圧倒的な文化的キャパシティを誇る渋谷で映画を進化させ続けていきたい
李鳳宇(リ・ボンウ)さん 1960年京都府生まれ。朝鮮大学外国語学部卒業後、パリに遊学。89年にシネカノンを設立。現在の直営映画館は、渋谷シネ・ラ・セット、渋谷シネ・アミューズEAST&WEST、アミューズCQNシアター1・2・3、シネカノン有楽町、シネカノン神戸1・2など。映画プロデューサーとしても、初プロデュース作品「月はどっちに出ている」をはじめ、「ビリケン」「のど自慢」「ビック!ショー・ハワイに唄えば」「パッチギ!」「フラガール」「魂萌え!」など数多くの作品の製作を手がける。次作の「パッチギ!LOVE&PEACE」はアミューズCQN、シネカノン有楽町などで5月19日から公開予定。今年4月17日には、映画文化の発展に功績のあった人物などを顕彰する「第16回淀川長治賞」を受賞した。
--渋谷は、日本一、映画館が多い街といわれています。既に飽和状態とお考えでしょうか。
映画館の数は、飽和状態とは思いません。が、作品数は、飽和に近づいているかもしれない。日本は、おそらく世界一、公開される映画の数が多い国です。なかでも最も集中しているのが渋谷でしょう。昨年、国内では邦画だけでも414本が公開され、映倫マークの付かない作品を加えると700本を超えました。映倫マークの付かない300本近くの作品の多くはデジタルビデオで撮られた作品で、そのジャンルはショートストーリーやホラー、演劇を映画化したようなものまでさまざま。そのうちの半数ほどが渋谷で公開されているんです。つまり渋谷はデジタルムービーの発信地でもあるのですね。しかし、本数が多ければ良いわけではなく、これからは「見せ方」を考えていかなければいけない。「新しいものができたから観てください」では、ダメだと思っています。
--映画プロデューサーとしては、映画のマーケティングはどのようにお考えでしょうか。
他の業界でも同じだと思いますが、映画にはマーケティング、マネジメント、そしてクリエイティブという三つの要素があります。映画の場合、クリエイティブを最優先すべきというのが僕の考え。マーケティングやマネジメントを優先したら、クリエイティブは死んでしまいますから。まず作りたいものがあって、それをどう見せるかを考えるうちに、おのずと後の二つの要素も決まると考えています。たとえば、我々は作家とのパートナーシップを大事にして映画を作っているため、いつも監督が同じなんですね。井筒和幸監督や阪本順治監督、松岡錠司監督、是枝裕和監督ですとか。井筒監督なら、井筒監督はどういう作品を作るべきか、どういう客に観てもらいたいかを、まずは一緒に考えるんです。このテーマがヒットしそうだから作りましょう、といった考え方ではありません。それがクリエイティブを優先するという意味です。大手とは異なるでしょうが、我々はそういう手法で映画を作っています。
--監督の可能性を引き出すことに重点を置かれているのですね。
そういうことですね。シネカノンという会社は一つの撮影所と考えています。そこで共感できる監督とともに可能性を探っているのです。井筒監督は「のど自慢」からスタートし、「ゲロッパ!」を作った後、「パッチギ!」という素晴らしい作品を生み出しました。そのように、ともに作品を撮り続けるうちに、その精度が上がっていくのを見るのは嬉しいものです。また、特定の監督と長い付き合いをしていると、その助監督が監督としてデビューするなど、スタッフが育っていくのも目の当たりにします。
--大ヒットした「パッチギ!」では、どのような反響がありましたか。
これまでに150本以上の映画の製作に関わりましたが、最も反響の大きかった映画でした。2004年1月に公開を開始し、終了したのは同年の12月でした。通常のメジャーな映画は4週間から6週間で公開を終了することを考えると、いかに異例か分かっていただけるでしょう。公開終了後にも学校やホールでの上映が相次ぎ、井筒監督は講演で全国を飛び回るなど、半年ほどは反響が収まりませんでした。井筒監督だけでなく、僕宛にもたくさんの手紙をいただき、「青春のきらめきに大変共感できた」「人間の間に存在する川を渡ろうとする姿に共鳴した」といった声が寄せられたのには、とても勇気付けられましたね。それで、冷静に判断したとき、皆が「このままで終わってはいけない」という気持ちになって、続編の「パッチギ!LOVE&PEACE」の製作を決めたのです。
--「パッチギ!LOVE&PEACE」の見どころを教えていただけますか。
「パッチギ!」から何を継承し、どう発展させるか。それを考えたときに、作中に貫かれていたラブ&ピースの精神を受け継ごうという考えが最初にあって、すぐにタイトルは決まりました。でも、通常の続編とは違い、ストーリー的なつながりはありません。この作品は70年代を必死に生き抜いた家族の物語を、三世代にわたって描いています。人の命の大切さ、それを守り抜き、継承することの難しさを表現することに、特に力を注ぎました。きっと、前作から貫かれている精神を感じ取っていただけるでしょう。井筒監督ならではのエンターテインメントとしての笑いの要素も楽しみにしてください。それから、前作は60年代のフォークミュージックが話題になりましたが、次作はガラリと趣を変えて、ハイレベルなオーケストラに参加してもらい、クラシカルに演出しました。とことん「生音」にこだわったサウンドにも注目していただきたいですね。