街角を曲がれば風景が変わる−渋谷の健全な混在感がいい
未来の価値観を具現化した「個」を大切にする街になってほしい
1963年8月生まれ。大阪府立大学卒業後、1987年に日商岩井入社。食品部に配属され、インドネシア大学留学を経てオーガニック食品の担当に。2000年6月、有機食品のネット販売を手がけるオイシックス設立に参画し、取締役副社長に就任。2002年8月に日本ベジタブル&フルーツマイスター協会を設立して理事長に就任。同年10月よりフードディスカバリー社長。著書に「野菜ソムリエの美味しい経営学」(幻冬舎)がある。
間もなく「野菜ソムリエ」が2万人を突破する日本ベジタブル&フルーツマイスター協会。商社時代から、有機農産物の良さをいかに伝えるかの模索を続けてきた理事長の福井さんに、オフィスを渋谷に置き続ける理由やこれからの渋谷のブランディングについていうかがいました。
--「野菜ソムリエ」の制度を立ち上げたきっかけは?
もともと商社で有機食品を扱うセクションにいて、オーガニックチームのリーダーをしていました。今話題になっている食の問題は当時話題に上がらなかっただけで、10年も20年も前からある話です。当時は今の改正JAS法が導入される前で、減農薬でさえ有機扱い。商社でそういう話を見聞きしていて、食を扱うひとりとして、「自分の子どもにも安心して食べさせられるようなものはないか」と疑問を感じるようになりました。そこでいろいろ調べると、アメリカやヨーロッパではオーガニックというマーケットが確立していることがわかりました。私はオーガニックを進める上での問題点は「価値伝達」だと思います。例えば有機で栽培されたニンジンと農薬を使ったニンジンを並べても見た目にはわかりません。有機農産物は、その背景にある情報を伝えて初めて生活者にその価値が伝わる。最初は、オーガニック食材を外食チェーン店や大手のスーパーマーケットに納めていましたが、やはりなかなか売れない。それは、スーパーマーケットが「価値伝達」を行わず単に食材を並べるだけだからです。私はインターネットで農産物を販売する「オイシックス」という会社で情報伝達を行っていました。でも、やはりフェース・トゥ・フェースの情報伝達には勝てないと思います。商社にいる時、「有機農産物の良さをどうやったらわかってもらえるのか」と考えたことが、この野菜ソムリエの制度をつくろうと思った最初のきっかけです。それが1998年ごろの話で、実際に制度できたのが2002年ですから、その間はずっと試行錯誤を続けていました。
--「フェース・トゥ・フェースの情報伝達には勝てない」と感じるようになった理由は?
情報の中身によって、テレビ・雑誌・インターネット・メールなど、それぞれ相応しい手段はいろいろあると思いますが、フェース・トゥ・フェースとそれ以外の手段の最大の違いは、臨機応変に相手に合わせられるかどうかだと思います。例えばニンジンを選ぶのに妊婦さんだったら残留農薬の情報が一番欲しかったり、二十歳ぐらいの女性ならダイエット効果が気になったり、僕らの世代だったら「これメタボにどうなの?」とか…必要としている情報はそれぞれ異なります。他の手段では、「このニンジンは甘いよ」「酸っぱいよ」などの情報を相手に一方的に流しますし売り手は、自分たちが伝えたい情報だけを伝えます。そこが、フェース・トゥ・フェースとそれ以外の手段の最大の違いだと思います。野菜ソムリエの定義は、「今対象である生活者が求めている情報を、その人にわかりやすいかたちで伝える人」です。
--制度をつくっていくうえで、何か想定外のことはありましたか?
