ネット以降の若い感性を持つ社会人と、渋谷の「セカンドステージ」を創造したい。
1978年、青森県生まれ。評論家として活動する傍ら、文化批評誌『PLANETS』を発行。主な著書に『セロ年代の想像力』(早川書房)、『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎)、『日本文化の論点』(筑摩書房)ほか多数。
文化批評誌『PLANETS』編集長のほか、J-waveラジオ・パーソナリティや、朝のワイドショー「スッキリ!!」のコメンテーターなど、様々な分野で活躍する宇野常寛さん。AKBや仮面ライダーなど、アキバを中心としたサブカルチャーの専門領域というイメージのある宇野さんですが、実は昨年6月から「渋谷ヒカリエ」を拠点とし、定期的にトークセッション「Hikarie+PLANETS 渋谷セカンドステージ」を展開している。「基本的に人混みが嫌いなので、渋谷も嫌い」という宇野さんが、なぜ、渋谷の地でイベントを始めることにしたのでしょうか。今回のキーパーソン・インタビューでは、渋谷で新たな文化コミュニティを形成する理由から、毎回100人を超える高い集客力を誇るテーマやゲストのブッキングなど、この1年間のイベントを中心に振り返り語ってもらった。2020年、渋谷が目指すべき「セカンドステージ」の在り方とは?
_昨年から渋谷ヒカリエでトークセッションをスタートさせています。そもそも渋谷でイベントを始めた経緯を教えてください。
PLANETS vol.8/ 特集「21世紀の〈原理〉――ソーシャルメディア・ゲーミフィケーション・拡張現実」。「情報社会」と「日本的想像力」をキーワードに、エキスパートたちと誌上で議論を展開。
きっかけは「PLANETS」のvol.8です。この号の特集が「情報社会」だったのですが、同時にインターネット世代の新しいホワイトカラーの衣食住や、生活文化も記事にしたんですね。そうしたら、今までにない手応えがあり、今までの2倍くらい売れたんです。ゼロ年代の日本のインターネットって、中心にあったのは若者向けのサブカルチャーだったと思うんですよね。でも、2010年代のインターネットは、もうライフスタイルのことを指していると思うんですよ。最初の10年は、西村博之や堀江貴文がその代表で学生起業家たちがインターネットシーンを担い、学生のサブカルチャーとして注目されたものが次第に社会に受容されて世の中に根付いていく時代で、次の10年は、若い感性と若い情報インフラが社会や生活を変えていく時代になるのだと思う。その切り替わりのタイミングに、この号の特集記事がマッチしたんじゃないのかなと。
_それがどう渋谷と結びつくのですか?
今までは、インターネット以降の若い感性をサブカルチャーの問題として扱っていれば過不足なかったのですが、これから先は生活文化の問題として、もっと広い意味で扱っていく必要があると考えています。そのためには自分たちの読者の年齢層をもっと上に伸ばし、サブカルチャー好きの若者の外側に広げていかなきゃいけない。「じゃあ、自分の新しい読者がどこにいるのだろう?」と考えたときに、そのひとつがビットバレーとしての渋谷だったのです。昨年、渋谷ヒカリエで開催されたTEDxTokyoに出演したのをきっかけに、東急電鉄の街ブランディングを担当しているチームの人たちとも知り合いになっていましたので、ちょっと相談をしまして。ヒカリエがターゲットとするインターネット以降の若い感性を持った社会人と、僕らが求めている新しい読者層が一致することを確認し、「一緒にイベントをやっていこう」となったわけです。
_このイベントを通じて、どんなメッセージを伝えていきたいと考えていますか?
新しいホワイトカラーたちは、ほとんどテレビも新聞も見ていない。なぜかといえば、テレビや新聞を見ても、それが自分たちの社会問題だと思えないから。例えば、経済ニュースは昔のものづくり中心で、国際ニュースは極端に少ない。歌舞伎役者の身に何かがあれば大騒ぎするけど、ここ数十年で勃興してきた若いサブカルチャーのミュージシャンや声優に何かがあっても、そんなに大きくは報じられない。芥川賞、直木賞も屁とも思っていないけれど、話題のデジタルガジェットのスペックには一喜一憂する。そこにメディアとの圧倒的な意識のズレがあるわけです。イベントでは、そんなズレをきちんと可視化していきたい。同世代のメディアの発信者として「今、これが語られるべき」「議論されるべき」ことを、同じ目線で語れる人たちと共有していきたいと考えています。現在、渋谷という土地柄から、参加者には公共放送の人から若手のITベンチャーの人まで、メディア系の人が多いという印象です。僕が考えているターゲットは、親方日の丸の昭和的な大企業の内部から変えていこうとする人と、最初からそこを選ばずにベンチャーや外資を選んだ人たち。今後、そんな混成部隊に参加してもらいたいと思っています。
_イベントタイトルの「セカンドステージ」というのは、「ネット以降」という意味でしょうか?
