文化的な懐の深い渋谷でカルチャーを発信するとともに 渋谷の「書店全体」を盛り上げることにも力を入れたい
塚本忍さん 1974年、東京都文京区生まれ。書店で3年ほどのアルバイトを経験後、1998年、阪急リテールコミュニケーションズ(現在の阪急リテールズ)に入社。ブックファースト渋谷店の開店メンバーに参加。B1フロア、および仕入れの担当を経て、2003年に仕入企画グループの立ち上げに参加し、ブックファーストチェーンMDの拡売に尽力する。そして2006年3月に渋谷店副店長に就任。
渋谷駅周辺では唯一の大型書店である「ブックファースト渋谷店」が2007年10月中旬に閉店し、道玄坂下交差点近くの「渋谷文化村通り店」として再出発することになりました。渋谷という土地柄にあって、これまで渋谷店はどのようなコンセプトで運営され、それは渋谷文化村通り店に、どのように引き継がれるのでしょうか。渋谷店副店長の塚本忍さんにお話を伺いました。
--閉店のニュースに対し、どのような反応が寄せられていますか。
一般のお客様、そして出版社やメディアの関係者からも、「本当になくなっちゃうの?」と、惜しんで下さる声が寄せられています。もともと大阪を拠点としていたブックファーストが9年前に渋谷店を開店した当初は、東京での土台が全くないところからのスタートで、一般のお客様や出版社からの認知度も低く、決して評判が高いとは言えませんでした。当初は今ほど品揃えも充実していませんでしたしね。そんな状況下で、ブックファーストらしさ、そして渋谷らしさを追求する棚づくりを目指し、さらにメディアへの情報発信にも力を注いだことなどによって、9年間を通じて多大な信頼を得られたと、今、改めて感じています。
--「渋谷らしさ」とは、具体的には、どのような品揃えなのでしょうか。
他の街に比べ、渋谷には文化的な「こだわり」を持つ人が多い。しかも、こだわりの対象がとても幅広く、なおかつディープです。おそらく文化を受け入れる懐が広いのでしょう。一例を挙げれば、他の街では敬遠されかねない、いわゆる「エログロ」だって、渋谷ではカルチャーとして受け入れられている。そのように文化の多様性があるからこそ、我々が演出できたことが多々あります。その一つが、渋谷店の最大の特徴と言える「TOKYOマガジンセンター」です。メジャーからインディーズまで5000アイテム近くの雑誌を取り扱い、とりわけカルチャー系の雑誌を充実させることで、渋谷の土地柄とのマッチングを図りました。他店で同じコーナーを設けたとしても、きっと現在ほどの人気は集められなかったと思います。
--そのほか、渋谷店の品揃えには、どのような特徴がありますか。
今では死語になりつつありますが、渋谷店が開店した頃は、鈴木清剛さんや阿部和重さんなどの若手作家の作品が「J文学」と呼ばれ、新たな潮流が生まれていました。カルチャーとしては、渋谷系の音楽などと同じ流れになるのでしょう。渋谷店では、そうした新しい文学と、いわば王道の文学とをミックスした棚を目指しました。さらに、海外の作家を充実させた点も特徴でしょうか。渋谷に集まる若者は「本を読まない」というイメージで語られることが少なくありませんが、そんなことはありませんよ。文芸書の売れ行きは、決して悪くありません。考えてみれば、渋谷は文化的な土壌が肥えていますから、文学好きが少なくないとしても不思議ではありません。
--他店と比べ、渋谷店で売れ行きの良いジャンルは何でしょうか。
ビジネス書のなかでは、IT系やファッション、マーケティングなどの売れ行きが良いのは、渋谷の地域性を表していると思います。とりわけ、アパレル関係には勉強熱心な方々が多いようで、販売や接客の本はよく売れますね。そのほか、渋谷を題材とした書籍が売れるケースも多く、たとえば、佐野眞一さんのノンフィクション「東電OL殺人事件」は、事件現場の円山町に近いことが大きかったのでしょう、全国の書店で一番の売れ行きでした。渋谷を舞台にした純文学作品も、結構、売れますよ。それから、個人的には「書店業界屈指のサッカー狂」という自負があって、ブックファーストチェーンのなかでも、渋谷店をサッカー関連の書籍が最も売れる店舗にするために尽力しました(笑)。