今でこそ野菜ソムリエの資格は、初級・中級・上級に分かれていますが、2001年に日本ベジタブル&フルーツマイスター協会を立ち上げた当初はマイスター制一本で、最初の検定料は20数万円でした。当初は八百屋さん、流通業の方、スーパーに勤務されている方、卸の方など…食のプロが受ける資格と想定していました。でも、実際に検定に来てくれた人は9割以上が一般の生活者だったのです。もともと、資格は、どんなものであれ自分の仕事にプラスになるから取るものだと思っていましたが全く違いました。そこで1年半ほどたって、マイスター制度一本から変更して、初級コースと中級コースと上級コースの3コースを設けました。それぞれの定義は、初級は「自分が一人の生活者として野菜や果物を楽しむことができる」、中級は「その素晴らしさを人に伝えることができる」、上級は「社会で活躍できる」です。今まで食を仕事にしたことのない一般の生活者の方でも無理なく受けられ、楽しむことができる制度に変えたのです。
--どうして一般の生活者の方にそこまで受け入れられたとお考えですか?
食に対する価値観の変化だと思います。今の一般の生活者の方には「食を楽しむ」という価値観があります。とはいってもその価値観は、昭和30年代ではあり得えませんでした。数年前ぐらいからだと思いますが、日本でも、一般の人が「食を楽しむ」という社会の変化、価値観の変化があったからだと思います。
--「食を楽しむ」とは、どういうことでしょうか?
時々、協会内部で実験をします。リンゴを2つ置いて、「右のリンゴは埼玉の何とかさんが、こういう有機堆肥を使って育てました。左のリンゴはそこのスーパーで買ってきました。どちらがおいしいですか?」と尋ねます。実際には同じリンゴなのですが、9割ぐらいの人は「こっちがおいしい」と言って有機堆肥で育ったリンゴを指します。いろいろな情報を耳に入れることで、おいしさを3倍くらいに感じたりする訳です。これは日本だけの話ではありません。現代人は、舌で食べているということに加えて、頭や心で食べています。例えば日常生活の中で、スーパーでトマトが10種類並んでいるとします。甘いのも酸っぱいのも硬いのも柔らかいのも、いろいろあります。その日の気分によって食べ手のニーズがある上で、自分がそれぞれのトマトの特徴を知った上で「今日はこのトマトを買おう」という様に、食材をひとつ選ぶことができれば、その人の食生活/食文化は、やはり奥行きが深まると思います。何気なくトマトをトマトとして買っている人には、味わえない楽しみとなります。
--「野菜ソムリエ」が間もなく2万人を突破します。この数字はどのように捉えていらっしゃいますか?
野菜ソムリエの存在が特別ではない時代が来ることを願っています。そして、今我々が持っている食文化を次世代に継承しなければならないと思っています。例えばおばあちゃんとお母さんと娘さんが一家にいるのが普通という時代には、家庭内での食文化の伝承がありましたが、今は失われています。ですから、身近なところで野菜の面白さや楽しさ、食の興味を伝えられる人の存在は、次の世代に食文化を継承するために大きな意味があると思います。そういう意味では、1億2,000万人分の2万人ではまだまだ足りないと考えています。ただ、野菜の知識が増えることが楽しい人は楽しいのですが、逆にタダでもそんな知識はいらないという人も絶対います。それは、ライフスタイルの違いです。例えば、野菜ソムリエが自分のライフスタイルに合っていると感じる人が1億2,000万人のうちの2,000万人いるとします。でも2,000万人全員がこの検定を受けるわけではありません。コストが高いとか、日程が合わないとか、いろいろな理由で受けない2,000万人の方々に対して、その受けない理由となっている要因をひとつひとつ取り除いていくことで、ひとりでも多くの方に興味をもっていただければうれしいと思います。ですから、当協会は広告もプロモーションも特に行っていません。
--海外への進出も始まっていますね。
今年の秋に、バンコクにお住まいの日本人の方を中心にセミナーを行いました。非常に好評で、次は韓国で韓国の方を対象に韓国語で講座を行う予定です。もちろん野菜、果物について学ぶ講座がありますが、やはり日本とは違いますし、食文化も違いますので、当然現地なりのアジャストが必要だと考えています。