SHIBUYA BUNKA SPECIAL

「渋谷で笑い納め、渋谷で初笑い」〜渋谷における笑いのカタチ〜

年の瀬も押し迫った今回の特集テーマは「笑い」。笑い納め、そして初笑いのこの時期、空前のお笑いブームを背景に渋谷から発信する、この街ならではのカルチャーは実に多様。街のあちらこちらから人々の笑い声が聞こえてきそうな、群雄割拠の状態だ。そこで、かつて名を馳せた伝説の演芸会から、ストリート系のお笑いまで、渋谷とともに歩む「笑い」の歴史から現在をひも解いてみた。

1. 渋谷における笑いのカタチ

2.「ヨシモト∞ホール」がセンター街の歩き方を変える

  渋谷における笑いのカタチ

セルリアンタワー

『エンタの神様』『爆笑オンエアバトル』といったTVのバラエティ番組から若手お笑いタレントが多数輩出され、同じくTVドラマ『タイガー&ドラゴン』の影響から落語人気が高まるなど、世は相変わらず、空前のお笑いブームの最中にある。当然渋谷も、そのトレンドに敏感に反応している。1996年に誕生以来、若手お笑いタレントの育成・登竜門と位置づけられる劇場「シアターD」や、2007年センター街にオープンした無料のライブホール「ヨシモト∞(無限大)ホール」をはじめ、アップリンク・ファクトリーやLa. mamaといったライブハウス、さらにはセルリアンタワー能楽堂で行われる「落語」と、渋谷はバラエティに富んだ笑いの発信地として注目されている。

それにしても、目を引くのは「能楽堂で落語」ではないだろうか? 寄席やホールといった落語にとって馴染み深い場所を離れ、時代の最先端を行く洗練された超高層ビルの地下に設置された、日本古来の芸能の舞台へ。そんな渋谷らしい斬新なコラボレーションに目をつけ、『渋谷東横落語会』を開催している株式会社ロットの加藤孝子さんに話を聞いてみた。「池袋、新宿、浅草…、都内近郊を見回しても、落語会はたくさんあるけれど、渋谷にはありませんでした。それでも、中村勘三郎さんの歌舞伎や三谷幸喜さんの演劇などはやっていましたし、『渋谷って文化の街なんだから、落語があってもいいんじゃないか?』という、本当に単純な発想なんです。」

そうしてホールを探したものの、落語に適した場所を渋谷に見つけることは、難しかったという。そこで思いついたのが、セルリアンタワーの地下にある能楽堂だった。「能楽堂で落語、なんて普通ならばあり得ないのですが『同じ古典芸能ですし、足袋を履いているから』ということで特別に許可を頂きました。お客さんからは、このふたつのコラボレーションが新鮮と仰る方も多いですし、出演者からは『能楽堂ならではの緊張感が面白い』と。まあ、『難しい』という意見もありますけれど。舞台と客席の配置が特殊な能舞台で、お客さんに均等に落語を見てもらおうとすると、柱が障害になったりして、まだまだ色々な試行錯誤の段階です。」

セルリアンタワー地下2階にある「セルリアンタワー能楽堂」
photo by toshiya suzuki

伝説となった「東横落語会」を目指して

第七回渋谷東横落語会より三遊亭楽太郎
photo by toshiya suzuki

渋谷にはかつて「東横落語会」という、多くの愛好家に愛された、東京を代表する伝説的な落語会が1956年から1985年にかけて存在した。現在の東急百貨店東横店9階にあった「東横ホール」に、戦後の落語界を牽引した八代目桂文楽、五代目古今亭志ん生、六代目三遊亭圓生、五代目柳家小さんといった名人たちが次々と登場し、チケットは発売と同時に完売、という盛況ぶりだったようだ。地下鉄の音を聞きながら名人芸を見るという、昭和的な味わい深い、素晴らしいシチュエーションである。「とにかく出演者がすごかった。普通は若手から出て、最後にトリがくるのに、文楽、圓生、志ん生なんかがごそっと出てくるのですから、もう鳥肌ものです。現在の『渋谷東横落語会』がそれを引き継いでいる、なんて意識はまったく無いです。恐れ多くて、昔と同じ名前じゃ失礼ですよ。ただ新しく渋谷で落語会を開くにあたって、あらゆる面でかつての『東横落語会』を目指したい。そんな思いでやっています。でも、まだまだ追いつかないですね。」

