渋谷の路地裏で生み出されたカルチャーを
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1966年島根県生まれ。1991年関西外国語大学卒業。大学在学中にタワーレコード株式会社に入社。新宿ルミネ店店長、マーケティング本部本部長、執行役員マーケティング担当などを経て、2005年代表取締役社長に就任。同年ナップスタージャパン設立し代表取締役社長を兼務した。タワーレコード最高顧問を経て、2007年オリジナル株式会社を設立し代表取締役に就任。そして2009年にはタイムアウト東京株式会社を設立し、代表取締役に就任。
--伏谷さんが渋谷で仕事をするようになるまでの経緯は?
1990年、大学生の時にタワーレコード心斎橋店にアルバイトで入社し、その後、社員になりました。その時の心斎橋店の店長が新規オープンの新宿店の店長になることになり、私も一緒に上京。当時はまだ高島屋もなく、新宿店の周辺は寂しい雰囲気でしたね。その後、私は新宿店の店長を任せられましたが、仕事にも慣れたせいか、そろそろ他の仕事をするのもいいなと思っていた時期で、それを察した心斎橋店からお世話になっている上司が「社内でやりたいことはないのか。経営会議にかけ合うぞ」と言ってくれて。そこで、いろいろと調べてみると、当時、アメリカでeコマースが始まりつつあることが分かったんです。当時はインターネットに関する知識が全くありませんでしたが、物理的な制約がなく、いくらでも在庫を持つことができるeコマースは、これからの時代の新しいCDショップの形になり得るのではないかと確信。この企画が経営会議を通り、渋谷店にデジタルビジネス事業部が設置されました。といっても、メンバーは私一人でしたが(笑)。これが渋谷に勤めるきっかけです。ECサイトをオープンしたのは1997年ですから、おそらく日本では最古のECサイトのひとつだと思いますよ。
--渋谷の魅力はどのような点にあるとお考えでしょうか。
渋谷が若者を惹きつけて止まないのは、メジャーとストリートが共存しているからではないでしょうか。それが街としての魅力につながっていると思います。渋谷には至るところに路地裏があり、そこで「タコ壷」のようにカルチャーが生み出されている気がします。タコ壷とは、音楽やファッションなどのインディーズシーンのようなコアなコミュニティで、その中で化学反応を起こしながらカルチャーが育っていますが、大きなマーケットを形成するのは難しい。音楽シーンで言えば、タワーレコードやHMVといったメジャーなブランドは、こうした様々なタコ壷にブリッジ(橋)をかけてマスに向けて紹介することが一つの役割だと思います。例えば、メジャーなアーティストのCDを買うために来店したお客さんが、リコメンドを見てマイナーなアーティストに興味を持つなどのケースが考えられるでしょう。今でも渋谷には、タコ壷はたくさんあります。ただ、橋渡しの役割をするメディアブランドがやや少なくなっている気はしますね。そのように、渋谷は新しい文化を育む力のある街だと思います。とくに、近年の街を舞台としたちょっとしたフェスやイベントはとても素晴らしいですね。ただ、音楽シーンを見ると、もう少し仕掛けがあっても良いかもしません。また渋谷は、大人も若者も、地元民も地方から来た人もいて、ごちゃごちゃとした要素で構成されているのが面白さと言えそうです。雰囲気もいいですよね。駅を出た時に受ける「抜けている」感じは、日本の他の都市にはないと思います。例えば、ロンドンは駅から放射状に街が広がっていますが、同じような雰囲気を渋谷に感じています。整備されている部分もあれば、裏道に入ると迷ってしまうようなエリアもたくさん残っていて、人の流れが一定ではないことも「渋谷の魅力」につながっているのではないでしょうか。
--渋谷の音楽シーンの変化はどのように感じていますか。
若い頃は、宇田川町あたりのレコード屋をよく回っていました。ですから特色のあるレコード屋が減りつつあるのは、残念です。ネットで買えるのは便利ですが、店内でかかっている曲に興味を持ったり、ジャケットが気になったり、店員にリコメンドされたり、やはりリアルな店舗のほうが出会いへのインスパイアが圧倒的に多いのは事実だと思います。検索するだけだと気になる情報にダイレクトに到着しますから、なかなか横に広がりづらい。本屋も同じですが、ちょっとしたきっかけで新しいモノに出合せてくれる場所は残ってほしいですね。
--iPhoneなどで使える「渋谷アプリ」もサービス開始されましたね。
これは渋谷エリアの自分がいる場所の近くにいる人、お店、イベントなどの情報を次々と表示するサービスです。渋谷によく来る方からは、「とても面白い!」という評価をいただいています。渋谷の街をデータベース化することで、情報を得ながら楽しく遊んでもらいたいという思いでつくりました。ソーシャルメディアにログインして時間を費やすのもよいのですが、外出して街にログインするのも楽しいですよ! と伝えたいと考えています。東日本大震災の後、人々の外出への意欲が少し弱まってはいないでしょうか。皆が街に出ないと、新しいムーブメントは生まれず、新しい文化の芽も育たず、経済も盛り上がりません。そんな流れを少しでも変えられたらと思います。
--再開発が進む「渋谷の街」の中でこれからも守って欲しいもの、また渋谷に新たに望むものとは?
猥雑な部分というか、整理整頓されていない部分は、意図的に残すべきだと思います。そのような場所から新しい文化が生まれることが少なくないからです。今足りていないものとしては、僕らの役割でもありますが、外国人へのガイドが不足している点でしょうか。もう少し面白いインフォメーションセンターがあってもよいのではないか、と感じています。それも「さすが渋谷」と思わせるようなカッコのいいものがあるといいですね。毎日、タイムアウト東京で情報を集めていて実感するのが、渋谷のコンテンツはものすごい量があり、更新のスピードも速いこと。ただ一方で、世界もめまぐるしく変化しています。渋谷もスピードを緩めることなく、どんどん新しいことを試して変わり続けることで、世界の中で存在感を発揮し続けられるのではないでしょうか。
『東京でしかできない88のこと』マップ
2012年12月14日 リリース
『渋谷でしかできない101のことマップ』『原宿でしかできない50のこと』『六本木でしかできない101のことマップ』に続き、いよいよ2012年12月14日に広域東京をターゲットにした『東京でしかできない88のことマップ』が新リリース。日本語版・英語版ともにタイムアウト東京が提案する街の楽しみ方を紹介している。また、ウェブ上に「マップストア」も開設し、マップ送付(4種セット日本語版/英語版 各210円)の申込みも可能。