音楽とファッションが同居するエリアに本屋を出したかった
渋谷は最先端のものがそろっている場所でいてほしい
ビジネス誌「プレジデント」の編集者を経て独立。書籍・雑誌の編集や執筆、プロデュースなどを幅広く行っている。現在は、スポーツマネジメントの総合誌「Sport Management Review」(データスタジアム刊)の編集人も兼務。過去に関わった作品に、「KOSHIRO MATSUMOTO」(プレジデント社刊・十文字美信撮影)、「勝利のチームメイク」(日本経済新聞社刊・岡田武史、平尾誠二、古田敦也との共著)、「SWITCH ON BUSINESS」(スイッチ・パブリッシング刊・編集人)、「男前経営論」(東洋経済新報社刊)などがある。
--オープン後、お客さんの動きは大体イメージした通りでしたか?
想像した通りのものと予想外のものがありました。予想外の部分を話すと、土日のお客さんがすごく多いんですね。メディアに採り上げていただいた影響も大きいと思います。こういう見せ方自体が珍しいですからね。古本と新刊とがごっちゃに並んでいるというのは。雑誌でSPBSのことを知って、遠方から来る方もいるだろうなとは思っていたけれど、ここまで多いというのはちょっと驚きでした。あとは、意外に場所貸しが多いこと。ファッション誌やテレビ番組の撮影スタッフがSPBSを撮影場所として借りられることが多いんです。一方予想通りだったのは、周辺にはクリエエイティヴ系のお仕事をされている方たちがいらっしゃるので、割とそういう人たちが利用する場所になるだろうな、ということ。夜になると、そうした方たちが本をまとめ買いしたりして、よく見ると、大体同じ顔ぶれだなと…。23時台とか、この辺で仕事をしているクリエイターの人たちが電車で帰る前に見ていくようです。
--何かいろんなことをイメージさせる空間なのかもしれませんね。
一見するとすごくスノッブで、拒絶されそうな空間でもあるのですが、よく見ると、何でも包含できる空間でもあるんです。ギャラリーにしても違和感がないし、セレクトショップとして、本以外のものを扱っても違和感がないでしょうし…。そう、さきほど撮影場所に使われることが多いと話しましたが、ウチをプロモーション用のアンテナショップとして利用されるケースもあります。SPBSの強みというのは、店頭、ウェブ、オリジナル刊行物という3つのメディアを持っていることなんです。これら3つをクロスメディアとしてとらえたときに、プロモーションもそうですが、それ以外にもいろんなことができるんですよ。今後お店では「SPBSラボ」という人と情報と知性が行き交うサロン的なイベントも計画しています。SPBSのお客さまと、文化人やマスコミ関係の方が、このお店で知の交流をするのです。「SPBSでは毎週何かやっている」ということ自体が、SPBS=情報発信する本屋というイメージを伝えることにもつながるし、何より今回のラボを、SPBS会員獲得のツールにもしたいのです。もちろんこのラボで話されること自体、おそらく中身が濃いですから、話し合われた内容をコピーして、ホッチキスで綴じて、その場で売っても面白いですよね。
--渋谷の街との付き合いはいつから?
僕は早稲田大学に通っていたので、学生時代は新宿もよく利用しましたが、元代々木町に引っ越してから渋谷という街がより身近になりましたね。渋谷まではほとんど歩いていました。裏から行っている感じが何かいいなと…。芝居を観るとか買い物をするとか、目的が明確な時は特に渋谷に来る感じでした。渋谷ってエリアで全然表情が違うじゃないですか、このエリアになるとダウンタウンっぽいし、公園通り沿いになると「ハレの舞台」というか…。ちょっと脇に行ったところにセレクトショップの若いお兄ちゃんがいたり、宮下公園から向こうに行くと空気が変わったり…。エリアによって全然違うんですよね。なんか文化的な香りはするのですが、非常にイメージを絞りづらい街かなと。多面的なんですけれどね。多面的で、懐が深い。懐が深いので、遊ぼうと思えばこの街で自己完結できます。その辺りがニューヨークとは違う。ニューヨークでいうタイムズスクエアみたいなところとダウンタウンみたいなところが全部ごっちゃになっているじゃないですか。そういう考え方をすれば、ここだけで全部完結できちゃう。そんな便利な街は他にないですよね。
--それが渋谷の街の魅力?
