第二次大戦末期のラップランドを舞台に、先住民族であるサーミ人女性が、ロシア人とフィンランド人の二人の兵士をかくまう暮らしを描いた『ククーシュカ ラップランドの妖精』。三人は互いに言葉が通じず、当初は理解に苦しみながらも、女性を中心に連帯感を深めていくのですが--。フィンランドの美しい自然を背景に描かれるこの映画を、フィンランドの工芸品を取り扱う「クラフトショップ わ」を営む岡本和生・立子ご夫妻にご覧いただき、映画の感想や、同国の文化について語っていただきました。
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シネ・アミューズ・イースト&ウエスト
※ラップランド……フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、そしてロシアにまたがる広大な地域で、大半が北極圏内に位置。夏は白夜が続き、冬には太陽が昇らない地域もある。この地では、ヨーロッパ最古の民族といわれるサーミ人(フィンランドではサーメ人)がトナカイの放牧や狩猟によって生活を営み、独自の文化を築いてきた。
--映画を見て、どのあたりが心に残りましたか。
(和生さん)サーミ人の伝統的な当時の暮らしの様子を見ることできたところですね。特にサーミ人の女性が祈祷によって瀕死の青年を救う場面には、彼らの精神世界を垣間見た気がしました。そのシーンを見て改めて思ったのが、いわゆる先住民族は“言葉”の力を非常に重んじているということ。以前、妻の父で染色家の柚木沙弥郎に絵を依頼して「魔法のことば」という絵本を出版したのですが、その題材にしたのがエスキモーに伝わる口承詩でした。その世界観とも共通するところがありましたし、さらに言えば日本の“言霊”にも似た思想を感じました。それから、森や湖沼の恵みを取り入れた生活様式や風景も興味深く映りましたね。トナカイを飼育し、乳だけでなく、ケガ人の滋養のために血を飲ませたり、その皮や角で身の回りのものを作ったり、また潮の干満を利用して魚を獲る仕かけや、手づくりの高床式倉庫などにも、自然と一体化して生きる生活の知恵を感じました。
(立子さん)言葉の通じない3人が全くかみ合わない会話を重ねるところが可笑しかったですね。フィンランド人の青年は当初、精霊を重んじるサーミ人の生活には興味がありませんでしたが彼女と一緒に過ごし、また、命を救われることによって目が開かれた様な気がしました。結局、最後まで言葉では理解し合うことは出来ませんでしたが、別れの場面では、心の絆は、しっかり結ばれていたように思え、とても感動しました。
--劇中では、サーミ人の文化を伝える小物類も数多く登場しましたね。
(和生さん)そうですね。ナイフや食器、衣服の装飾をはじめ、サーミ人の独特のアイテムがその暮らしぶりを伝えていました。劇中でトナカイが重要な存在であるように、サーミ人とトナカイとの関係は不可分であり、今でも、その部位を使用した製品づくりが続けられています。私の店でも、トナカイの皮をなめし、筋肉の腱を糸にして縫ったポーチや小物入れ、角で作られたブローチやペンダント、ボタンなどを取り扱っています。伝統的な製法を守って手づくりで生み出されるサーミの製品は、実用的にもデザイン的にも高く評価されています。
--そのようにサーミ人をはじめ、フィンランドで工芸が発達したのには、どのような理由があるのでしょうか。
(和生さん)フィンランドは冬が長く、雪や寒さのため、家の中での手仕事が発達した面があります。寒いから織物や編み物が必要で、森に囲まれて木が多いから木工品の材料には事欠かないというように、環境の影響が大きいと思います。また、劇中でフィンランド人の青年が手づくりのサウナを作ったように、もともと身の回りのモノは自分たちで作って生活を楽しもうという気持ちが強いのです。そうした状況はフィンランドに限らず、北欧一帯に通じる面でもありますが、特にフィンランド人は工芸に優れた資質があるのでしょう。スウェーデン人も、手仕事ではフィンランド人の方が優れていると認めるぐらいですし、世界的にも工芸品のデザインではフィンランドが卓越しています。
--現在、日本では、いわゆる北欧ブームが続いていますが、どのようにお感じですか。
(和生さん)50年代後半に柳宗理さんがフィンランドを中心とした工芸品を紹介したのが、北欧ブームの最初のきっかけと言われています。以来、家具やテキスタイルが輸入されるようになりますが、しばらくは高価な時期が続き、あまり一般人の手の届くものではなかった。しかし、私たちが店をオープンした20年くらい前には為替の影響もあって価格が下がり、身近な存在になってきました。デザイン家具やテキスタイル、食器など、若い世代も巻き込んだ現在のブームにより、北欧はクリアで清潔感のあるイメージで語られることが多いし、ノキアをはじめ、フィンランドは情報産業も盛んで、洗練されたイメージもあるようです。その他、教育、音楽、スポーツいろいろなことが注目されていますね。
しかし、映画の舞台がそうであるように、フィンランドは対外的に非常に複雑で困難な歴史を歩んできた。かつてはスウェーデンやロシアに支配され、独立を果たした1917年以降も戦争に巻き込まれました。そうした歴史的な経緯に加え、冬季は太陽が昇らずに鬱々とした気候が続く地域があるという環境も重なって、フィンランド人は鬱屈した部分を内面に抱え、対外的に朴訥な人が多いと知り合いのフィンランド人から聞いています。例えば、フィンランドの代表的な絵画を見てください。現在の北欧ブームには、そうした複雑な背景への理解が欠落しているように感じています。
