映像の“テーマパーク”として大人から子どもまで人気を集めるNHKスタジオパーク。番組作りの舞台裏や撮影中のスタジオを見学したり、メガネなしで立体映像を観られる世界初のシアターなど、最先端の映像技術に触れられる施設です。『頭山』で第75回アカデミー賞・短編アニメーション部門にノミネートされるなど、日本を代表するアニメーション作家として活躍中の山村浩二さんに一連の展示を見学していただき、感想や見どころを伺いました。
--「NHKスタジオパーク」を観た感想は?
映像の作り手の視点から見ると、メガネなしで立体映像を観られる「とびだすハイビジョンシアター」が興味深かったですね。2年ほど前に同様の技術を用いた映像を観たときはテスト段階で不完全でしたが、それがここまで進化したのか、と驚かされました。自分の作品に直接的に結び付くかどうかは別として、こういう最先端の技術を知っておくことは何かのプラスになるんですよ。あとは、アニメーションやドラマの登場人物になりきって音声を吹き込める「あなたも声優!アフレコスタジオ」などは、制作現場の裏側を楽しみながら知ることができますよね。以前、ワークショップで子どもと一緒にアニメーションを作ったときに一番盛り上がったのはアフレコでした。登場人物に合わせて自分の声を生で入れるのを、子どもたちはすごく面白がるんです。やはりスタジオパークでも、アフレコのコーナーは大人気のようでしたね。
--大人が楽しめる展示も多かったですね。
そうですね、なかでもスタジオを俯瞰で覗き込めるのは面白い趣向ですね。普段、何気なく目にする番組が「こういう風に撮られているのか」ということがよく分かります。時代劇やドラマ、子ども番組などのスタジオを見学できるから大人から子どもまで楽しめるし、タイミングが良ければ出演者や役者さんも目の当たりにできる。以前から、スタジオパークが随分と人気を博していると聞いていましたが、初めてじっくりと見学して、なるほど面白い施設だなと実感しました。
--山村さん自身もNHKとの関わりは深いようですね。
随分お世話になっていますよ。仕事で最初にNHKと関わったのは1993年で、「プチクレイ」という番組で、『カロとピヨブプト』のシリーズを放映しました。5分という短い番組でしたが、さすがにNHKの影響力は大きく、今でもこの作品を観たと覚えていてくれる方が少なくありません。それ以後も「おかあさんといっしょ」の『パクシ』や『英語であそぼ』をはじめ、おもに子ども向けの作品を提供してきました。最近では『ヤマムラアニメーション図鑑』に収録された『頭山』はじめ全作品が、すべてNHK-BSの子ども向けのアニメーション特集で放映されました。
--そもそも山村さんとアニメーションとの出会いを教えてください。
幼稚園に上がる前にテレビで観たアニメーションが最初の記憶ですね。その魅力に取り付かれて、幼稚園の頃には赤塚不二夫さんの『もーれつア太郎』のキャラクターなんかを描いて遊んでいました。本格的にマンガを描き始めたのは小学校に入ってから。出来た漫画を学校に持っていっては友達や先生に見せていた。この時期が作品を生み出して人に楽しんでもらうという原体験になっていると思います。中学時代にはさらに進んで、漫画の原稿を印刷所に持ち込み、今で言う自費出版を始めました。それで原価回収のために友達に売りつけるんですよ(笑)。アニメーションを作り始めたのも中学時代で、最初は担任の先生に8ミリフィルムのカメラを借りて作りました。といっても簡単な四コママンガのようなものでしたが、切り絵にしたり水彩画で色付けしたり、自分なりに工夫していましたね。将来はマンガ家になるのが小学校時代からの夢でしたが、アニメーション作家に方向転換したのは、大学2年生のときにカナダやロシアの作家による短編アニメーションに出会ったのがきっかけでした。映画やイラストレーションなどを融合した芸術性の高い作品に衝撃を受け、さらにはこうした作家に実際にお会いして、これは自分も作らなければ、と思ったのです。この時期に心の中で“作家宣言”をしてアニメーション作家として生きていくことを決意しました。
--作品を通して伝えたいことは何でしょうか。
日本ではアニメーションは、子どもや一部の愛好家のものと思われがちですよね。だけどアニメーションにもいろいろあって、単にストーリーを追うだけではなく、映像をグラフィックとして鑑賞したり、アニメーション独特のリズムや感性、さらに色や音の変化を楽しむ美術作品としての側面もあります。とくに短編アニメーションには芸術的な作品が数多くありますが、日本での知名度はいまいち。そこで自分の作品を通して短編アニメーションの魅力を伝えたいと思っています。狙ったわけではないのですが『頭山』がアカデミー賞の短編アニメーション部門にノミネートされたことは、このジャンルの存在を知ってもらう大きな効果がありました。
--8月5日からユーロスペースで最新作『年をとった鰐』が上映されますね。
レオポルド・ショヴォーという作家が書いた絵本を忠実にアニメーション化しました。単純なストーリーですが受け手によってさまざまに解釈できる不思議な作品です。僕自身はワニとタコの関係にきれいごとの愛だけでは成り立たない人間の性(さが)を感じましたが、権力者への皮肉が込められているという人もいたりします。もっとも、ショヴォー自身は、ちょっと怖い話で子どもたちを面白がらせようという意図で書いただけかもしれませんが、僕も個人的な解釈を勝手に反映させずに絵本をそのままアニメーションに移植することを心がけました。作品の制作では、ペンと鉛筆のどちらで描くか、あるいは粘土細工にしてみるか、といった技法を、頭で考えるよりは実際に試して、作品にぴったりと合うものを模索します。この作品でもあれこれ試行錯誤して、最終的にペンで描く事に決め、約7,000枚の原画の作成に1年2ヶ月ほどを費やしました。また『年をとった鰐』と一緒に、私が選んだ世界のアニメーション作品も上映します。作品はクラシカルなものもありますが、基本的には現代の短編作品のなかから、日本ではあまり知られていないものの、芸術的に優れたものを選びました。これを機に短編アニメーションに興味を持っていただけると幸いです。
