1969年7月、27歳にして人生の幕を閉じた天才ミュージシャン、ブライアン・ジョーンズ。今もなお第一線で活躍するロックバンド「ザ・ローリング・ストーンズ」の創始者でありリーダーだった彼の、謎めいた死の真相に迫る映画「ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男」が渋谷シネクイントで公開中です。70年代のロックをアナログレコードで聴きながらお酒が飲める、渋谷の老舗ロック・バー「Rock'n roll Music Inn GRANDFATHER'S」店長の石川徹さんに、この映画を見た感想と、70年代ロックにまつわるエピソードを聞きました。
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渋谷シネクイント
--この映画を見た感想は?
切り口がおもしろいですよね。「へえ、そういうことがあったのか」と思いながら見ました。当時の彼らって、こんな感じだったんだなと思いながら。その当時って、僕らは洋楽に関して、少ない情報しか持っていなかったんですね。情報誌といえば「レコードマンスリー」という、レコード店で手に入る冊子ぐらいで。もちろんインターネットなんてなかったから、本当に曲を通してしか、そのバンドのことを知らなかったんです。もちろんブライアン・ジョーンズの死や、ロンドンのハイド・パークでの追悼ライブのことは、新聞やテレビで報道されたので知っていましたけど、そこにどんな真相があるのか…なんて考えもしなかった。ミック・テイラーと入れ替わった直後だったんで、タイムリー過ぎるとは思いましたけどね。
--出演者は、ストーンズ各メンバーの当時のイメージに合っていましたか?
当時は今のようにプロモーションビデオなんかもなかったから、僕にとっては彼らと映像が結びついていなかったんです。一番最初にロックバンドの映像を見たのは、ウッド・ストックのライブ映像だったかな…。だから、イメージに合わないという感覚はありませんでしたね。それに、ブライアンもミックもキースも、俳優さんそれぞれ、けっこう似てましたし。こんな人たちだったんだなって。そういう意味でも楽しめました。あの頃ロックをやってた人間って、あんな感じでしたよ。酒と女と音楽と…ってね。当時の若者のカルチャーみたいなものも、この映画から感じられるんじゃないかな。ストーンズは今でも活躍するバンドだけど、「ああ、こういう人たちがやってたんだ!」というものを、もっと若い人たちにも知って欲しいですね。
--石川さんがロックに出会ったのはいつですか?
中学生の頃だと思いますね。父親が電気関係の会社に勤めていたこともあり、わりと早くからFMラジオも持っていたので、洋楽に目覚めたのは早い方だったかもしれません。でも広島に住んでいたので、オールナイト・ニッポンなんかは入らないわけですよ。必死にチューナーを合わせて、かすかに聴こえる放送を楽しんだりしていました。初めて自分で買った洋楽のレコードは、シルビー・バルタンだったかな。もちろんシングル盤です。当時はまだLPの文化がなかったから、音楽との付き合いは一曲ずつだった。喫茶店に仲間と行っては、ジュークボックスで好きな曲を入れたり。情報も少なかったので、自分がその曲を聴いた感覚がすべてでしたね。曲を点でとらえていた。音楽についてうんちくや講釈をたれるのが好きなのは、アルバムが登場して音楽を面でとらえるようなった頃の世代の人たちですよね。
--ローリング・ストーンズを知ったときの感想は?
「かっこいいな」と思いましたね。映画の中で、ブライアンが「僕たちはビートルズになるつもりはない」ということを言うシーンがありますけど、確かにビートルズとは対照的でした。当時の僕らにとって、ビートルズはお行儀が良くて、愛とか恋を歌っていて、アイドルバンドというイメージがあった。でもストーンズは、曲のタイトルからして雰囲気が違っていたんですよね。「Paint it Black」とか、ちょっとダークというか、悪魔的なイメージがあって好きでした。1973年に開催される予定だった初来日コンサートは、チケットを買うために、渋谷まで出てきて、寒い中徹夜で並びましたよ。ミックの麻薬逮捕歴が問題視されて入国できず、結局中止になってしまったわけですが…(笑)。
--このお店に勤めて35年になるそうですね。
ここ「GRANDFATHER'S」で働き始めたのは、大学生の頃、飲食店でアルバイトがしたくて、アルバイトニュースで見つけたことがきっかけでした。2年ほど離れていた時期はありますが、また戻ってから正社員になり、今に至っています。開店当時、ロックを聴きながらお酒が飲める店は、ほとんどなかった。道玄坂にはコーヒーを飲ませる店はあったんですけどね。オーナーはそこに目をつけて、渋谷という街がこれから栄えると読んでここに店をつくったんです。その後、カフェバーやディスコがブームになって、どこでも音楽が聴けるようになっても、この店を続けてこられたのは、アナログレコードの良さが見直されたからでしょうね。そのときのお客さまの様子を見ながら、LPの中から一曲ずつ選曲してかけているうちに、店を支持してくださる人が増えた。そういう方が、息子さんを連れて来店してくれたりするんです。
だから上は50代、60代から、下は20代まで、客層は幅広いですね。今の若い人はiPod世代でしょう。僕が若い頃と同じ、音楽を一曲ずつ楽しむ世代なんですね。だから店でかけた曲も、自分の感性にひっかかるものがあると、パッと反応します。「この曲、何ですか?」って。古くからの歴史を感じられるように、オーナーが「GRANDFATHER'S」という店名にしたのですが、今ちょうど70年代のロックやAOR(アダルト・オリエンテッド・ロックの略。大人向けの落ち着いたロックを指す)がそのイメージになってきましたね。このあたりの音楽って、お酒に合うんです。聴きながら心地よく飲める。だから幅広い層に受け入れられるんでしょうね。
--これからやりたいことや夢はありますか?
