そよ風に春を感じる季節。この時期、心機一転して、何かの専門知識を身に付けたい、新しい自分を発見したい、新しい仲間をつくりたい、などと前向きな気持ちになっている人も多いのでは。そこで今回の特集では、自分の興味やレベルに応じてさまざまな講座が用意されているカルチャースクールや、渋谷ならではの個性的なお店で学べる講座についてご紹介します。多様なカルチャーが集積し、個性的な人々が集う渋谷は、遊び心をたっぷり持って「学ぶ」にはぴったりの「学び場」です。
「カルチャースクール 東急セミナーBE」で催されている約1,000もの講座のなかから、タイポグラフィ(文字の造形やレイアウト)を得意とするデザインユニット・大日本タイポ組合の二人が体験入学として選んだのは「やさしい・楽しい 腹話術」講座。もちろん、腹話術はまったく未経験の二人。はたして、無事に人形を操れるようになるのでしょうか?
大日本タイポ組合の塚田さんと秀親さんのほか、4名の生徒さんとともに講座は始まりました。鹿庭(かにわ)先生が皆さんに今日の取材のことをご説明すると、二人はそれに応えて、早速、自己紹介からスタート。「今日は、腹話術の技術をデザインに役立てたいと思ってきました(笑)」(塚田さん・写真右)。「僕が人形役になろうと思います(笑)」(秀親さん・写真左)。二人はテレビでしか見たことのない腹話術人形を目の当たりにして、興味津々の様子。鹿庭先生に聞いたところ、本格的な人形は高価なため、入会にあたって購入する必要はなく、市販のぬいぐるみや靴下でも練習できるそうです。今回、二人は特別に教室にあった「ラクダ」と「博士」の人形を借りて練習することになりました。
まずは発声練習から。はじめて体験する二人のために、鹿庭先生が発声の基本を説明します。「人の声は一種類ではなく、発声のときに息を入れれば柔らかくなるし、息を抜けば硬い声になります。一般に柔らかい声のほうが人には心地良い印象を与えますから、普段から心がけてみてください。腹話術では人形は硬い声、自分は柔らかい声を話すように」。実際に試してみて、なるほどとうなずく二人。「考えてみれば、話し方を習うことってないですよね」と塚田さん。続いては鼻をつまんで高い声を出す練習です。「鼻をつまんでだんだん高い声を出していくと、人形の声になります。次に猫のかわいい声で『ニャア』を!」(鹿庭先生)。ちょっと恥ずかしそうな表情だった二人も、周りの生徒につられて「ニャア!」を繰り返すうちに、気分も乗ってきた様子。その勘を忘れさせないうちに、本格的な発声練習に移ります。
「左側(朝だあいさつ)は人間、右側(あいうえお)は人形の声で話してくださいね。人形の声はおなかを張って力を込めるイメージで硬い声を出すようにしましょう。それでは!」
朝だあいさつ/あいうえお
いつも上見て/明るい子
かわいい顔で/かきくけこ
心も清らか/かしこい子
さくらさざんか/さしすせそ……
これを何度か繰り返したあと、「では、一人ずつ、やってみてください」という鹿庭先生の言葉に不安げな表情を浮かべる二人。「うまくできるかなあ。今日は調子が悪いかも(笑)」(秀親さん)。それでも先生の講評はまずまず。「とくに塚田さんは声がお腹の中から出ているところが、上級技の“ディスタンスボイス”(※声が遠いところから聞こえてくるような発声法)に近いかも──」という一言に、「いきなり上級者か!」と喜ぶ塚田さん。秀親さんも「はじめてにしては、きちんと人形の声になっている」という言葉をいただき、ひとまず安心した様子でした。
このあとは、生徒の皆さんが宿題として用意した台本をもとに、一人ずつ、腹話術を披露することになりました。保育園の卒園会で披露したい、子どもを楽しませたい、楽しそうだから、などと、皆さんが入門したきっかけはさまざま。鹿庭先生は、一人ひとりの演技のあとに、「あのしゃべり方が良かった」「こう展開すると、もっと面白くなる」「こういうネタを入れると子どもが喜ぶ」などと、実体験に基づいたアドバイスを交えながら丁寧な指導が続きます。「腹話術は声を出すのが難しいと思われていますが、それよりも人形の操作や掛け合いを上達させるのに練習を要するもの。人形の顔の位置や振り向かせるタイミングを少し変えるだけで印象がずいぶん違いますからね。でも最初は、あまりテクニックを気にする必要はない。人形に普段とは異なる自分を演じさせるのを楽しんでいるうちに、しだいにコツを覚えていくものですよ」。
「それでは塚田さんと秀親さんも、即興で腹話術をお願いします」との鹿庭先生の言葉に、戸惑いつつも嬉しそうに前に出る二人。まずは塚田さんが人形を使って、生徒の皆さんにあいさつをするという芸を披露。続いて秀親さんは、その日の感想などをユーモアを交えて人形に喋らせます。鹿庭先生から「お二人ともはじめてとは思えないほど上手。街頭に立てば、人がたくさん寄ってくるかもしれませんよ(笑)」というお褒めの言葉をいただきました。
塚田さんは「腹話術は高い声を出せばいいというイメージしかなかったけど、人形との掛け合いによって人を引き込む技などには“お笑い”の要素が必要で、とても奥深いと思いましたね。すごく面白かったです。飲み会で使ってみようかな(笑)」とプライベートでの活用を思案。そして、秀親さんも「話し方にもいろいろあるのだな、と勉強になりましたね。人形を使うことで、まるで別人格の自分が話している気分になったのも不思議な感覚。これからは仕事に行きづまったら、別人格の自分にデザインさせることにします(笑)」と腹話術に対するイメージが大きく変わったようで、今後の二人の仕事に少なからず影響を与えそうです。
鹿庭先生は、「腹話術は、一見、ハードルが高そうですが、じつは誰でも気軽に楽しめます。自分の思いを間接的に人形に話させるという行為には、自分も“癒される”し、相手の方も“癒してあげる”というという側面もありますよ。話し方を練習したいという方にも腹話術はぴったりだと思います」と、その魅力を力強く語ってくれました。実際、参加者の皆さんがとても楽しそうな表情で人形を操っている姿がとても印象的でした。人形と会話し、人を楽しませる腹話術には、体験した人にしかわからない、とても不思議な魅力があるようです。
■プロフィール
大日本タイポ組合
1993年に塚田哲也さんと秀親さんの二人で結成。日本語やアルファベットなどの文字を解体し、再構築することによって、新しい文字の概念を探る実験的タイポグラフィ集団。国内はもとより、ロンドンやバルセロナなど世界中で展覧会を開催。
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鹿庭悦子さん
腹話術師の「ぴっころECCO」として活躍中。ヘブンアーティスト(東京都認定大道芸人)。全日本あすなろ腹話術協会本部普及部長も務める。全国の大道芸大会や地域イベント、テレビ番組などに出演するかたわら、カルチャースクール東急セミナーBE渋谷校などで指導を行う。
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鹿庭悦子先生が発声法から人形の操作法、台本の作り方、演じ方などを指導。「入門・初級」「初級・中級」「上級」の三つの講座を開講している。幼稚園教諭や保育士などに加え、ボランティアや趣味、宴会芸として演じたいという人まで、さまざまな世代の参加者が集まっている。 >>「カルチャースクール 東急セミナーBE」ついて詳しくはこちら |