--そもそも、「CRAFT SPACE わ」は、どのような経緯でスタートしたのでしょうか。
(和生さん)主に国内20人程度の工芸作家の作品を紹介するショップとしてスタートしました。その一人として、柚木の作品も扱っています。当初から、手づくりで生み出され、日常で使用されるものを扱うというのが基本的なコンセプトでした。国内のほか中南米、東南アジアなどの工芸品も扱っていましたが、北欧のものはドイツに住む私の妹から送られてきたり、10数年ほど前に以前店のアルバイトをしていた女性が織物を勉強するためにフィンランドに移住したことなどもあって、しだいにフィンランドのものも店頭に並ぶようになりました。フィンランドの絵本を扱うようになったのは、工芸品に加え、文化そのものも紹介したいという考えがあったからです。
--フィンランドの絵本と、日本の絵本との違いを教えてください。
(和生さん)今では、フィンランドの絵本は150種程度を揃えています。フィンランド人から「本国でもこんなに揃っている店はない」と驚かれたこともありますね。個性を重視するフィンランドには特色のある絵本が多く、色使いも美しいのが特徴です。子ども向けの幼い絵柄だけではなく、大人に好まれる作品が多いのも日本との違いですね。その内容には、妖精の一種であるトロールをはじめ、架空の存在を描いたものも少なくありません。フィンランドでは、つい最近まで、トロールが森や自宅に住んでいると信じていた人も多かったと聞いています。
(立子さん)フィンランドの絵本は子供向けだからと言って単純ではなく、明るく楽しいものばかりではありません。フィンランドの内面を理解するのに絵本は一つの手がかりになると思いますね。
1.Rusakko「クマのぬいぐるみ」フィンランドの湿地帯に群生する綿菅(わたすげ)が泥炭の中に堆積し、数百年の年月を経る間に繊維状となったものとウールを混ぜて糸にし、手織りした布で作られた「クマのぬいぐるみ」。触れているだけで、心が和むと癒しグッズとしても人気。(服を着たクマ4515円、 マフラーを巻いたクマ3990円) | |
2.サーミの革製品サーミに古くから伝わる伝統的な革製品。トナカイの皮を植物のタンニンで丁寧になめし、トナカイの腱で手縫いしたもの。ボタンは角、中央部にはピュ―ター(スズの合金)の細線でサーミの伝統的な模様がつけられている。(ポシェット38000円 ポーチ15000円 眼鏡ケース7500円) | |
3.絵本トントゥと呼ばれる小人たちの生活を通して、フィンランドの昔の暮らしぶりがうかがえる「フィンランドの小人トントゥの話(Suomalainen tonttukirja)」(右下:絵・文/マウリ・クンナス 3,900円)。トーベ・ヤンソンが挿絵を描いた「不思議の国のアリス (Liisan seikkailut ihmemaassa)」。(左:絵/トーベ・ヤンソン 文/ルイス・キャロル 5,300円)。2004年に「最も美しい本」に選ばれた「プリンセス・プリンセス〜お姫様のお話集(Prinsessojen SATUAARRE)」(右上:絵/クリスティーナ・ロウヒ 6,700円) |
渋谷との関わりを教えてください (立子さん)生まれも育ちも渋谷で、現在の東急本店の場所にあった小学校(大向小学校。1964年に区役所隣に移転し、1997年に学校統合により神南小学校に名称変更)に通っていました。当時は商店も人通りも少なく、今みたいに賑わうとは思いもよりませんでした。それでも、表参道をはじめ周囲の街がどんどんお洒落になっていくのに比べて、雑多で人間臭さのある雰囲気は、あまり変わっていないという印象を受けます。「わ」がオープンした約20年前から現在を振り返ると、たしかに個々のショップは入れ替わりましたが、人の流れが大きく変わるほどのものではありません。そのあたりが渋谷の特徴に繋がっているのではないでしょうか。
今後、渋谷に求めることは? (和生さん)デパート等を除けば、小さな店の集合体として街が形成されているところが渋谷の特徴だと思います。ですから、大規模開発を行い、他と似たような街に変化することだけは避けてもらいたい。どこに行っても同じブランドの店ばかりでは面白くないですからね。それから一時的な流行に左右されないためにも、個性ある個々の店全体としては、何らかの目標を目指して街作りが進められると良いと思います。その目標として、「文化」という大きな括りは面白いと思いますね。たとえば映画祭のような街ぐるみの文化的な催しが今後いろいろと増えていけば、街全体の活性化に繋がっていくはずです。
■プロフィール
岡本和生(おかもと・かずお)さん
東京都出身。親の仕事の関係で九州に移住し、中学3年生のときに渋谷に戻る。理工系の大学院を卒業後、シンクタンク勤務などを経て、1985年に「CRAFT SPACE わ」を設立。現在は世田谷区在住。
岡本立子(おかもと・たつこ)さん
渋谷区・富ヶ谷で生まれ育つ。父は、型染め(型紙を用いて布や和紙を染める手法)の作家である柚木沙弥郎(ゆのき・さみろう)さん。
住所:渋谷区渋谷2-11-12 電話:03-3797-3567 交通:JR地下鉄渋谷駅 時間:11:00〜19:00 休日:日曜、祝日 URL:http://www.craftspace-wa.com/index.html |
国内の工芸作家の作品に加え、フィンランドを中心としたヨーロッパ、また中南米や東南アジアの工芸品も幅広く扱う。“手づくり”にこだわって選りすぐった品目は実用品を中心に、テキスタイル、ジュエリー、絵本や器などさまざま。年に数回、工芸作家の個展や、海外の工芸品の展示会も開催する。