ロックを聴かせる店のつくり方を教える本を手がけたいですね。他の飲食店とは、運営の仕方がまったく違うんです。やり方を間違えるとすぐ潰れてしまいますよ。たとえば僕は、お客さまとほとんど話さないんです。なぜなら、話していると、声の小さなお客さまの様子に気づくことができなくなるから。大きな声で主張しないお客さまにも気を配り、それぞれのお客さまの状態に合わせて選曲するわけです。古くからのお客さまはもちろん、一緒に連れられてくる新しいお客さまも大事にしたいという気持ちもあるんですよね。音量も、お客さま同士の会話を、もっとも心地いい状態で楽しんでもらえるよう計算しています。今の若い人たちって、独立心が旺盛ですよね。どこかに属するより、自分の力でやりたい人が多いんじゃないですか。そういう若い人たちに、自分が体験して蓄積してきたノウハウを伝えたい。頑張る気持ちがある人を、どんどんバックアップしていきたいですね。そのためには、僕も感性を磨き続けなければいけない。だから、新しいアーティストの曲もどんどん聴いています。
1962年の結成から現在に至るまで40年に渡るキャリアを持ち、いまなお第一線で活躍を続けるイギリスの大御所ロックバンド。1964年に発表されたデビューアルバム「ザ・ローリング・ストーンズ」が、同時期にデビューしたビートルズの「ウィズ・ザ・ビートルズ」に代わって全英1位を獲得、以後「サティスファクション」「アンジー」など数々のヒット曲を生み出す。ブライアン・ジョーンズはレコードデビュー時から1969年まで在籍し、発足時のリーダー。ギターのほか、ピアノ、クラリネット、ハーモニカ、シタール、タブラやマリンバ等々の楽器を巧みに演奏するなど、音楽的な才能が際立った。バンド脱退直後に、自宅のプールで謎の溺死を遂げた。
石川さんにとっての渋谷とは? もう30年以上働いている街ですから、あまり意識していないんですけど、あらためて考えると、便利な街だと思いますね。ファッションもグルメもカルチャーも楽しめる。レディースの服ならどの街でも揃えられますが、メンズの服を買うなら、一番品揃えが豊富な街なんじゃないですか。僕の娘が小学生だった頃のことですが、学校授業の中でどんな商品がどこのお店で買えるかを先生に聞かれたときに、「魚は東急プラザ、野菜も東急プラザ、肉も・・・」と答えたそうです。当時、渋谷の桜丘町に住んでいたので、無理もありませんが、僕の娘にとっては「生活必需品のほとんどを買う店=東急プラザ」というイメージだったようですよ(笑)。
今後、渋谷に求めることは? 渋谷駅に降りたときに、混沌とした臭さを感じることがあります。食べ物、人、ゴミや交通など便利さから生まれるニオイだと思いますが、渋谷を利用する人は、このニオイを決して忘れないでほしいですね。渋谷は文字通り、谷ですから、きっと良いものも、悪いものもすべて集まってくるのでしょう。便利でありながら、快適な街であり続けるためには、街を利用する一人ひとりが意識を持つことが必要だと思います。
■プロフィール
石川徹(いしかわ・とおる)さん
広島県出身。10代からロックを中心とした洋楽に親しみ、1971年、大学入学のために上京。72年より、「Rock'n roll Music Inn GRANDFATHER'S」でアルバイトを始める。バイト時代から店長を務め、卒業後に経営元である株式会社グランドファーザーズに正社員として入社。現在、取締役営業部長および、渋谷店店長を務めながら、若手の育成に励む。長年の経験から、その日の客層に合わせた選曲の腕には定評がある。
「Rock'n roll Music Inn GRANDFATHER'S」サイト
1971年にオープンした、知る人ぞ知る渋谷の老舗ロックバー。明治通沿いにある雑居ビルの、地下に続く階段を降りると、そこにはタイムスリップしたような空間が。70年代のロックやAORを中心にそろえられた音楽は、すべてアナログレコード。最新リリースの曲も、レコードで入手しコレクションしている。アナログならではの音を、おいしいお酒とともに楽しめる、大人のための店。
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