濱瀬元彦 The ELF Ensemble with 菊地成孔
上映・公演は終了しました。

■ information
菊地成孔をゲストに迎えた「濱瀬元彦 The ELF Ensemble」は、濱瀬元彦の音楽を精緻に実現するために’08年に結成された。従来、生演奏では演奏不可能であったサウンドを同期、シーケンサー等を一切使わずに演奏するだけでなく、濱瀬のインプロヴィゼイションと組合わさる事により音楽の未踏の領域をライブ空間で実現する。
■ 濱瀬元彦
1952年〜。慶応義塾大学中退。1976年よりアコースティックおよびエレクトリック・ベース奏者として土岐英史、鈴木勲、益田幹夫、秋山一将、清水靖晃、ジョージ大塚らのジャズ・グループで活躍。多数の録音参加作品を残す。演奏家としてはフレットレス・ベースの新しいスタイルを確立した。1982年に実験的音楽ユニット「ラーゲル」を結成し、1985年まで音楽の新しいフォーマットを摸索し続けた。その後、ソロ活動を開始し、5つのソロアルバムを発表している。音楽理論の面でも「ベースライン・ブック」(1987)でベースラインに関する理論、「ブルー・ノートと調性」 (1992)で即興演奏、作曲のための全く新しい調性理論、「読譜と運指の本(理論編・実技編)」(1996)で読譜のメカニズムを解析し、弦楽器の読譜・運指に関する新しい理論を提出するなどの業績がある。
■ 清水 玲
大学在学中にプロとしての活動を開始する。その後、セッション・プレイヤーとしては川本真琴、松浦亜弥、藤本美貴、モーニング娘、TRFなどのレコーディングやコンサートに参加。バンドメンバーとしてはSOHBAND、 BOM`BOCOなどでも活躍中。CM音楽、プレイ・ステーション「WWEスマックダウン」の作曲、FOXチャンネルの「X-files」Re-Mixほか、アレンジも多数てがけている。さらに、濱瀬元彦氏に師事するかたわら、氏の主催する StudioLungにおいて日本で唯一のスラッピングのカリキュラムである”スラッピング・スタイル・ベース科”のインストラクターをつとめている。ベース・マガジン誌2003年1月号からスラップ・セミナー「Brush your SLAP up!」を連載。2008年にはMotohiko Hamase The ELF Ensembleにメンバーとして参加。
■ 岡部洋一
昭和37年1月12日生まれ、A型山羊座。
高校時代からパーカッションの演奏を始める。大学在学中にブラジル音楽と出会い、卒業前からプロとしての活動を開始。ブラジリアンレストランでしばらく演奏したのち、いきなりおニャン子クラブの全国ツアーに参加。その後アイドル歌手のバックを多数つとめる。それとともにさまざまなジャンルのアーティストと共演するようになる。ジャズ系、ロック系のコンサートやライブハウスへの出演が増え、また来日ブラジル人ミュージシャンとの共演も多い。もともと好きだったアバンギャルドな音楽を演奏する機会も多くなり、最近はどんどん深みにはまってゆく日々を過ごしている。現在、トランスロックバンドとしてコアなファンをもつ「ROVO」や、「ボンデージ・フルーツ」、また16人編成のロックバンド、「ザ・スリル」のメンバーでもある。
おもな共演アーティストは、バーデン・パウエル、大貫妙子、ショーロ・クラブ、向井繁春、小野リサ、村田陽一、溝口 肇、中西俊博、井上 鑑、epo、酒井 俊、城戸夕果、ホッピー神山、角松敏生等々、枚挙に暇なし。
いま、もっとも便利につかえるインチキパーカッショニストのひとりである。
■ 成澤功章
お仕事は、 曲づくりやアレンジや演奏(キーボードとパーカション)です。
仕事上の主な作品は、
VIVID(森 英恵)プロモーションビデオ音楽(’86年)
NHK教育テレビ「さわやか3組」テーマ音楽(’86年)[10代の時の作曲なのに もう20年近く同じ曲が使われてる^^ ]
テレビ朝日「ファッション・ニュース」テーマ音楽(’86年)
映画「AKIRA」メイキングビデオ音楽(’88年)
アルゴ・プロジェクト映画「喪の仕事」サウンドトラック(’90年)
写真家 内藤忠行CD-Rom「ZEBRA」の為の音楽(’96年)
ヤマハ・インストークプロジェクトの音楽「Death & Rebirth」(’97年)
NHK教育テレビ 新「さわやか3組」テーマ音楽(’99年)
2000年シドニーオリンピック・シンクロナイズドスイミング 日本チーム(フリー・ルーティン)用音楽「火の鳥」などです。
