「渋谷駅の開発」と「パラリンピック」は、渋谷のダイバーシティ推進に大きなチャンスだと思う。
1972年3月渋谷区神宮前生まれ。大学卒業後、博報堂に入社。退職後、2003年1月にゴミ問題に関するNPO法人green bird を設立。同年4月、地元の後押しを受けて渋谷区議に初当選し、以降3期連続でトップ当選を果たす。「はるのおがわプレーパーク」「NPO法人シブヤ大学の設立」「宮下公園リニューアル」「渋谷・表参道ウィメンズラン」「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例(通称、同性パートナーシップ条例)」など、数々のプロジェクトを手掛ける。2015年4月27日、渋谷区長選挙で初当選を果たし、渋谷区長に就任したばかり。
_「0」を「1」にするという意味で、「同性パートナーシップ条例」は議員時代の最大の功績だったのではないですか。
もっといっぱいあるんですけどね。もうさ、マスコミ取材が殺到して「ミスターLGBT」みたくなっちゃっていて(笑)。3年以上前から提案してやってきたことですが、前区長の桑原さんが受け取ってくれたのが大きかったですね。まさか、桑原さんから後継者として指名され、自分が引き継ぐことになるとは思ってもいなかったですが、発案者の責任として、積極的に進めていきたいと思っています。
_ただ、「LGTB」は条例の一部で、本来は男女平等などを含め、ダイバーシティを推進するという条例だと思うのですが、長谷部さんはLGBT以外についてはどんなことをしていきたいと考えていますか?
まずは障がい者ですね。たとえば、ピープルデザイン(ファッション性と機能性を備える障がい者向けのデザイン)は須藤シンジさんという良い運転手がいて、立ち上げのときからずっと応援しています。でも、もっとまちの景色にしていかなければいけないと思っています。たとえば、ショーウィンドーに車椅子とか、片腕のないマネキンが飾られていることがあってもいいと思う。障がい者だってオシャレしたいわけですから、そういう空気をつくるということもやっていきたい。それから、僕が子どものころよりも外国人がとても多くなっていて、娘のクラスにも必ずハーフの子や、外国人が何人かはいます。いい意味でミックスしてきたなと感じており、そういう空気をもっと受け止めていくとか。結局LGBTも障がい者も外国人も含めてですけど、マジョリティーの意識の変革が求められている話なんですよ。だから、それをどうやっていくかというのが今後の課題で、それは条例を一つ作りましたじゃ解決しない。まちの景色にする、小さいことをいっぱい積み重ねていくというか、東洋医学的に言えば、秘孔をいっぱい突くような感じ。みんなの意識が変わるスイッチをまちにプロデュースしていくという。それは自分一人だけではできなくて、そういうことをやりたいという人がいたら、背中を押したり、任せていったりしていきたい。渋谷には、そういうクリエイティブ・クラスのプレーヤーがたくさんいて、とても寛容なまち。だから「同性パートナーシップ」だって、渋谷から始まったのだと思うんです。
_ローカルから国政に対して「もの申す」という想いが強いのですか?
全く思っていない。それは誤解で、僕はローカルのスペシャリストだと思っているんです。国は100人ぐらいの人で、世界の中の日本を考える人にやってほしい。僕はローカルだと力が発揮できるというか、メジャーリーグでクリーンアップを打つタイプじゃないですけど、マイナーではクリーンアップをずっと打っていたいタイプ。メジャーに行き、2番とか7番、8番を打たされるより、ローカルでクリーンアップを打っていたい。
1964年東京オリンピックが開催された翌年(1965年)、渋谷区役所は現在の宇田川町に移転。建設から半世紀を経て、老朽化が進む同庁舎は今秋に役目を終え、新庁舎着工に向けて工事が始まる。新庁舎の開設は2018年度(平成30年)を予定する。
_任期4年間の中で、長谷部さんが目指す渋谷のまちづくりとは、どんなものですか?
