外国人観光客が押し寄せる、創業92年老舗の吸引力。渋谷のインバウンドを、2024年のポスト五輪までつなげていきたい。
「和雑貨渋谷丸荒渡辺」店主。1961年、東京・渋谷生まれ。1984年に大学卒業後、家電メーカーに入社。14年間勤めた会社を退職後、1997年に「丸荒渡辺呉服店」の3代目を引き継ぎ、「和雑貨店」に業態転換を図る。サラリーマン時代からの海外出張経験などから外国人目線に立った店作りを進め、渋谷のインバウンドを牽引する外国人観光客に人気の高いお土産店の店主として、日々精力的に活動を続けている。
_屋外に外国人向けの「オリジナル自動販売機」がありますが、どういうきっかけで設置を始めたのですか?
店舗脇には飲み物の自動販売気のほか、オリジナルのお土産自動販売機(右)が並ぶ。
5年くらい前に設置を始めたのですが、それまで単純にジュースの自販機を並べていただけでした。井の頭通り沿いは、今でこそファッションや物販のお店が増えましたが、それ以前は、コンビニなど競合店が多くて、電力を食う割りに自販機の売上げはそう高くありませんでした。どうせ、売上げが上がらないなら、6台並ぶ自販機のうち2つを潰して、ジュースの代わりに雑貨やモノを売ったらどうかと。それ以前から、外国人観光客が自販機を珍しがって写真を撮っているのは知っていたので。確かに海外では駅や空港には自販機があるものの、治安の問題から外に設置することはありません。いわば、自販機は日本の文化みたいなものなんだろうと思い、じゃあ、もっと写真を撮ってもらえる面白い自販機を作ろうと思い立ったわけです。今、自販機では折り鶴のストラップやタイピンなど、雑貨・アクセサリーを中心に売っていますが、売り切れてもあまり補充をしていません。実は自販機に商品を入れれば入れた分だけよく売れるのだけど、隣のお店で売っているわけだから、そこで積極的に売る必要はありません。もし写真を撮っている外国人がいたら、「隣のお店には、もっと面白い商品が手に入るよ」と声をかけて、お店に来てもらうようにしています。なので、自販機は主に定休日に稼働させています。単価がだいたい1,200円くらいのモノが多いので、1晩でジュース100本分くらいの稼ぎになるかな。
_自販機のほか、「顔ハメのポストカード」も好評と聞きましたが…
「招き猫」の顔ハメポストカード
もともとは自販機の隣に等身大の「侍の顔ハメパネル」を置いていて、外国人たちに楽しく撮影してもらっていたのですが、落書きや悪戯が多くて止めました。そこでもっと簡易的に楽しめる「顔ハメ」はないかと思い、ポストカードサイズの「ポ−タブルな顔ハメ」を作ったのです。そもそもこのアイデアが生まれたのは、昔から海外を一人で旅をしているときに、「旅行中の自分の姿を写真に留めたい」という気持ちから。旅行に出かけるときは「自分の顔写真」も必ず持って行き、観光スポットで「顔写真」も一緒に入れて記念撮影していました。いわゆる、今で言う「自撮り」に近いものです(笑)。それをヒントにして、生まれたのが「顔ハメポストカード」です。現在、ポストカードの種類は私が描いた「招き猫」や「侍」「浴衣」など5種をそろえています。初めは来店した外国人観光客にフリーで配っていたのですが、ガバッと持っていってしまう人もいたので、今では申し訳程度に50円で販売。たくさんお土産を買ってくれた人におまけに付けたりもしています。
_店頭ラックに置いている「英語のガイドブック」も手作りされたのですか?
既存のツーリストガイドに記載されている渋谷の情報があまりにも薄いので、なんとかしたいなという思いから、英語解説もイラストもすべて自分一人で作っちゃえと。ただ、英語も苦し紛れで書いたので、結構間違えていると思う(笑)。素人ながら、それでも出そうと思ったのは、海外に行くとね、そういう愛嬌のある文章で書いているフリーペーパーのようなものが結構あって、とにかく恥でも何でもいいから出そうと思いました。ここで紹介しているのは、日本の文化のガイドラインが見える戸栗美術館、Bunkamuraザ・ミュージアム、太田美術館、山種美術館の4カ所。さらに明治神宮、金王八幡宮に加え、渋谷と原宿の間にある長泉寺の3カ所を紹介しています。私も海外へ行くと教会に行きますが、日本の中で教会にあたるのが神社だと思うので、限られた時間の中で巡れるスポットを厳選しました。特に明治通り沿いにある長泉寺は、古い神社と原宿の新しい建物、東京五輪のレガシーである代々木体育館、さらに山手線の新型車両が走り抜けるタイミングを合わせれば、新旧様々な要素を一緒に撮影できるスポットとしておすすめです。お店でよく道を聞かれたり、おすすめのスポットを聞かれたりすることも多いので、ガイドブックを店頭のラックに置いたり、買い物をした外国人たちに手渡しています。
_渡辺さんは、すごいアイデアマンですね。
電気メーカー時代にマーケティングなどで培った経験が活かされていると思う。自分が好きだけではダメ、しっかりとお客さんを見ることが大事です。だから年に2回は、ヨーロッパに行って現地リサーチしています。パリに日本人が経営する和風ファッションのお店があって、オーナーさんととても仲良くさせてもらっていて、互いに情報交換しています。そこで勉強になるのは、いま何がキャッチーなのかを知ることができること。外国人に人気があるもの、注目されているものなどを情報だけ逆輸入して、実際にお店で扱ってみるなど、いろいろ試行錯誤を続けています。
すべて欣嗣さん一人で制作した「渋谷のツーリストブック」
_東京オリンピックに向けて、特別に考えていることはありますか?
