建築家ができることは10%に過ぎない、
皆が都市について深く考えれば、渋谷はもっと素晴らしくなる。
1979年神奈川県生まれ。東京大学工学部建築学科卒業後、デルフト工科大学(オランダ)留学を経て、建築家の内藤廣に師事。2014年から東京大学生産技術研究所准教授に就き、川添研究室(建築学専攻)を主宰。渋谷の魅力を発見・発信するイベント「shibuya1000」では代表幹事を務める。
_今回で7回目を迎えるイベント「shibuya1000」では代表幹事を務められています。このイベントが目指しているものは何ですか?
渋谷駅地下コンコースを舞台に展示やイベントを展開(写真:2008年撮影)
実は、特定の目的はないんです。短期的な目的があると、どうしても打算的になりますから。誰もが目的を持って訪れるのが都市ですが、そんな空間において目的がない試みをすることに意味があると思っています。ですので、「特定の目的とは別に、都市の魅力を議論する場です」「企業も行政も研究者も学生も参加できる都市のプラットフォームです」などと、説明していますが、やっぱり少し分かりづらいですね(笑)。本来、都市の開発は、特定の専門家に委ねられるべきものではなく、多分野の人びとがスクラムを組んで進めるべきだと思っています。そこで多くの人びとに渋谷という街にコミットしてもらうため、「shibuya1000」は初めの5年間は、誰でも入りやすい共通の舞台をつくろうと考えて、駅周辺の公共施設でインスタレーションや展示・イベントなどを行いました。一般的に公共の空間は「○○禁止」といった禁止事項が多く、なかなか「自分の空間」とは感じづらいものです。そういう場所で、テンポラリーではありますが、「shibuya1000」というイベントを通してコミットすることで、参加した人びとに、都市に参加する回路を生み出してもらいたいという思いがありました。
_昨年からシンポジウムに形態が変わりましたが、どのような意図があるのでしょうか。
5年間で一区切りして、次は渋谷だからこそできる都市としての語り口の広さを描き出したいと考えました。そこで、いろいろな分野の方々に集まってもらい、渋谷の魅力を語り合うシンポジウムという形式としました。昨年は、東大の先生もいれば、人気DJや写真家がいたり、普通なら出会わない人たちが熱心に渋谷について語り合ったのですが、そういう体験そのものが素敵なことだなと感じています。いろいろな歴史が縦走するように息づいている、渋谷ならではの魅力と言えるでしょう。究極的な理想を言うと、渋谷の路上の程よい場所で、1人5分くらいで次から次へとローテーションし、1ヶ月くらいかけて皆が渋谷への思いを語り合うような場があったら、とても面白いんじゃないかな。それぞれの関わり方によって、見えている魅力は異なるものになるでしょう。皆が登場人物となる街は素晴らしいですし、渋谷はそうなり得る街だと思います。シンポジウムの入場料を無料としているのも、誰でもアクセスして、場合によっては聞き手と語り手が変わりうるような、相互互換的な情報のやりとりが理想だと思います。
_昨年は「シブヤ東西合戦」がテーマでした。2015年3月に開催予定の今年のテーマは決まっていますか。
ずばり、「シブヤ南北合戦」です。東西からはじまり、次は南北、そして構想段階ではありますが、今後は、上下、内外、今昔と続けていけば、渋谷を四次元的に把握できる5年間になるのではないかと考えています。まあ、昨年は東西といっても、それほど厳密にテーマに沿っていたわけではなく、あくまで話のきっかけです。関が原の合戦もそうですが、東西というのは、比較的力が拮抗しているのですが、南北は「南北問題」のように、違いが先にある場合が多くあります。渋谷をパッと見た感じでは、国道246号が南北の境になりそうですが、個人的には、スクランブル交差点の上と下で街の構造が大きく変わるかなという気がします。さて、どのような議論が展開するのかとても楽しみです。
_現在、渋谷では大規模な再開発プロジェクトが進行していますね。
3月15日、東横線・渋谷駅の地上駅舎と別れを惜しむ人びと。
都市って、常に何かがなくなって、新しいものが生まれ続けていますよね。渋谷は、喪失することにセンチメンタルな気持ちを抱きやすい街ではないかと、私は思っています。例えば、東横線の地上駅舎がなくなって最後の電車が出たときは、びっくりするほど多くの人が集まった。もしハチ公がなくなるなんてことになったら、それこそ一大事ですよ。そんな風に、なくなって欲しくないものがたくさん存在することは、渋谷の特徴の一つと言えるでしょう。そもそも、愛って失ったときに初めて気付くものじゃないですか(笑)。だから、こうした喪失感こそ、「渋谷愛」と言えるのではないかと……。
_ちなみに川添さんが特に思い入れがある、また愛を感じる場所はどこでしょうか。
井の頭線を利用しますから、スクランブル交差点をよく見下ろしますが、あの光景はやっぱりすごいですよ。劇場じゃないですか。ヨーロッパの広場よりも、広場らしい場所だと思いますね。何というか、「生きている」という感じがします。世界的に都市空間コンテストをやったら、ベスト3には入るに違いありません。あと、井の頭線の神泉駅方面の改札を出ると、焼き鳥屋が連なる中央街がありますが、あのあたりも大好きです。とても居心地が良く、許されているような気分になります(笑)。井の頭線の渋谷駅は、出口やエスカレーターを降りる位置が違うだけで通りの雰囲気が全く異なりますが、あのような多様性を許容している感じはとても良いですよね。
