁ。すべての人が写真を撮られることを、楽しいと感じているわけではないし。気分が悪い感じで撮られれば、きっとイベントに観に行きたくないだろうし。「展示から外してくれ!」と言われても困るし・・・。だから、彼らが気持ち良くというのが一番。
--「109の店員さん」の撮影の方はいかがでしたか?
109の撮影は、本当に楽しかった(笑)。店員さんたちは「僕ってどう?どう?」「どうすればいい、どんな風にすれば良い」と来て、とても積極的だった。きっと仕事柄、見られることに慣れているでしょうね。撮影を楽しんでくれる子には、こちらもちゃんとしてあげようと自然と力が入る。もちろん男前の子には、えこひいきもしましたよ(笑)。 また私はそうは思っていないつもりでいるんだけど、いわゆる109のイメージってありますよね。でも今回、ファインダーを通して見た彼女たちは、本当に見た目も気持ちも可愛い子が多かったなぁ。肉眼で見ていると、全部込みで人を見ちゃうんだけど、カメラを通して見る彼女たちの顔は違っていて。それはカメラという機械の力でもあるんだろうけど、とても面白かった。
--今回の撮影を通して、渋谷のイメージに何か変化がありましたか?
幡ヶ谷、原宿と、この10年は渋谷周辺に住んでいます。でも渋谷に住み、生活圏だったりすると、実は通りすがりのことの方が多いから・・・。街で、人びとの顔を撮るということは、一歩、渋谷の中へ踏み込む感じがしました。この仕事を通して、私にとっての「渋谷」が始まる気がします。初めて、渋谷で撮るというのは、こういうものなんだなと感じました。ぜひ、多くの人たちに私の写真を観てもらって、「チェッ!」と言って欲しい。そして、「僕も撮って欲しかったな!」と悔しがってもらったら、最高ですね(笑)