うちはそれが日常なので。さばききれなくなったら、人を増やそうかなくらい。五輪でどうしようという人は、今まで何も考えていない人だと思う。うちはそれが日常なので、特別に五輪に向けて考えていることはないです。今までと全く変わらない。扇子など、質の高い伝統的な商品を作っているメーカーでさえ、これから海外の人が増えるからと「富士山と舞妓さん、五重塔が一緒に描かれている商品はどうですか? 海外の人が喜びますよ」と営業してきます。でも、そういう勘違いをしているものは、うちでは取り扱わない。2020年以降、色々な意味で淘汰はされていくと思う。そのときに、うちは負け組の方には入りたくない。たぶん、お店で扱うお土産選びを取り違えると、オリンピックまではわぁーと盛り上がるけど、その後、パタッと売れなくなると思う。おそらく、ロングセラーで売れ続けるアイテムと、そうではないアイテムの明暗が分かれると思うので、そういう見極めはしっかりとしていきたい。
また、五輪に関連したことを申し上げれば、世の中では2020年のオリンピックが終わると、景気が低迷するのではないかという懸念がありますよね。私はその4年後、2024年のポストオリンピックまで上手く使って、インバウンドにつなげていけると考えています。これはあくまでも私の推測ですが、次の開催地はパリになると思います。現在、パリのほか、ロサンゼルスやブタペストなども名乗りを挙げていますが、消去法で考えるとパリではないでしょうか。パリは東京と同じ道を歩んでいて、一度ロンドンオリンピックのときに落ちている。東京もその前の、北京のときに落ちているのですが、2度目で選ばれています。同じパターンで考えると、パリも2度目できっと決まるでしょう。で、どう渋谷と結び付くかといえば、渋谷区とパリ市6区は文化交流都市なんですね。だから、これを上手く活用して、2020年で終わりではなく、その次の2024年のポストオリンピックまで話題を引っ張っていけるんじゃないかと思っています。
_駅周辺の再開発に向けて、期待していること? 心配していることは?
期待ね。言える立場ではないのですが、ジェネレーションが増えることでしょうか。再開発でオフィスビルも増えて、サラリーマン人口が増えます。渋谷区がダイバーシティを謳っていますが、従来の若者に加え、サラリーマンが加わるのはいいことですね。当然、人が増えれば、その受け皿も必要になる。井の頭通りやセンター街で足りなければ、公園通りもあるし、宮益坂や明治通りなども補強されてくるとも思う。街としてのスタンスは変わらないけど、結果的にマスの量を増やしていかなければならないでしょう。経済としても決して悪い話ではないし、再開発で街がダメになるとも思いません。先ほど話した呉服屋の衰退と同じですが、何か出来たら負けるところ、景気が悪くなるところ、良くなるところなど、色々と出てくるかもしれませんが、そんなことをいちいち考えていては始まらないと思っています。
_渋谷から失われてはいけないと思うものはありますか?
Bunkamuraの建物を裏手から撮影。中央上部に2本のチムニーが立つ。
あまりないですが、再開発などの影響で神社仏閣や、今まであった文化施設などがなくなったら、それは残念ですよ。2020年に向けて、まさか国立競技場を壊すとは思わなかったけど。前回大会の競技場を改修して再度使うものと思っていましたが、いつの間にか壊すことになってしまい、あれは本当に驚きました。渋谷の真ん中は、昔からいじくりいじくりしてきたところだから、ゴチャゴチャしているのを1回整理し直すことは良いことだと思う。強いていえば、ハチ公像は渋谷のシンボルなので、絶対になくさないでほしいけど、あとは有って無くても良いかな。それから文化の発信拠点であるBunkamuraもなくして欲しくない。Bunkamuraのテーマは「パリ」ですよね。パリに本店を構える「ドゥマゴパリ」があったり、ミニシアターの「ル・シネマ」があったり、五島慶太さんらの強い思いでパリのイメージが強く打ち出されています。あの建物は1989年に完成したのですが、ちょうどパリの新オペラ座「オペラ・バスティーユ」と同じタイミング。建物全体の曲線がいいんですよ、まるでエスカルゴみたいで。キューポラ通り、チムニー通りなど、あの周囲をぐるっと歩いてみると分かるのですが、上部に角(つの)みたいな煙突チムニーが2本立っていて、建物全体は東急百貨店本店に巻き付いている。本当にカタツムリみたいに見えます。以前は、渋谷の街全体に「文化色」が強かったのですが、今それを守っているのは、Bunkamuraだけだと思うので、ぜひ頑張ってもらいたいです。
_今後の夢や目標を教えてください。
うちのお店のミッションは「文化発信」していくこと。物を売っていますが、基本的に文化を発信していきたいと思っています。もちろん商売なので、いろいろなジェネレーションに向けた受け皿があってもいいと思いますが、それを飲み込めるような街にしなきゃいけないと思う。かつて井の頭通りはほとんど歩道も整理されておらず、違法駐車がたくさんあって大変なエリアでした。東京都、渋谷区 国交省、センター街商店会の4つが絡んで、2001年〜2004年まで再開発を進め、センター街の「赤」に対して、井の頭通りはその補色である「緑」を基調として整備しました。その結果、それまで飲食比率が6〜7割占めていた井の頭通りが、その後、飲食店が1割減り、2割減り、今ではファッションや物販中心の通りへと変貌しています。こんな風に街の住み替えをしていって、「文化」の受け皿を作っていけばいい。井の頭通りにくれば、何か面白いことがあるなと思ってもらえるようなエリアにしていければ良いなと思っています。また現在、私は本の執筆を行っていて、うちのお店の歴史から渋谷の街の情報まで、いろいろと推敲を重ねているところ。近いうちに出版できればいいなと思っています。