渋谷は日本の縮図であり、すべてが存在する街
その空間に落語を入れると新しいものが生まれる
1954年富山県生まれ。1976年明治大学卒業後、劇団所属、および広告代理店勤務を経て、1983年立川談志門下に入門。1990年立川流真打ちに昇進する。2005年北日本新聞文化賞特別賞をはじめ、数多くの賞を受賞。現在は、全国のホールを中心に公演を行い、「今、最もチケットが取りにくい落語家」と言われるほどの人気を博す。更に、NHK総合「ためしてガッテン」、ラジオ文化放送「志の輔ラジオ 落語DEデート」、CM出演など各メディアで活躍するほか、2008年2月2日には志の輔師匠原作の新作落語「歓喜の歌」が映画化され全国ロードショー。
--志の輔師匠は上京後、すぐに渋谷に訪れたそうですね。
18歳で上京し、PARCO劇場で安部公房脚本の演劇『友達』を見ました。富山の片田舎で生まれ育ち、それまでに生で見たのは村田英雄とベンチャーズだけ。演劇自体の内容は覚えていないし、そもそも18歳には難し過ぎたけど、「東京では、毎晩、こんな演劇を何十か所でやっているのか。すごい所に来たなあ」と、心底、驚きましたよ。去年の1か月公演の枕で話したんですけど、実はこの時、「いつかこの舞台に立つことになるな」と、ふと思ったんです。もちろん、落語とは思っていませんでしたよ。夢とか願望ではなく、不思議な直感といいますか。今になって言っているわけではないですよ(笑)。この歳になっても渋谷は好きで、あっちこっち歩き回りますね。何か中心的な建物があって、そこから放射状に街が広がるのではなく、公園通りなどの表通りと、狭い路地との混在の程よさを、とくに気に入っていますね。
--落語家として言葉を扱われている師匠にとって、「渋谷語」に象徴される若者言葉は、どのように感じられますか。
それはもう大歓迎ですよ。本当に。「若者言葉は嫌でしょ」ってよく言われますが、そんなことはない。言葉は間違いなく変わるものですから。若者言葉は方言なんですよ。中学や高校、あるいは渋谷という村のね。「俺たちしか分からない言葉を作ろうぜ。分からないヤツは仲間じゃないからな」と言って新しい言葉を作るのは、方言の成り立ちと一緒でしょ。そもそも方言は、よそから敵が入った時に分かるように作られた歴史があるんだから。それなのに学者たちが「若者の言葉が乱れている」なんて話すのを聞くと、何を言っていやがるんだ、と思いますね。そもそも、どれだけ時代考証をしたって、昔の言葉を正確に再現できるわけがない。大河ドラマで使われている言葉が、本当に昔の人間が使っていた言葉じゃないでしょう(笑)。だから、いいんですよ、変わっていけば。それでも、息子と話していると、時々、違和感があるのは事実ですね。感動した時も腹が立った時も何かを褒めるのも、「やばい」の一言ですから。朝から晩まで「やべえ、やべえ」って、お前は「やばい村」の住人かと(笑)。もともと「やばい」は昔の博打打ちの隠語だったのが、そうやって変化しているんですけどね。
--上京した頃と比べ、渋谷はどのように変わりましたか。
何にも変わってないですよ。渋谷に来ると、世の中はただ繰り返しているだけだなぁと、つくづく思います。僕が18歳の頃から、若者は「人と同じことをするのはダサい」と頑張っていて、その横を大人がネクタイを締めて出勤したり、お母さんがデパートに入ったりしていた。その光景は今でも変わらないでしょ。膝の擦り切れたジーンズか、それともへそ出しがカッコいいのか。ファッションはどうせ足すか引くかしかないわけだから、その繰り返しによって表面的には変化しているように見えるけど、その実、本質は何も変わっちゃいない。渋谷が変わらないのは、この街が日本の縮図だからですよ。日本中をギュッと縮めたら渋谷になる。何でもあるんですよね、渋谷には。僕も、遊んだり、買い物したり、食事したり、酒を飲んだり、何でもしますよ。そのように「すべてがある」ということが、街としての渋谷の役割だと思いますね。だけど、若者も主婦もおじいちゃんも、誰でも受け入れる一方で、一つのモノだけに染まることは許さない。「渋谷を若者文化の発祥の地にしよう」と頑張ってみても、それだけになることを街が許さないから、結局、その拠点は周辺の原宿に移る。それと同じことで、演劇の拠点は下北沢になっている。そうやって別の場所に移るにしても、みんな渋谷を離れたくないから、周辺に特徴的な街ができあがって、その中心には渋谷がある。そんなイメージでしょうかね。
--渋谷に足りないものは何でしょうか。
個人的なお願いとしては、150人から200人程度の小劇場があるといい。小劇場のジヤン・ジヤンがなくなると聞いた時には、何とか存続させられないかと考えたものです。劇場は大きければ良いわけではなく、100人の小屋でやれば、その規模に合う良いものが生まれるんですよ。それと同じことを500人の舞台でやっても、やはり違うんです。500人の劇場には、500人に合うものがある。ジヤン・ジヤンのような空間が渋谷に再びできれば、いろいろと面白いものが生まれると思いますよ。ただ、小屋って儲からないんですよね。渋谷は地代が高いし。国がやってもいいんですよ。あんなに防衛費を使うのだったら(笑)。でも、その役割を下北沢が担っているというのはありますね。だから、僕は下北沢と渋谷はセットと考えているんです。
--今後、渋谷がどう変わってほしいかをお聞かせください。
正直言って、変わってほしくないですね。ただ、渋谷は、一個や二個、大きなものができたからといって、何が変わるという街でもない。日本の縮図ですから。「今、渋谷が熱い!」という言葉を聞いたことがないでしょ。渋谷はいつも熱いから、そうやって言うと、まるで「日本全体が熱い!」というような変なことになるんですよ。だから、渋谷が大きく変わるとしたら、それは日本全体が変わった時でしょうね。日本が大統領制になっているとかね(笑)。だから、そんなに心配はしていない。むしろ、渋谷という街の空気が許す範疇で変化するのは大歓迎なので。そもそも、そうやって変化を拒まない街だからこそ、渋谷のど真ん中で落語をやることができた。そして、この空間から新しいものが生み出される。渋谷にはニュースになるような大きなクリスマスツリーが設置されたりしないでしょ。そんなことをする必要がない街なんですよ。これからもドーンと構えていてほしいですね。
1996年から続く「志の輔らくご in PARCO」。1か月連続公演は、2008年で3回目を迎える。会場はPARCO劇場。入場料は5,500円(全席指定、前売券は売り切れ)。当日券の案内と公演の詳細などは特設サイトで
公演日: 2008年1月3日(木)〜27日(日) ※1/9,10,16,17,23,24は休演
会場:PARCO劇場
>>特設サイトはこちら
ある地方の文化会館の主任がうっかりミスで、大晦日に2つのママさんコーラスグループのコンサートの予定を入れてしまう。どちらもコンサートを開くといって譲らない。主任が困り果てるうち、ついに大みそかの幕が上がる──。志の輔師匠の同名新作落語を映画化したハートウォーミングな音楽喜劇。2月2日より、渋谷アミューズCQN、新宿ガーデンシネマなどで公開予定。
監督:松岡錠司 出演:小林薫、伊藤淳史、由紀さおり、浅田美代子、安田成美