渋谷はオープンソース的な「余白」が多い街
そこに人が集まって魅力的な“場”が形成される
1979年、東京生まれ。株式会社シゴトヒト代表取締役。明治大学建築学科を卒業後、不動産会社ザイマックスに入社。多くのプロジェクトの経験を通じ、「プロジェクトに最も大切なのは『器』ではなく『人』」という思いを強め、2008年8月、「意義ある仕事を意思ある人に届ける」事業として、求人サイト「東京仕事百貨」をスタートし、翌年10月、シゴトヒトとして法人化。2010年2月より、高校生以上の会員を対象に職場を訪問して働く人の声を聞く会員制ワークショップ「東京仕事参観」を開始した。シブヤ大学しごと課のディレクターも務める。
--「就職難」「リストラ」など最近の厳しい雇用状況について、どのように考えていらっしゃいますか?
社会の状況が変化し、人々の仕事への向き合い方が変わらざるを得なくなった結果として、良い方向に向かっているのではないかと感じています。たとえ話ですが、会社をテーブルと考え、その上に社員が乗っかっているとします。かつてはどのテーブルも成長して大きくなるのが当たり前でしたが、ある日、しだいに小さくなっていることに気付いた。皆がテーブルから落ちないように頑張っているけど、端からボロボロと転落する社員が増えているというのが、今の世の中ではないでしょうか。中には、「このテーブルはもうダメだ」と諦めて初めて小さなテーブルや面白い形のテーブルがどんどん生まれていることに気付き、飛び移る人もいれば、自分のテーブルしか見えなくて必死にしがみつく人もいる。そもそも若者にとっては最初から大きくて安定したテーブルに空きがなく、新しいテーブルに乗らざるを得ないことも多い。年長の方には失礼な言い方になりますが、かつてはあまり考えなくても生きていける時代があったのではないでしょうか。大きな一本道のレールがあって、それに乗ってさえいれば、人並みの生活が送れました。しかし今は、最初からレールが崩れているから、仕事について真剣に向き合わざるを得ず、その結果として考え方が多様化しています。「自分のやりたいことをやろう」と自分を貫こうとする人もいますし、保守的な考え方を持つ若者も、話を聞くと、いろいろと考えた結果として保守的に考え方に至ったことが分かる。昔のように安定感のある社会ではありませんが、考え方によっては面白い状況が生まれているのではないかと、僕は思いますよ。何も考えずに社会に身を委ねるのではなく、自分の中で十分に考えてから社会に寄り添っていくほうが、いいんじゃないかと思いますから。
--仕事や働き方に関して、若者に対してどのようなアドバイスをされるのでしょうか。
「自分が何をしたいのかはっきりと分からない」と、大学生などから相談を受けることが少なくありません。考え方や価値観は多様ですから、あえて「こうあるべき」と伝えないようにしていますが、次の2つはアドバイスすることがあります。それは、「語彙を増やす」そして「その語彙で自分の思いを言葉にする」というもの。語彙という言い方は、言葉の背景にある考え方や知識などを含んでいます。極端な例ですが、「野球選手になりたい」という子どもが多いのは、仕事として野球選手という語彙しか持ち合わせていないからでしょう。「やりたいことが見つからない」という悩みの多くは、そういう意味での語彙を増やしていくことで解決に向かうと考えています。僕自身、先ほどお話したように、東京R不動産や西村さんたちから影響を受けて語彙を増やし、自分の思いを形にしてきたように思います。
--渋谷の街とは、どのような付き合いをされてきたのでしょうか。
子どもの頃は田園都市線の沿線で引越しを繰り返し、今は中目黒に住んでいますから、僕の人生の中で常に渋谷は生活圏の中にあります。とくに大学時代はDJをしていて、いつも宇田川町のレコード屋を巡っていましたし、渋谷にある大抵のクラブではプレイしました。終電間際、皆が家路につくのとは逆行して渋谷のクラブに向かう田園都市線の時間は、本当にワクワクしましたね。新宿のゴールデン街や池袋のウエストゲートパーク的な文化を懐かしむ人もいるでしょう。しかし、僕にとっては渋谷にあった音楽や文学、アートが「自分がそこにいた」という事実から感じられる文化です。当事者感がとても強く、実際に長い時間を過ごしたからこそ、街としての安心感もあります。新宿は疲れてしまうし、池袋は少し怖いですし。だからオフィスを構える時は、自然と渋谷圏を選びました。
--渋谷の街の魅力をどのように考えていますか。
渋谷は比較的、「余白」の多い街といえるでしょう。余白とはオープンソース的な場所と考えることができ、物理的な余白もあれば、コミュニティから発生する余白もある。分かりやすいものとしては、代々木公園や宮下公園などは、いつでも誰でも訪れることができる物理的な余白です。こういう空間があると、人が集まって都市の魅力が増すと思いますね。コミュニティから生まれる余白とは、例えば友人が経営するお店や会社など、なじみ深くて気軽に訪れられるような場所です。学生時代は気持ちに余白があったから、街なかに余白がなくても、刺激があれば良かった。でも大人になると、余白がない街にずっといると疲れてしまうんですよね。そのような余白の多さは、僕が渋谷に安心感を抱く要因の一つですね。
--渋谷にはどのような会社が多いと思いますか。
事業内容が面白く、人をひきつける会社が多いと思いますよ。東京仕事百貨の掲載企業にも渋谷の会社は多く、「シブヤ」という検索カテゴリーも設けています。クリエイティブ関連や飲食、物販など、業種はさまざまです。応募する人にとっては勤務地よりも仕事内容が優先されることが多いと思いますが、経営者には僕と同じように渋谷の街に親しみを感じて会社を構える人が少なくありません。その結果として、渋谷に意欲的な人が集まって魅力的な場が形成されるという構図はあると思います。
--今後のビジョンをお聞かせください。
今後、情報の発信者は、グーグルやアマゾンのような巨大なシステムを持つプラットフォーマーか、より個別性の高い情報を扱うブティック型のコンテンツメーカーに二極化されるのではないかと考えています。東京仕事百貨は典型的な後者として、これからも人に寄り添った情報を発信し続けるメディアに徹したいと考えています。やりたいことは、たくさんありますよ。東京仕事百貨や東京仕事参観の活動をベースに、生き方や働き方という切り口から電子書籍を出したいと思っていますし、一棟を丸ごと使ったオフィスビルをつくりたいという考えもあります。まだ初期の構想ですが、例えばシェアオフィスにして、テナントの入居者が日替わりでバーテンダーをするバーをつくるなど、「そこに行けば、いつでも会いたい人がいる」と感じられる空間にしたいですね。90年代のようにトップにプロデューサーがいて打ち上げ花火のように盛り上がるのをピークに、時代とともに下火になっていくプロジェクトにはウンザリしていますので(笑)、いつも中心に人がいて変化を続ける連続性のあるプロジェクトにしたいです。ツイッターのようなタイムラインメディアは、まさにそういう価値観で成り立っていると思うんです。今では「何曜日の何時にハチ公前で」という待ち合わせをする人はあまりいなくて、思い立った時に人と繋がりたいという気持ちが強まっていますよね。つまり僕が構想するオフィスビルとは、そのような意味合いで時間や場所を共有できる“場”のことなのです。