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田名網敬一 個展「COLORFUL」 (1960ー1974)

上映・公演は終了しました。

Keiichi Tanaami
[ mermaid 02]
oil on board
515 x 350 mm
1972
copyright by Keiichi Tanaami
courtesy of NANZUKA UNDERGROUND

以下Nanzuka Underground公式HPより転載しています。

このたび、Nanzuka Undergroundは、田名網敬一(1936-)の個展を開催いたします。今回の展覧会では、特に田名網の初期作品にスポットを当て、60年代及び70年代初めに制作されたペインティング及びドローイング、映像作品、シルクスクリーンなどと、当時の作品を再構築した新作のペインティング及び立体作品を展示致します。

田名網敬一は、1950年代後半よりアーティスト活動を始め、60年代から70年代にかけて、日本における反芸術運動の中心的存在であったネオダダジャパンと行動を共にし、ロバート・ラウシェンバーグやミシェル・タピエらと親交を深め、あるいはアンディ・ウォーホルとも仕事を共にするなど、戦後日本の前衛芸術の創成期において、常にその中心にいたアーティストの一人です。ベトナム戦争、日米安全保障条約の改定、中華人民共和国文化大革命、オイルショックといった事件に象徴される激動の時代を反映して花開いたカウンター・カルチャーの旗手として、田名網は当時から絶大な人気を誇りました。

当時の代表作品としては、1968年AVANT-GARDE誌主催の「反戦ポスターコンテスト」 で入賞したシルクスクリーンプリント作品「NO MORE WAR」シリーズや、伝説的バンド、モンキーズやジェファーソン・エアプレインのジャケットワークなど、ポップアート及びサイケデリックカルチャーの日本への導入に重要な作品を残しています。また、田名網は、「卵形」(1963)、「田名網敬一の肖像」(1966)、「未来虚像図鑑」(1969)といった作品集の出版に力を注ぎ、アートブックの作品性といったテーマにも早くから取り組んできました。これらの作品は、田名網が、広告芸術のルールを応用したポップアートの可能性にいち早く着目し、遅くとも60年代の中頃から多色印刷やイメージのサンプリングなどといった技法と、アートにおける複製という概念を自身の作品に実験的に応用していたことを表しています。

また、田名網は、同時期にウォーホルやジョナス・メカスの洗礼を受け、実験映像作品やアニメーションの制作にも力を注いでいます、それらの作品は、過去「ニューヨークフィルムフェスティバル」(1976)、「日本の実験映画特集」展(ニューヨーク近代美術館、1978)、「ロンドン国際前衛映画祭」(イギリス、1979,2003)など数多くの国際映画祭、映像作品展に招待出品され、高い評価を受けてきました。

今回の個展「COLORFUL」は、ファインアートとグラフィックアートの境界を超えて、より自由に表現活動を行おうとしてきた田名網敬一の初期作品に焦点を当て、常に時代の空気を体現してきたその創作活動を再考しようというものです。

田名網は、60年代という時代を振り返って、次のようなコメントを残しています。

「ぼくの紆余曲折しながら歩んできた道程をふりかえると、60年代という特別な時代が遥か彼方でいまも鋭い光を放っているのがよくわかる。イラストレーションもアニメーションも実験映画もペインティングも版画も立体もそのすべてが60年代に生みおとされ成熟されたものといってもよい。」

画廊・ギャラリー

田名網敬一

料金:入場無料

※表示されている料金は全て税込みです。
※やむを得ない都合により、開催スケジュール及び内容が変更になる事があります。詳細は各主催者へお問い合わせ下さい。

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