自分の思い描くものが明確にあるかといえば、あるけどないというか、まだ、ぼんやりしています。ただ大きなチャンスは2つあると思っています。一つは「渋谷駅の開発」。ここはどんどん進んでいくわけですが、再開発を上手にやってもらいたいし、そこにダイバーシティなどのエッセンスを入ってほしいと考えています。大きなビルができることに賛否はありますが、都市としてはそれでいいと思っています。ただ、大きなビルと大きなビルをつなぐところに、新しいカルチャーが生まれてきていると思う。なるべくカウンターカルチャーを大切にして、それをメジャーに成長させていけるようなもの。そういった要素を開発の中にうまく組み込んでいければ、いいなと思っています。ただ、何というのか、「自分一人で世の中を変えられる」とか「まちがつくれる」なんて、そんなことは全く思っていません。だけど、背中を押したり、少しその速度を速めたりなど、ローカルならではの強みもある。開発というとみんなビビるんだけど、僕はそれをチャンスだと思っていて、いろいろ仕込めることとか、必要なことをさらに伸ばすいい機会だと考えています。
あともう一つは、これは4年の任期の先になりますけど、オリンピック、パラリンピックがやって来ること。何だか知らないけど、「オリンピック、パラリンピックが来るからさ」という文脈でいろいろなことが前に進むじゃないですか、世の中って。でも、その波に乗るべきところは乗ったほうがいいと思っています。その中で、一つ可能性を感じているのはオリンピックもそうですけど、ダイバーシティとして渋谷ではパラリンピックに注目していきたい。マジョリティーの意識が大きく変わるチャンスなんですね。パラリンピックは、たぶん今までみんなちゃんと観ていないでしょう。先日、僕も腰を据えて(障がい者のスポーツを)観ましたけど、やっぱり観ると感じるというか、百聞は一見にしかずということが起きるわけです。それを渋谷区では積極的に取り組んでいこうと考えていて、たとえばパラリンピストたちや、そういうことを目指す人たちがもっと渋谷区で練習してもらえる場を設けていく。当然、練習を観る人が増え、一緒にスポーツする人も増えますよね。そうしたら、意識が変わりますよ。教育と福祉というのは地方行政の大きな柱ですから、そういうエッセンスをうまく取り込んでいこうと考えています。
_オリンピックとも関連する話ですが、渋谷区は他のエリアに比べて観光の施策が遅れているように感じています。現在、ものすごい勢いで外国人観光客が増えていますが、何かフォローや、おもてなしのアイデアなどはお持ちですか?
たとえば、この間テレビを観ていたら、高校生たちが英語を勉強するために外国人にフリーで道案内をしていまして。ああいう活動に対して、もっと背中を押してあげたいと思う。区の公式な証明書を発行し、彼らに「付けてもいいよ」と渡すのもいいし…。要するにやりたい人が、やりたいことをうまくできるようにしてあげるだけで変わってくると思う。あと渋谷にはお土産がないんですよ。渋谷と原宿、恵比寿はこれだけ人が来ているのにも関わらず…。そこで有識者やクリエイターをメンバーとする「ブランディング委員会」という組織を作って、10月くらいから始動する予定です。そこで一つの課題にしようかなと思っています。もしかすると、スクランブル交差点に関連するお土産が売れるかもしれない。そういうことを含めて、もっと研究していきたいと考えています。
_他の地域にもブランディング委員会という組織はあるのですか?