これは渋谷文脈です。渋谷のファーストというのは、80年代、90年代だと考えています。渋谷に世界中のレコードや、世界中の映画が集まり、日本中のアンテナの高い若者たちが渋谷を意識していた時代のことです。僕ははっきりいえば、こういった(渋谷の)1stステージに距離を置いて出てきた人間なんですよ。10年ほど前、京都で会社員をしていたとき「まだ渋谷に文化の中心があると思っているのか、おまえたちは!」と思っていた。インターネット以降、地理と文化の結び付きはなくなっていくわけです。よくオタク系の文化は秋葉原というけれど、あれは象徴としての秋葉原にすぎなくて、実際はネット文化ですよね。僕は、そんな都市のライブカルチャーが、ポップカルチャーの王様と思っているやつらに、思い知らせてやろうと思って出てきたわけで。90年代のあの時期に渋谷にいたことが、何か特権性を帯びていると思っている人たち、彼らの多くは、やはりその時代認識に引きずられてアニメやボーカロイド、アイドルも…、その面白さについて十分に説明できない。そういったものに対して当時の僕は、明確なアンチな意識があったわけです。今でこそ、そこまで単純な話でもないなと思うのですが、当時はそう考えていた(笑)。しかしそんな渋谷のファーストステージの文脈から完全に切れている人間である僕が、だからこそこれからの渋谷の「セカンドステージ」を創造していくべきだと考えているのは事実です。
2014年8月11日に渋谷ヒカリエで開催されたイベントの様子。吉田尚記さんの進行のもと、岩佐琢磨さん、加賀谷友典さん、田子學さん、根津孝太さん、宇野常寛さんが登壇し、「ものづくり2.0 ハードウェアの思想が社会を変える」をテーマにトークセッションが行われた。
_1年間にわたってイベントを続けてきて、その手応えはいかがですか?
集客は、びっくりするくらい高いです。ヒカリエという場所の持っている象徴性というのが、一つ大きいと思う。うちがやっている他のイベントと比べても、いい意味で一見さんが多くて、しかもアンケートの回収率が非常に高いんですよね。定員120、30人ですが、いつもアンケートが5、60枚返ってきていますから。登壇者の中でメディアに出ている文化人は、たぶん猪子寿之ぐらい。一般的な有名人はほとんど出ていないイベントで、こんなに反響があるなんて想像もしていなかったですね。
_そこまで人気を博している要因を、どう捉えていますか?
やはり飢えているのでしょう。例えば、僕らのトークセッションのテーマは「ネット以降の衣食住」や「東京2020年に向けた都市開発」、あるいは「メイカーズ ムーブメント」とか…。こうしたテーマは経済誌の文脈で、儲け話として取り上げることがあっても、文化の話として取り上げることがあまりない。でも僕らは、正面からそれを文化の問題として取り上げ、実際にプレイヤーとして第一線に立っている人たちをブッキングし、議論させている。だから、そこにはアンテナの高い業界人が必然的に集まるわけですよね。
_確かに毎回ゲストの名前を見ると、行ってみたいという興味が湧きます。
「このメンツが来るんだ」みたいなことで、僕らの本気度が伝わると思うんですね。変な話だけど、その業界の人たちが勉強に来ているというか、偵察に来ているというか、そういう緊張感が毎回あります。ただし、僕の固定読者や、業界に向けたイベントになってしまうと面白くないので、必ずゲストとして異物を入れておいて、一緒くたにならないようにしています。みんなぼんやりと「今、こういった問題が熱い」とか分かっているのだけど、その具体像って意外と知られてないんですよね。例えば、昨年10月のトークセッションでは「都市交通の問題」を扱いましたが、タクシーとアプリケーションが世界的に熱いということは知っているのだけど、それが具体的に日本でどう展開されつつあるかが分からないんですよ。そこで、Uberなどのタクシー配車アプリが成長する状況の中で、当事者である日本交通の川鍋一朗社長を呼んだりとか。やっぱり、彼の言葉に注目が集まるわけです。何か気になるんだけど、具体的なシーンの実像がつかめていない人たちが、うちのイベントを通じて輪郭をつかんで帰っていくということが多いみたいですね。
_分かりやすさと、課題の本質が捉えられるという点で満足度に繋がっているということですね。
ITとか、新しいホワイトカラーのライフスタイルについては、みんなビジネスチャンスの話しかしない。その課題を理解するためには「僕らが何を面白いと思っているのか?」「消費者たちが何を楽しいと思っているのか?」「何に価値を感じているのか?」という文化の領域に踏み込まないと、物事の本質が見えてこない。そこに言葉を与えているのは、たぶんうちのイベントぐらいだと思う。まだマイナーな存在ですけど、そこに上手くハマっていて参加者の満足の高いイベントが出来ているのかなと。正味90分から2時間のイベントなので仕方がないのですが、僕らとしては、これだけのメンツを呼んだ割には議論が食い足りないと感じていて。でも、アンケートの満足度は異様に高くて、僕ら主催側からすると戸惑っているところもあります。おそらくはイベントに参加すれば、一通りその問題について語れるようになる。気になっていたことに対して、知識と文脈を与えられたことの満足感なのかなと思うんですね。もともと僕は言論の人間なので、時間が許せば6時間でも7時間でも、朝までやって深掘りしたいと思うんだけれど(笑)。
_トークセッションを進める上で、何かルール化していることはありますか?
なるべく自分で司会しない。僕は半分編集者なので、自分で司会しちゃうと言いたことを言えなくなっちゃう。自分の発言がバランスを崩すと思う、と何も言えなくなってしまう。また、それを両立させようと思うと、どっち付かずになってしまう。だから、自分で司会をしないようにしています。もう一つは、単に業界のプレイヤーたちが集まって激しく議論して、それを見て「ああ楽しかった、終わり」って、一方向のイベントにはしないということ。平日夜の開催で時間が限られているため、なるべく名刺交換のタイミングやアイスブレイクを入れて、参加者同士の新しいつながりが生まれるといいなと思っています。そのほか、まだ出来ていないのですが、参加者の関心をもっと高めるために「このサイトにアクセスしてください」とか「こんなワークショップがありますよ」など、アフターケアの充実も必要ですね。この1年はとにかく手探り状態でしたが、ニーズと期待値の高さがあることが分かったので、「これからどうするか?」というのが2年目なのかなと思っています。まだ試行錯誤の段階ではありますが…。