クリエイティビティのあふれる渋谷を拠点に クリエイティブの「流通」を活性化させていきたい
1971年アメリカ・サンディエゴ生まれ。慶応大学総合政策学部卒業後、FM局「InterFM」の立ち上げなどに参画。2000年2月にクリエイターコミュニティ「ロフトワーク.com」を開設すると同時に、株式会社ロフトワークを設立。2004年から同社の代表取締役を務める。
--会社設立の経緯をお話ください。
僕がデザイナー、もう一人の創業者である林千晶が経済系の記者として共にニューヨークに住んでいた1999年、最初のITの波が到来しました。AmazonやeBayがドーンと大きくなった時期ですね。その頃に何が起こったのか。eBayを例にとると、それまでは掲示板などで売買されていた個人の所有物の売ります・買いますという流通をネット化したことで、個人にも社会にもハッピーなインフラが出来上がった。そこで考えたんですよ。その頃、企業がクリエイターを探す時には人づてが一般的で、「広報部の○○さんの妻の弟がデザイナーだというから声をかけてみよう」なんて、回りくどいやり方だったんですね。つまり、クリエイティビティは極めて限定的にしか流通していなかったのです。そこでネットを介し、よりスムーズに流通させれば、企業にもクリエイターにもハッピーな仕組みが出来上がるのではないかと。そんな構想を練って帰国し、2000年2月にロフトワークを立ち上げました。最初のオフィスは家賃11万円ほどの小さなアパートでした。
--設立後はどこから手を付けたのでしょうか。
まずはデータベースの構築が必要と思い、最初はクリエイターの集まるコミュニティの形成に励みました。それが500人から1000人くらいに膨らんだ頃、徐々に仕事の依頼が増え始め、現在までつながっています。当社の案件にもクリエイターが自宅で仕事を進めるケースは多いですが、これからも、そういうスタイルは社会的に増えるでしょう。ちょっと極端なケースですが、3年以上も付き合いがあるのに、一度も顔を合わせたことのない広島県在住のクリエイターもいますよ。
--自宅を拠点とするクリエイターにとっては、どのような環境が理想的でしょうか。
僕がニューヨークで住んでいたブルックリンのDUMBOというエリアは、ディベロッパーがクリエイターの力を使って人為的に「SOHO」(※)をつくることを目指し、再開発した街でした。だだっ広くて仕事場に適したロフトをクリエイターに安く貸し出していたのですね。すると、クリエイターがどんどんと集まってきてコミュニティが生まれ、夜な夜な集まってパーティを開いたり、ファッションショーなどのイベントが開かれるようになった。それで「このエリアは面白い」という口コミが広まって、さらに人が集まり、洋服のショップなどもでき始めました。そうやって人気が高まって地価が上がり始めると高級マンションが建つようになり、若いクリエイターは住めなくなる。でも、その頃にはクリエイターが集まる場所は別にできているから、本人たちも固執せずに「まぁ、いいか」と、気軽に出ていくんですよ。最初からディベロッパーの計画通りに進められているとはいえ、しばらくの間、仕事場を安く借りられるクリエイティブなエリアが存在することは、クリエイターにとっても悪い話じゃない。そういうエリアが東京にもあると良いなと思いましたね。
※SOHO…NYのダウンタウンに位置するファッションとアートの中心地。
--渋谷の街で自由に空間を使えるとしたら、どんな仕事をしたいでしょうか。
都会の中に何もない広いスペースが取れたら──これは魅力的なことですよね。そんな場所を自由に使えるのなら、イラストレーターの作品を集めたイベントでも開いてみたいかな。最近、携帯電話のコンテンツを作る仕事が多いのですが、そのメインになるのはイラストやキャラクターなんですね。だから、以前はクリエイターといえばデザイナーを指すことが多かったけど、今は若いイラストレーターが急増している。イラストは作品自体に力があるし、キャラクター自体の面白さもあるから、一堂に集めたら面白いと思うんですよね。
--今後の会社のビジョンを教えてください。
今後は、Web上でのクリエイター同士の協同作業がより重要になってくるでしょうね。先日、アイコモンズ(※)がクロアチアで開いたサミットに、当社の林が、セカンドライフやウィキペディアの代表者とともに呼ばれてスピーチをしました。当社がその2 社と肩を並べるのは、ちょっと恐れ多いのですけど(笑)。セカンドライフとウィキペディアは、いずれもネットの世界に協同作業を持ち込んだ会社です。同様に、ロフトワークも「SNSをベースにしたクリエイティブチーム」が協同作業という観点から面白いということで、そのサミットに呼ばれました。その流れを推し進めるために、近い将来、クリエイターがウェブ上で協同作業をするコラボレーションのグループ機能を構築する予定です。既に当社の社員には、大規模プロジェクトを管理するためのマネジメント手法であるピンボック(Project Management Body of Knowledge)の教育を徹底していますから、そのマネジメントのもと、クリエイターのコラボレーションによって、ますますいろいろな制作をできるようになると考えています。
※アイコモンズ…知識やソフトウエア、文化などの共通ルールを探る非営利団体
--子どもとクリエイターをコラボレーションさせるプロジェクトも好評のようですね。
それから本業とは少し違いますが、今、「クリエイティブ・チルドレン・プロジェクト」というイベントを不定期に開催しています。これは、子どもとクリエイターがワークショップで作品づくりをする作業を通じ、一緒に子どもが持つクリエイティビティと、プロのクリエイターが重なると何が起こるかを探る実験的なプロジェクト。クリエイターにはボランティアでお願いしていますが、子どもだけでなく、クリエイターも「すごく楽しかった」「今後、子どもを教える方向に進みたいと思った」などと、とても満足しているケースが多い。こういう取り組みは、すぐに大きな何かが生まれるということはありませんが、続けることが大事だと思っています。