そうして2006年8月から始まった渋谷東横落語会は、不定期ながら各季節ごとに一度開催されている。出演する落語家の人選は3つの柱からなっているという。まずは聞かせたい噺家、世間から注目されている噺家、そして次代を担う、名人になりうる若手。会場に集まるお客さんは、都内近郊からやって来る落語ファンが多いが、昔と比べて、若い人が非常に増えているそうだ。最近では、TVドラマ「タイガー&ドラゴン」やNHKの連続ドラマ「ちりとてちん」など、落語を題材とした物語がヒットを記録、世間からの注目度も高く、東横落語会が終わった頃の約20年前とは、落語界を取り巻く環境はずいぶん様変わりした。有望な若手が週刊誌のカラーグラビアで紹介されたり、追っかけをする女性ファンが出現していることには、加藤さんも驚きを隠せないようだ。

渋谷東横落語会を主催する加藤孝子さん

「『構えずに、噺(はなし)を聴いて笑ってください』というのが落語だと思うんです。古典芸能だからといって肩肘を張る必要なんてない。噺をじっくり聴けば、あとは自分のイマジネーション次第ですから。落語って生活に根ざしたもの、というか、出来事そのものなんですよ。およそ500本と言われる題目には、例えば、食べ物の消費期限とかフリーター、ニートとか、いま世間で問題とされているようなものもあるんです。江戸末期から伝えられたものが、いまだに同じことが起きている。同じ日本人ですから、人がやることって今も昔も、あまり変わらないんですね。」

いつの時代も大衆的な目線で人々に元気と幸せを運んだ、落語という古典芸能。渋谷という土地柄か、セルリアンタワーという落ち着いた空間のせいか、渋谷に集まる落語ファンは、上品で大人しい人が多いというのも、興味深い点だ。若い世代や初心者にとっては、落語に入りやすい環境と言えるかもしれない。渋谷の華やかな雰囲気にあやかって、落語会は必ず金曜日に行われているから、「金曜日の夜だし、ちょっと落語でも?」なんて誘い文句も、非常に新鮮で、そして粋なのではないだろうか。こうした落語以外にも、渋谷は、もともと小規模のライブエンタテイメント・スペースが多数点在しているという背景から、様々なお笑いムーブメントが混在し、その内容も驚くほど充実している。「シアターD」での所属事務所の枠を越えた芸人によるライブ、「ヨシモト∞ホール」での無料ライブ、「アップリンク・ファクトリー」での漫談、「La. mama」での新人コント大会などなど。その他、音楽系のライブハウスやカフェといったスペースでも続々とお笑いライブが企画されるなど、渋谷ならではの斬新な試みから、しばらく目が離せない。

■プロフィール
加藤孝子さん
落語や演芸の公演をプロモートする、株式会社ロット代表取締役。FM大阪・東京支社勤務後、落語の世界へ。芸人のマネージャーを経て、落語会を主催するように。現在は渋谷の他、札幌で10年に渡り、「北海道らくご会」を定期開催、落語不毛といわれた北の大地に旋風を巻き起こしている。
>>株式会社ロット

第八回「渋谷東横落語会」
日時: 2008年3月7日(金)19:00開演
会場: セルリアンタワー能楽堂
内容:

2006年より株式会社ロットが主催する「渋谷東横落語会」の第八回公演。出演者には三笑亭可龍、柳家三三、立川志らく(写真)が予定されている。

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