
近代美術を中心に、国内外の巨匠から、日本ではあまり知られていない画家までを幅広く紹介するBunkamuraザ・ミュージアム。企画の切り口や展示方法が非常に個性的で、Bunkamura内外の他施設と連携した展示にも力を入れているだけでなく、ワークショップをはじめ、美術初心者向けのイベントも多彩に行われている。


Bunkamuraザ・ミュージアム
渋谷のなかでも最も存在感を放つ美術館がBunkamuraザ・ミュージアムだ。近代美術を中心に、個々の画家、美術的な潮流、また海外の著名美術館など、さまざまな企画展示を年間5本ほどのペースで開催している。企画の切り口は非常に斬新で個性的だ。たとえば、「ルドンの黒」展(2007年)では、象徴主義の巨匠といわれるオディロン・ルドンの作品を単に紹介するのではなく、一般的なルドンのイメージとは遠い黒色を際立たせる展示により、画家の精神性を浮き彫りにした。1996年から同館のキュレーターをしている宮澤政男さんは「個性を追求できるのが私立の美術館の強み。あまり世の中に迎合せずに、“ザ・ミュージアムらしい”と思っていただける企画をと、つねに心がけています」と、キュレーションの方針を語る。

「ルドンの黒」展示風景
企画の切り口だけでなく、展示方法にも趣向を凝らしている。現在開催中の「ヴェネツィア絵画のきらめき」展では、ピンクの壁紙を用いるなど、ヴェネツィアの大邸宅をイメージした装飾を施して作品の世界観を投影した空間を作り上げている。また、ポップ・アート系の企画展では壁や床をポップな色調に彩ったり、「ルドンの黒」では会場デザインを黒一色でまとめたりもした。さらに、館内の休憩用ソファのカバーも展示ごとに変える凝り様だ。たとえば、「スイス・スピリッツ 山に魅せられた画家たち」展(06年)ではスイスの高原をイメージして牛の柄を、「スーパーエッシャー展」(06年)ではシマウマ模様のカバーを用いている。「無難な展示方法ではなく、賛否両論が巻き起こるくらいの大胆さを目指している」と、宮澤さんは話す。
Bunkamura内の他施設と連携した展示も、ザ・ミュージアムならではの特徴だ。2008年2月からの「ルノワール+ルノワール展」では、印象派を代表する画家オーギュスト・ルノワール、そして息子で映画監督のジャン・ルノワールの2人にスポットを当て、ザ・ミュージアムでは父の絵画作品と息子の映画の抜粋を紹介し、そしてBunkamuraル・シネマでは期間限定で息子の映画を上映する予定だ。2002年からザ・ミュージアムの広報を担当する海老沢典世さんは、「複合的な紹介によって、作家や作品をより深く理解できると思います」と、その狙いを話す。さらに、レストラン&ワインサロンのドゥ マゴ パリでは、展示に合わせた飲食メニューを用意するなど、Bunkamuraの施設全体で雰囲気づくりに努めている。

「ヴェネツィア絵画のきらめき」展展示風景


キュレーターの宮澤さん(左)と広報担当の海老沢さん
主な来館者の男女比は3:7、なかでも中高年の女性が多いというが、渋谷という土地柄、展示によっては10〜20代の若者も多いそうだ。とりわけ「スーパーエッシャー展」は若者に人気で、来館者がブログなどで紹介するケースも多く、それを見た若者が輪をかけて集まるという現象が起こった。「若い人たちは、美術館に敷居の高さを感じていることも少なくありません。そういう方々にもアートを身近に感じていただくために、企画の切り口を工夫するとともに、『ミュージアム・ギャザリング』をはじめとした取り組みを続けています」と、海老沢さん。
ミュージアム・ギャザリングとは、美術作品の“楽しみ方”を紹介するためのプロジェクトで、BunkamuraのHP上で公開されている。その特徴は、美術の専門家が解説するのではなく、あえて専門外の人たちに展覧会の感想や、その人なりの見方を語ってもらい、自由でユニークな美術展の楽しみ方を提案している点だ。たとえば、「ヴェネツィア絵画のきらめき」展ではオペラ歌手の中鉢聡さん、「プリンセスの輝き ティアラ展」(07年)では帽子専門店CA4LAの秋元信宏さんなど、展覧会ごとに1人のアーティストやクリエイターが作品について自由奔放に語っている。

「スーパーエッシャー展」でのワークショップ風景
さらに、渋谷エリアの専門学校の学生などと協同し、ワークショップも充実させている。海老沢さんは、「これまでは美術鑑賞に縁のなかった人でも、たとえば美術と他のものが結び付いたら関心が高まるかもしれない。若い人たちや渋谷の街とのつながりを強めるきっかけとして、さまざまなワークショップを企画しています」と、その目的を説明する。「スーパーエッシャー展」では、エッシャーの視点で渋谷の街を見るためにロモカメラで撮影する「Escher's eye workshop」、さらに日本デザイナー学院の学生に協力を依頼し、「親子でつくるエッシャーアニマル」というワークショップを開いた。「アートって自分の好きなように楽しむものなのか」、ザ・ミュージアムの展示やイベントは、そんな気楽な気持ちを抱かせてくれる。
もっと美術館が楽しくなる! 達人が勧める鑑賞法宮澤さんと海老沢さんのお二人が薦めるのが、「1点だけ自分の家に飾るとしたら、どれを選ぶか」という視点で鑑賞する方法。一般的な評価から離れ、自分の好みの作品が見つかるはずだと話す。「一緒に来館した人と発表し合うと、大概、選ぶ作品が異なり、個性が表れるのが楽しい」と海老沢さん。もう少し凝りたいときには、玄関や寝室、トイレなど、自宅の各スペースにぴったりの作品を探すのもおすすめ。「ザ・ミュージアムでは、比較的、家に飾るのに適した作風の画家を展示することが多いので、この方法で楽しむのには向いているはず」と、宮澤さんは話してくれた。
「ヴェネツィア絵画のきらめき─栄光のルネサンスから華麗なる18世紀へ─」
「アンカー展 ─故郷スイスの村のぬくもり─」