3Dプリンタを自在に操る“ものづくり系女子”が
渋谷の街に続々と集まってくるワケ
1985年生まれ。大分県佐伯市出身。セレクトショップ「Lamp harajuku」プレスを務めるかたわら、2011年10月、「カワイイものも、かっこいい技術でつくられていること」を世の中に知らせるべく“ものづくり系女子”として活動を開始。著書に、『僕らの未来を変えるマシン「3Dプリンタ」知る編』『僕らの未来を変えるマシン「3Dプリンタ」使う編』(ともに渋谷ラボ)など。夢は工場を建てること。
_2013年2月にオープンした「しぶや図工室」について、お話を聞かせてください。
「しぶや図工室」は、3Dプリンタや3Dスキャナ、3Dモデラなどを備えたハイテク図工室です。こうした機器は軽く数百万円はしますから、個人が簡単に手に入れることはできません。そこで皆でシェアしようというのが、しぶや図工室の目的です。私は、しぶや図工室の立ち上げ当初から、出入りしながら利用者にアドバイスをしてほしいという依頼を受けて、ほぼ毎日、仕事の後に通っています。放課後に教室に残っている、「先輩」のようなイメージで考えていただければと(笑)。ウェブ告知だけで、よくこんなに人が集まるなと驚くほど、どのワークショップやイベントも満員です。また、この施設を利用した人たちが、そのまま“ものづくり系女子”のメンバーとして参加を希望するケースも多いです。各利用者やメンバーがスキルを身につけ、次第にステップアップして、ゆくゆくは私のような「先輩」の立場になって人に教えていく――と、どんどんコミュニティが生まれる場になっていくだろうと思っています。
_「しぶや図工室」や「FabCafe」など、デジタル系のものづくりのスペースが渋谷に次々と現れるのはどうしてだと思いますか。
渋谷は、映画や音楽、ファッションなど、あらゆるカルチャーの拠点。さらにIT系の企業もたくさんあります。ものづくりがデジタル化するに従って、カルチャーとITが渋谷という場所でぶつかり、デジタルファブリケーションのニーズが必然的に増していくと思う。女子高生が典型ですが、渋谷の若者がモノをハックする力がすごいことも理由の一つではないでしょうか。例えば、かつてポケベルで文字を送信する文化にしたり、証明写真機で友だちと写真を撮ることを発想してプリクラ文化を生み出したり…。そういう若い人たちが集まって何かを創り出している街が渋谷であり、また「何か新しいことをするなら、渋谷を拠点にしよう」と考えるのも自然な発想だと思います。
_神田さんの渋谷に対するイメージを教えてください。
目的がなくても楽しめる街という感じでしょうか。友だちから「今日は渋谷にいるよ」と聞いたら、自然と「じゃあ、どこかで会おっか」となります。きちんと待ち合わせを決めなくても、ぶらぶらするだけで楽しめるから、ゆるい約束でも問題ありません。渋谷は、交通などの利便性も良いのですが、それだけではないです。ものづくり系女子の集まりも、他のターミナル駅のほうが便利なことがありますが、渋谷にすれば、その前後も楽しめる利点もあります。私が大好きなL'Arc〜en〜Cielは、時々、代々木体育館でコンサートをするんですね。東京ドームや他のスタジアムに比べるとキャパシティが小さく、チケットがとれないと不満もあるのでは?という声に、リーダーのtetsuyaさんが語ったことがすごく印象的でした。tetsuyaさんいわく、「自分たちのコンサートだけでは終わらず、公園通りを歩いて、ご飯を食べたり、ショッピングをしたり、たっぷりと遊んで帰れるのが渋谷。音楽だけではなくて、1日のエンターテイメントを提供している」と。すごくいいことを言うなと思って共感しました。実は、私が最初に渋谷に来たのも、高校3年生の頃のL'Arc〜en〜Cielのライブでした。その時は母と一緒に、SHIBUYA109で買い物をしたりして、とても楽しかった思い出があります。
シェアオフィス「ten-to(テント)」(渋谷区渋谷1)内に併設する「しぶや図工室」。3Dプリンタやレーザーカッターをはじめ、3Dスキャン、UVプリンタなど、デジタルファブリケーションに必要なハイテクツールがそろう。
_そのほか、渋谷のお気に入りスポットはありますか?
職場はラフォーレ原宿に近く、毎日のように「しぶや図工室」まで、キャットストリートを歩いています。渋谷と原宿の中間にあるキャットストリートは雰囲気が良く、お店もたくさんあってすごく好きです。中でも「STREAMER COFFEE COMPANY(ストリーマー コーヒーカンパニー)」というコーヒースタンドがお気に入りで、朝は早めに渋谷に着いてコーヒーを買って原宿まで一駅歩くのが、大好きな日課です。現在、渋谷の街は開発が進んでいますね。私は新しいビルや大きな建築物も決して嫌いではありませんが、一方で、こうした小さなカフェやライブハウス、ミニシアターなどにもよく足を運びます。狭くて濃いカルチャーが詰まっている独特な空間は、渋谷らしい特徴だと思います。
_今後、3Dプリンタなどのデジタルファブリケーションを広げるためには?
個人的な夢は工場を建てること。「マイホーム」と同じように、「マイファクトリー」を持ちたい。そして「工場長」って呼ばれたい(笑)。デジタルファブリケーションは、本当にこれからの分野です。自分で作りながら消費をする「プロシューマー(生産消費者)」の出現など、いろいろな可能性がありますが、いくら3Dプリンタを使っても、例えば私がiPhoneのような製品を作ることは、到底無理です。iPhoneカバーなら作れますが、市販品を買った方が安くて早いですし、「個人がものづくりをする時代なんてやってこない!」と最初は思っていました。ところが、デジタルファブリケーションといわれる様々な機器を使ううちに、「ちょっとしたカスタマイズができるだけでも、すごいんじゃないか」と考えが変わってきて 。例えば、ピンク色一つにしても、桜のような淡いピンクから、ビビッドピンクまでカラーバリエーションは無数にあります。メーカーから「ピンク色」を提供されても、それが自分の好きなピンク色である可能性は極めて低い。ところが、「自分の好きなピンク色の製品が欲しい」と思った時にそれを自作できたなら、それはとても素晴らしいこと。ちょっとしたことですけど、そういう「ものづくりの選択肢」が生まれたことに大きな意味があると思う。
しぶや図工室で、自分の手にフィットするボールペンのグリップを作っている人がいたのですが、何十万円もかけてオーダーメイドをするのではなく、自分のデスクトップで作ってしまえるということは、やはり革命的なことです。将来的には、映画や音楽、芝居などと同じく、ものづくりが一つのエンターテインメントになると嬉しいです。映画監督やミュージシャンを目指すように「ものづくりのプロになりたい」という人が現れるといいな、と。ものづくりには、従来のエンターテインメントをも超える、新しい驚きが詰まっていると思う。そのような新しいカルチャーを創り上げて発信する場としてふさわしいのは、やはり渋谷でしょうね。
僕らの未来を変えるマシン 「3Dプリンタ」-知る編
僕らの未来を変えるマシン 「3Dプリンタ」-使う編
ものづくり系女子の神田沙織さんが責任編集した3Dプリンタのガイド本。3Dプリンタの取り巻く状況から、原理、歴史などをまとめた「知る編」と、実際に3Dプリンタをどこでどのように利用できるのかをまとめた「使う編」の2編で構成される日本初の個人利用に特化した入門書である。
著 者:神田沙織、渋谷ラボ
出版社:渋谷ラボ
発売日:2013年
価 格:各2,000円
購 入:https://shibuya-lab.stores.jp/