カオス的な空間から生み出される渋谷のカルチャーを世界とクロスさせたい
1958年大分県生まれ。1982年にイラストレーターとしてデビュー。1984年にはグラフィックデザインを手がけSTUDIO SUPERを設立し、新潮社や文藝春秋、婦人画報などの装丁やデザインに携わるように。その後は、イラストレーター「sato richman」として、さらにデザイナーやWeb制作者として、マルチなフィールドで活躍。現在、グラフィックデザインやアートディレクションを中心とするsuper studio,inc、デジタル素材制作を行うsuper material,inc、Webサイトの制作や運営をカバーするsuper web,incの代表を務める。現在、進行中のWORLD X SHIBUYAでは、アートディレクションを担当。
--現在の渋谷の課題は何でしょうか。
今の渋谷はセンター街を抜きにしては語れない。そのセンター街を若い子が心地よく感じる街にできるか、ということはとても重要な課題でしょう。今渋谷で遊ぶ彼らは、センター街に対しては、やや危険を感じていると思います。もちろん、その危険がスリルとして心地よさになっている側面もあるのでしょうが。ビルの窓が割れた状態を放置すると、やがてはビル全体が荒廃するという「破れ窓理論」という考え方がありますよね。今のセンター街は、あちこちで窓が割れている状態でしょう。一時期ですが、センター街を浄化した時期がありましたが、今は元に戻ってきてしまっている。街が汚れていれば、皆、遠慮なくタバコを吸うし、どんどん連鎖が激しくなって荒れ放題になる。もし毎日定時に清掃するなどしてセンター街をきれいにできたら、渋谷全体のイメージがガラリと変わるのは間違いないでしょう。かつてはセンター街よりも円山町のほうが荒れていましたが、今はライブハウスや映画館が増えて文化っぽい雰囲気が漂い、ずいぶんとクリーンなイメージになった。センター街だって、変われないことはないでしょう。
--そのほかに課題に感じていることはありますか。
交通面でしょうね。とくに車で訪れる人にとっては、混んでいるわ、一方通行や右折禁止などの規制が多いわで、とにかく居心地が悪い。マーケティング的なことを言うと、「車で行くのはきつい」というレッテルを貼られ、クルマで動く人が渋谷に来なくなるのは大きな損失ですよ。電車で動く若者ばかりをターゲットにすれば、客単価の低い商圏とならざるを得ませんから。地方都市では駅からクルマで10分から20分ほどの場所に巨大なショッピングセンターができて、駅前がゴーストタウン化しているケースがよくありますよね。規模が違うとはいえ、渋谷や新宿でも、そういう危険はあると思いますよ。渋谷の中心部に大人を集客するための大きな駐車場を確保するのが危急の課題ではないでしょうか。
--今の渋谷に何をプラスすれば、もっと面白い街になると思いますか。
唐突と思われるかもしれませんが、現代美術を集めた上質な美術館が欲しいですね。現代美術はトレンドの原点となってファッションや流通やビジネスや経済全体に派生するエネルギーになるんですよ。例えば、パンクは新表現主義から生まれましたし、コンセプチュアルアートは現代の思想やアイデンティティの形成や広告表現などに大きな影響をもたらしている。つまり、現代美術は、トレンドの発信地である渋谷にはぴったりといえるでしょう。
--現在、進めている「WORLD X SHIBUYA」について説明していただけますか。
その前にXSHIBUYA(クロスシブヤ)の説明を少し──。ネットスケープ1.0が出た1991年頃、仲間と一緒にウェブ上にバーチャル渋谷を作ったことがありました。その時に渋谷という街は、IT用語で「層」を意味する「レイヤー」を複雑に持つ街だと感じました。音楽や映画、演劇、ファッション、グルメなどの各レイヤーが互いに刺激し合って新しいカルチャーが生まれていると考えたんですね。そのプロジェクト自体は頓挫しましたが、渋谷がレイヤーで構成されているという考え方はずっと持っていました。それから15年ほど経った頃、クリエイターとITベンチャーの相乗効果を推進するための協議会に呼ばれた時に、その概念が自分の中でよみがえって、レイヤーがクロスし合う街をイメージしました。それでクリエイターに向けたサービスをスタートするときに、「XSHIBUYA(クロスシブヤ)」というネーミングを提案したんです。
--「WORLD X SHIBUYA」は、その世界版ということでしょうか。
「WORLD X SHIBUYA」は、「XSHIBUYA」に参加してくれているシステムエンジニアの加畑さんが発案してくれた渋谷のクリエイターを世界に発信するプロジェクトです。インターネットのおかげで世界のフィールドが近づいたとはいえ、物理的、心情的にはまだまだ遠い部分もある。そこをグッと引き寄せるために、ロサンゼルスを皮切りに将来的にはパリやミラノなど世界各地で展示会を開催し、渋谷を世界にデビューさせるのが狙い。和風の陶器の制作者や、帽子の作家、カメラマンなど、さまざまなジャンルのアーティストに出展してもらい、あえて統一感を出さないのは、渋谷ではカルチャーがカオス的な空間から生み出されていることを伝えたいから。渋谷の認知度を世界的に高め、渋谷と世界をクロスさせられるような展開を目指します。そして、いつか渋谷で展示会を開催する際には、海外からたくさんのアーティストに来てもらって交流を深められるといいですね。
第1弾のエキシビションは6月26日から7月29日までの約1カ月間、米国ロサンゼルス近郊のサンタモニカにある「James Gray Gallery」で、「WORLD X SHIBUYA presenting chaotic local culture of SHIBUYA,TOKYO around the world!」と題して開催中。渋谷に関係するアーティストやクリエイター14人の作品を展示・販売している。SECOND LIFE(※)でも現地ギャラリーと同じサイズの建物を作り展示を行っている。
※SECOND LIFEとは…アメリカのリンデンラボ社がウェブ上に運営するバーチャル世界。ユーザーの手によって街や建物が作られ、仮想通貨を用いたモノの売買なども可能。仮想通貨は現実の通貨に換金することもできる。世界中に利用者が急増中で、企業によるイベント開催や広告配信なども相次いでいる。