そうですね。僕自身SPBSで働くようになってから、余程の理由がない限りほかの街に出なくなりました。ほとんどここで事足りてしまうから。これが新宿だったらそうじゃないと思うんですね。池袋や新宿など、東京には大きな街はいっぱいあるのですが、実は渋谷は、一番懐が深いような感じがします。以前の渋谷であれば、新宿と池袋とは違う「若さ」がありましたが、これから少子化を迎えるにあたって渋谷=若いというイメージもだんだん消えていくと思うので、渋谷はとにかく最先端のものがそろっている場所にしてほしいな。今、先端の場所が渋谷の周囲にどんどんずれてきているので、そういう場所であり続けてほしいんです。そういう場所であり続けること自体が渋谷のブランドでしょう。最先端の本屋は渋谷にあるし、最先端の映画館は渋谷にあるし…要するに、多くの人が集まる“マス”な場所なんだけれど、とんがっている。そういう場所であり続けてほしい。逆にそれが無くなっていくと、ほんとに街全体が普通になっちゃう可能性がありますね。いったんそういうイメージが付くと、逆に先端の人たちが逃げちゃう。
--そのほかに渋谷の魅力を挙げると?
渋谷は何をやっても違和感がないというのも魅力ですね。例えば、うちのようなビジネスを池袋でやっていたりすると、なんか違和感がある(笑)。それも渋谷の懐の深さ。懐が深いといえば、多国籍ということもそうでしょう。渋谷は欧米人の居住率が高いようで、実際に欧米の方や、香港や韓国の方たちも、この店によく来られます。渋谷という街のブランド力はわかりませんが、知名度だけなら群を抜いている。原宿から表参道にかけたエリアや、原宿から千駄ヶ谷にかけたエリア、恵比寿から代官山にかけたエリアにいるようなクリエイターたちがドンドン渋谷に事務所を構えるようになれば、ネームバリューだけでなく、ブランド力もありますよと言えるようになると思いますが…。
--この辺りはどんなエリアになってほしいですか?
東急本店通りが活性化してくれればうれしですね。SPBSがまずはクリエイターたちの定点観測地になって、お客さんとクリエイターが行き交う場所になって、イベントなどを通じて情報も行き交う場所になっていく。そういうイメージを発信し続けることによって、周囲に同じ臭いのする新しい店ができたり、出版関係者やグラフィックデザイナーが移り住んできたりする。するといつのまにか、神山町=文化の生まれる街、という風になって、どんどんクリエイターが集まってくるようになると思うのです。このあたりのことを「裏渋谷」という人もいますけれど、逆に「裏」が活性化すると「表」もいい影響を受けるんじゃないでしょうか。渋谷って今のところ「裏」というエリアがないんですね。このあたりが本当の「裏渋谷」になりたいなというのはありますね。この通りのポテンシャルは僕自身、感じています。店が軒を連ねるようになれば、一挙に代々木上原と導線ができちゃう。となれば一気に代々木上原も活性化するかなという気もします。面白いのが、知人や仕事関係の人に「(店は)神山町にあるんですよ」と伝えると、「あ、神山町ってあの店があるところだよね」と反応されることが多いんです。ところが、それぞれの挙げるお店の名前は、みな異なるんですね。行きつけの店、知っている店の名前が一店に集中しないというのが、このエリアの面白いところですね。人ぞれぞれの印象がある。
--今後、渋谷はどのような街になってほしいですか?
個人的には、とにかくソフトの生まれる街であり続けてほしい。東京都内、どこも似たような高層ビルが建って、ハコだけ用意して「入ってください」というようなことが進むと、どの街も大差なくなっていく。その中で「渋谷の立ち位置はなんだ」と考えたとき、絶対「ソフト」だと思うんですよ。ハコも大事ですけれど、どうせ造るなら、絶対ソフトが入りたがるようなハコにしてほしい。そこが渋谷の生命線だという気がしています。むしろ、今まではそこで保ってきた街じゃないですか。最近は、いい意味で全国に展開していくような渋谷発のソフトパワーがちょっと弱ってきているかなとも思います。以前だったら「竹の子族」だったり、「バンドブーム」だったり、「渋カジ」だったり、「ビットバレー」だったり、渋谷発の「流行」があった。だからこそ、今後もソフトが生まれる街であり続けてほしい。もともと懐が深いので可能性は十分にあります。