おそらく、ないと思います。渋谷ではクリエイティブ系の角度から、いろいろな課題を解決していきたいと考えています。さっきの障がい者の話や、お年寄りの高齢者の福祉だったり、ごみの問題などもクリエイティブの力で解決できることが結構あるんですよ。スウェーデンのゴミ箱は、ゴミを入れるとヒューバサッと音がして、みんなそれを聞きたくて周りに落ちているゴミを拾い出したという例もあるくらい。そういう、渋谷っぽいものをやっていきたい。たとえば、簡単ではないけど、LGBTの祭典である「東京レインボ−プライド」のときに、スクランブル交差点をレインボーカラーにしちゃうとか(笑)。タイムズスクエアに負けない場所だと思うから、そのためには屋外広告物の規制を見直すとか。特にスクランブル交差点の部分は、都に相談をしなきゃいけないけど、そういうことも探っていきたい。自分の中では、夢みたいなアイデアを幾つも温めています。
_区政を考えると区民を向けた政策が前提だと思いますが、一方で渋谷区の就労人口は、区の人口の3倍以上もいますが、渋谷区で働く就労者がもっと渋谷に関われることはないでしょうか。
そういう人たちはウェルカムです。もちろん、就労者の多さという点では、災害時の帰宅困難者という側面もあるのだけど。でも、このまちで働く人びとが、渋谷の文化をつくってくれているわけですよ。当然、僕はタックスペイヤー(納税者)である住民のことを第一に考えるけど、でも同じようにこのまちに魅力を感じ、ここで会社を起こしている人とか、働きに来ている人とかの応援もしていきたい。たとえば、アイデアとして「ふるさと納税」みたいなこともあるわけですよ。クラウドファンディングにも近いと思うのですが、そこで集まったお金は、渋谷で働いている人のために使うという。住民ではないけど、タックスペイヤーにもなれるから、区民に対してもフェアでしょう。そうなったら、まちは変わると思う。
_そのほか、積極的に取り組んでいきたいことは何でしょうか。
渋谷駅周辺で「歩行者天国」を始めたいと思っています。僕は子どものころから、ストリートから始まるカルチャーにずっと揉まれてきました。子どものころのタケノコ族や、ロカビリー族もそうだし、ファッションでもアメカジや渋カジ、その前のDC系だってそうですよ。そういうストリートから始まる場づくりが必要だと思っています。あと最近になって思うのは前区長の桑原さんがすごく力を入れてやっていた盆踊りや、餅つきとかも大事だと。子どものころは地域の行事として楽しく参加していただけでしたが、大人になって冷静に見てみると、渋谷でやると外国人は来るわ、子どもも大人も世代を超えて来るわ、和の文化やセンスを大切にすることが、結果的にダイバーシティにも繋がるのだと感じています。だから、スクランブル交差点周辺での「歩行者天国」を復活させるために、今、積極的に動いているところです。ただ、これは僕がやりたいと言ってボンとできるものでもないので、いろいろな合意形成に少し時間がかかると思いますけど。とにかく今は、まだ仕込みの時期なのであまり焦らないでください。そして、僕のハードルをあまり高くしないでくださいと言いたい。一応自分なりにはいろいろ考えていますので(笑)。
_長谷部さんなら、何でもできるんじゃないかと、みんなの期待が自然と高まってしまいます。では、現在は情報収集の時期ということでしょうか。
少なくともこの1年は。僕自身もまだ就任したばっかりだし、前区長の桑原さんがやってきたことを1年かけて、まず経験してみようと考えています。今は恐ろしいぐらいのスケジュールで、いろいろなところに挨拶に回っているところです。すぐに何かをガラッとは変えるのは難しいし、そんな能力もパワーも僕にはないけど、4年の間に少しずつ僕のエッセンスを入れていきたい。そして、徐々に徐々に目に見えない革命を起こしていきたいと思っています。
未来の渋谷の可能性をひろげるシンポジウム
〜Making Maybe.”かも”づくりフューチャーセッション〜
新区長・長谷部さんと一緒に考える、未来の渋谷の可能性をひろげるシンポジウム「〜Making Maybe.”かも”づくりフューチャーセッション〜」が2015年10月8日(木)、渋谷ヒカリエ9F ヒカリエホール ホールBで開催される。二部構成で展開される同イベント。第一部は、建築家・東京大学名誉教授の内藤廣さんが「渋谷開発のこれから」とテーマに基調講演を行う。第二部はフューチャーセッションのモデレーター・野村恭彦さんが担当し、長谷部区長と渋谷に関連するキーパーソンが登壇し、「渋谷で叶えたい”〇〇かも”」をテーマに語り合う。当日はUstreamで中継するほか、Twitterのハッシュタグ「#シブカモ」で会場外からもアイデアを受け付けるなど、参加型のシンポジウムを目指すという。