■ 菊地成孔
音楽家/文筆家/音楽講師。
1963年6月14日、千葉県銚子市の歓楽街、観音町にある飲食店の次男として生まれる。大変な難産の末に無言/無呼吸で取り上げられ、死産が危ぶまれたが、数分後に爆発的な産声を上げた。そのまま1歳よりワーカホリックを発症。
’60〜’70〜’80〜’90年代を通して、あらゆる歓楽街を舞台に膨大な遊びと仕事に耽溺する。音楽家としてのデビューは’85年(25 歳)、横須賀米軍ベースで、フィフス・ディメンションのバックバンド、3番サックス奏者として。20世紀中の主なメンバー歴は山下洋輔グループ、ティポグラフィカ(今堀恒夫主宰)、グランドゼロ(大友良英主宰)。
’98年(35歳)で壊死性リンパ結節炎により東京女子医大・耳鼻咽喉科に入院、生死を彷徨うが完治。この入院(約2ヶ月)が人生最初の休暇となるも、退院後ワーカホリックが激化、DCPRG、第二期スパンクハッピーを主宰者として結成。各々ファースト・アルバム『アイアンマウンテン報告』(P -VINE RECORD)『コンピューター・ハウス・オヴ・モード』(キングレコード)を発表後、活動継続中。
’02年(39歳)不安神経症を発症。精神分析治療と内気効のコントロールをベースにした整体により緩解、治療開始時の約2ヶ月が人生二度目の休暇となるも、再びワーカホリックが激化。’04年より新宿歌舞伎町、職安通り沿いのマンション最上階に仕事場を構え、アコースティック・ジャズ界に回帰、初のソロ・アルバム『デギュスタシオン・ア・ジャズ』とセカンド・ソロアルバム『南米のエリザベス・テーラー』を発表。各々のステージアクトの為に「クインテット・ライブ・ダブ」と「ペペ・トルメント・アスカラール」を結成。’05年には「大停電の夜に」(アスミック・エース)の音楽監督として映画音楽界にデビュー、その後1年間で4作品を手掛ける。初プロデュース作は南 博「タッチェズ・アンド・ヴェルヴェッツ」(’04年/EWE)。
著作デビューは’03年「スペインの宇宙食」(小学館)から。以後、精神分析学から服飾文化史、音楽理論史など、膨大な知識と妄想を駆使した饒舌な文体で、異形の批評家/エッセイストとして著書多数。対象は音楽、映画、料理、服飾?闘技に及ぶ。
音楽講師としては私塾である「ペンギン音楽大学(*昨年8月を持って生徒募集終了)」をはじめ、’02年よりアテネ・フランセ運営の「映画美学校 /音楽美学講座」楽理・編曲科主任講師を継続中、’04〜’05年にかけては東京大学教養学部非常勤講師(「ジャズ〜20世紀アメリカ史」「マイルス・デイヴィス研究」)として講鞭を執り、総ての講義録を出版。’06年からは国立音楽大学の非常勤講師(ジャズ理論史)に就任。 新たな学術領域に入る。
また、「エスクァイア日本版」のジャーナリストとして’04年にブエノスアイレス、’06年にモロッコとリスボンに赴き取材と撮影を敢行。 ’05年は毎日放送「情熱大陸」、NHK総合「英語でしゃべらナイト」NHK BS2「井上陽水 空想ハイウェイ4」などTVにも進出。
「時代をリードする鬼才」「現代のカリスマ」「疾走する天才」等と称されるが自覚まったく無し。「ぜんぜん寝てないでしょう」等と言われるも意外とそうでもなし。
当面の目標は海外進出および、健康なまま、自分から申告して取るバカンス2ヶ月ほど。
CD、著作とも代表作は当サイトにカタログ化してあるが、パーフェクトなディスコグラフィや活動歴(特に執筆歴)は本人にも編纂不可能。双子座の AB 型。日課は散歩とストレッチ。好きな食材は鮪、鴨、メロン。ワインはサンセールのロゼ、パルファムはテュエリー・ミュグレーの「エンジェル」を常用。フォワグラは私財と共に自宅冷蔵庫に大量に保管してあるので大丈夫。
ジャズ・ソウル・R&B
出演:濱瀬元彦(b)清水 玲(b)岡部洋一(per)成澤功章(key) Guest:菊地成孔(sax)
料金:4,200円/2ステージ 7,350円
+オーダー
※食事のメニューは、お店へお尋ね下さい。
<a href="http://www.jzbrat.com/"target="_blank">JZ Brat</a> 03-5728-0168
※表示されている料金は全て税込みです。
※やむを得ない都合により、開催スケジュール及び内容が変更になる事があります。詳細は各主催者へお問い合わせ下さい。