--今後の展望を聞かせていただきますか。
『年をとった鰐』の企画は、10年以上前から温めていて、今回、ようやく実現にこぎつけました。そうした構想中の企画がたくさんあるので、どんどん作品化して世に送り出したいですね。40代は最も仕事が充実する時期だと思いますし。現在は中編アニメーションの『田舎医者』という作品を作っており、これを2007年に完成させるのが目標。じっくりと取り掛かって完成度の高い作品に仕上げたいと思っています。
山村さんと渋谷との出会いは? 大学時代は、年に数百本の映画を観る映画青年だったので、渋谷にはしょっちゅう足を運びました。とくに独自のセレクションを気に入っていたユーロスペースには通い詰めましたね。妻と初めてデートした場所も渋谷でした(笑)。大学2年生のときで、たしか最初に渋谷駅前で待ち合わせてフェリーニの『そして船は行く』を観ました--ともあれ、思い出の深い街です。大学卒業後、初めて35ミリフィルムを使い、『遠近法の箱』という作品を撮影したのも渋谷にあった秋吉スタジオでした。以来、現在に至るまで仕事では欠かせない街として渋谷は頻繁に訪れています。渋谷って放送局もあれば、作品を上映する映画館もあるし、制作スタジオもある。さらに東急ハンズなどで作品の材料も入手できるし、アニメーションに必要な要素がすべてそろっている街ですね。
渋谷の街に望むことは? そうですねぇ、現在の姿を保ちながら発展を続けて欲しいということでしょうか。渋谷には古いモノが残されている一方で、どんどん新しいモノも生まれている。そういう面白さを失わないでほしいですね。あとは、これからも若いコからお年寄りまで幅広い年代層が楽しめる街であってもらいたいと思う。こないだセルリアンタワーに行ったら、すごく落ち着いたオトナの雰囲気で「渋谷にこんなトコロもあるのか」と、驚かされました。その一方で、街にはたくさんの若者も行き来している。そのように誰をも受け入れる場所であってほしいと思います。僕自身、これからも仕事で末永く関わりを持つ街ですし。
公開番組の収録見学や番組づくりの舞台裏体験ができる、渋谷・NHK放送センター内にある参加型の放送テーマパーク。夏休み期間中は『サマーフェスタ2006〜ワクワクドキドキ夏の思い出づくり〜』(8月1日〜8月20日)と題し、ワンワンやスプーとの「キャラクターショー(記念撮影会)」や「ワクワクさんのつくってあそぼショー」などのイベントを多数予定している。またスタジオパーク内レストランでは、大河ドラマ「功名が辻」の舞台である土佐名物・鯨の竜田揚げが味わえる「戦国大名御膳」(1,200円・写真下)、韓国ドラマ「チャングムの誓い」にちなんだ「チャングム・コムタンセット」(1,100円)など現在放送している番組をイメージした料理も楽しめる。
>>NHKスタジオパーク
住所:東京都渋谷区神南2-2-1
TEL:03-3485-8034
開館時間:10:00〜18:00(入場は17:30まで)
休館日:毎月第3月曜日(但し、夏休み期間中の8月は休館日なし)
山村浩二の世界 山村さんの最新作、代表作とそれぞれの収録DVDをご紹介します。
『年をとった鰐&山村浩二セレクト・アニメーション』 仏童話作家レオポルド・ショヴォーの独特の皮肉とシュールな感覚の世界をそのまま表現した、山村浩二さんの最新作。ワニとタコのとぼけた表情がかわいくも切なく描かれ、子どもから大人まで楽しめる寓話性に富んだ、ほろ苦い涙を誘う切ない物語。2006年8月5日より、渋谷ユーロスペースにて上映開始。 >>詳しい作品紹介はこちら |
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『頭山』(2002) サクランボの種を食べた男の頭に桜の木が生えて、さまざまなトラブルに巻き込まれる古典落語『頭山』。その舞台を現代の東京に移し、アニメーションでの新解釈を試みた作品。第75回アカデミー賞短編アニメーション部門ノミネート。 <収録DVD>「頭山」山村浩二作品集(GENEON)/3990円、山村浩二作品集(GENEON)/6090円 |
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『遠近法の箱-博士のさがしもの-』(1990) ビル、カラス、溢れるバーコード、同じ姿のサラリーマン、買い物をする女性等、現代の都市を象徴するような画一化され、過剰で過密なイメージが、凝縮されているアニメーション。大学卒業後、渋谷の秋吉スタジオで制作された初の35mmフィルム作品で、写真、動画、立体物、透過光などの技法を線画台上で巧みにコラージュし、独特の映像表現に挑戦した意欲作。 <収録DVD>山村浩二作品集(GENEON)/6090円 |
■プロフィール
山村浩二さん
1964年、名古屋市生まれ。東京造形大学絵画科卒業後、ムクオスタジオ勤務やフリーランスを経て、1993年にヤマムラアニメーションを設立。アニメーションの制作に加え、国際映画祭での審査員や講演、ワークショップなど幅広く活躍する。古典落語を映像化した『頭山』は、アニメーション映画の最高峰であるアヌシー2003(フランス)をはじめ、世界4大アニメーション映画祭で3つのグランプリを受賞。第75回アカデミー賞短編アニメーション部門にもノミネートされた。現在、日本アニメーション協会常任理事、東京造形大学客員教授などを兼任する。
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