_これからの渋谷の開発に望むことを教えてください。
副都心線地下3階からヒカリエ4階までを縦動線で結ぶアーバンコア。
渋谷なりの空間の形式が見つけられるかが肝でしょう。また、坂と谷底などの高低差のある渋谷だからこそ、渋谷ヒカリエにある「アーバンコア(歩行者の縦移動をスムーズにする吹き抜け空間の仕掛け)」という概念が生まれたと思いますが、それだけでは不十分です。これまでは近代的な発想のもと、どの地域に建てても成立するような建物が追求されてきましたが、今ではそれではほとんどの人は興味を持ちません。ローカルなものにこそ、世界の人びとの関心が集まるという不思議な現象が起きているのです。それでは、渋谷ならではの都市空間とはどのようなものなのか。私は、渋谷の持つきめ細かさというか、随所に小さな誤差を生み続けてきた街の構造の中で、新しい働き方や住まい方がどういう空間の形式によって進化していくかということに興味があります。開発のロジックでは、以前より大きなものを作らなければ利益は高まりません。それは渋谷も例外ではありませんから、いかに大きさの中に小ささを宿すかが重要なテーマになると考えています。今ここで具体的な解決策は提示できませんが、例えば、図形の一部分が、図形全体と相似形になっていることを「フラクタル」と言いますよね。雪の結晶がそうです。渋谷もフラクタルのように、全体は大きいけどスームインしていくと、小ささが宿っているような、そんな都市空間の開発がきっと実現できると思います。
_渋谷の中で「こんな場所があるといい」といったアイデアをありますか。
これはある学生の言葉なのですが、今の都市は1人になれる場所がない、と。人間は孤独な存在ですから、誰でも1人になりたい時はある。ところが今は、賑わいを作り、人と人の交流を促さなければ、都市は成立しないという考えが強過ぎます。いわば「ハレ」の空間を作り出そうとし過ぎて、1人で静かに過ごせる「ケ」の空間がない。だから、特定の目的なしに1人で都市を訪れると、明るく振舞うことを強制されているような気持ちになることがあります。もしかしたら引きこもりの問題は、都市の側の責任もあるかもしれません。孤独になりたい時に、都市に行き場がないから、家にこもらざるを得ないという。だから今こそ都市開発においては逆の方向を向いてもらいたい。例えば、1人になりたい時に、広場に座って行き交う人をボーっと見ていられるような、そんな孤独を許容できるようになると、都市はもっと面白くなると思います。その点、渋谷は他の都市に比べると、孤独の許容度は高いと思いますよ。先ほどのアフォーダンスの話のように、比較的、人びとの振る舞いが多様ですので、楽な気持ちになるのでしょう。これからも渋谷には、人びとの孤独を受け容れる都市であってほしいものです。
_今後、渋谷とは、どのような関わりを持ちたいとお考えでしょうか。
私の研究室がある駒場キャンパスは目黒区ですが、渋谷の勢力範囲にあると言っていいでしょう(笑)。そんな渋谷圏にいる一人として、特定の仕事ではなく、常に何らかの形で街にコミットし、中期的・長期的にお互いに影響を与え合えるような関係でありたいと願っています。「shibuya1000」のようなイベントを続けているのも、そんな考えがあるからです。そうですね、仕事を越えてコミットする方法を、今後、10、20、30年くらいの長いスパンで見つけていきたいですね。
_最後に、プライベートやお仕事での目標を教えてください。
仕事は忙しいですが、どんな依頼もワクワクしながら進めるように心がけています。毎日が楽しいからか、プライベートの夢への想像力はちょっと乏しく、「南の島でのんびり過ごしたい」とかになりますね(笑)。仕事の目標ということでは、建築家の役割についてよく考えます。我々のような建築家が空間を作り出すことで、人びとの振る舞いは規定されますが、建築は万能ではありません。例えば、建築家は、フレンチレストランが建ち並びそうなストリートとか、立ち飲み屋が集まりそうなエリアとか、狙いに沿って人びとのある振る舞いを喚起しやすい空間を作ります。しかし、その後の展開は、都市を構成する一つひとつの主体の方針によるところが大きく、イメージ通りのフレンチレストランができるかどうかは、建築家には分かりません。イメージとして、都市づくりにおいて建築家ができることは、10%くらいに過ぎないかもしれません。だからこそ、都市にかかわる多くの人びととスクラムを組んで都市づくりに取り組みたいという思いを強く持っています。都市で暮らしたり働いたり遊んだりしている全ての人びとが、何らかの形で都市と関わりを持っています。ですから、皆が都市について深く考えられるようになれば、渋谷を含めた都市は、そして日本という国は、もっともっと素晴らしいものになるでしょう。
渋谷の「南北」をテーマに、渋谷の都市の変化を見つめるシンポジウム「shibuya1000_007 『シブヤ南北合戦』」が3月4日(水)、渋谷ヒカリエ8Fコートで開催されます。
2008年以来、年に一度のペースで渋谷駅地下コンコースを中心にインスタレーションや展示などを展開してきた同イベントですが、昨年からシンポジウム形式で新たな取り組みを始めています。著書『下流社会』で知られる消費社会研究家・三浦展さんや、NHKプロデューサー・尾関憲一さん、「渋谷漂流記」などの曲で知られるライムスターのMummy-Dさんなど、渋谷とゆかりの深いゲストスピーカーを招いて、「南北」という切り口から渋谷の魅力を解き明かしていきます。