渋谷の路地裏で生み出されたカルチャーを
世界の都市を結ぶネットワークで発信する
1966年島根県生まれ。1991年関西外国語大学卒業。大学在学中にタワーレコード株式会社に入社。新宿ルミネ店店長、マーケティング本部本部長、執行役員マーケティング担当などを経て、2005年代表取締役社長に就任。同年ナップスタージャパン設立し代表取締役社長を兼務した。タワーレコード最高顧問を経て、2007年オリジナル株式会社を設立し代表取締役に就任。そして2009年にはタイムアウト東京株式会社を設立し、代表取締役に就任。
アートや音楽、グルメ、イベントなど東京のマルチな情報を発信する「タイムアウト東京」。世界25ヶ国39都市で発行されているライフスタイル・マガジン「タイムアウト」の東京版で、渋谷の情報もふんだんに扱っています。このメディアを東京に導入したのは、タワーレコードの最高顧問などを務めた伏谷博之さんです。そのねらいや世界から見た渋谷の魅力ついてお話しを聞きました。
--「タイムアウト東京」の概要についてお話ください。
「タイムアウト」は、1968年にロンドンで生まれたライフスタイルマガジン。アートや音楽、グルメ、映画、イベントなど街の多様な情報を発信し、文字通り、「Time Out=外で過ごす時間」を促すメディアです。ロンドンのほか、ニューヨークやモスクワ、北京など世界25ヶ国39都市で発行されており、「タイムアウト東京」は2009年にサービスを開始しました。最大の強みは、各カテゴリーに精通した地元の目利きが情報を収集することで掘り下げた情報を提供していること。「Know more. Do more.」(「もっと知って、もっと行動しよう」)が世界共通のコンセプトとなっています。もともとは紙媒体のみでしたが、今ではインターネットでも積極的にサービスを展開しています。またタイムアウト東京では、タイムアウトとしては世界初となるブランド名を冠した「タイムアウトカフェ&ダイナー」というカフェを東京・恵比寿で運営しています。以前、タワーレコードの「TOWER CAFE」があった場所です。日本ではタイムアウトがあまり知られていないため、リアルなカフェをつくることで、認知度を高めたいという思いからオープンしました。
--いろいろなシティガイドがある中で、タイムアウト東京の役割とは?
もちろん、東京に住んでいる方への情報発信はメインの目的ですが、同時に英語、中国語(予定)のマルチリンガルで世界へ情報発信することで、海外の人々に日本のコンテンツを伝えることも重視しています。タイムアウトは、世界中のメトロポリタンに置かれています。そのネットワークの中に東京をプラグインすることによって、日本で生活する外国人や外国人旅行者などに情報を提供することを目指しているのです。実際、タイムアウト東京の英語サイトには、世界194ヶ国からのアクセスがあります。日本に比べ、世界ではタイムアウトのブランド認知度が非常に高く、タイムアウト東京のサイトにも関心を持つ方が世界中にいます。僕自身、ロンドンなどに行くと、タイムアウトを買ってライブやエキシビジョンをチェックします。タイムアウトは、地元の人たちにとって面白い情報を提供していますから、観光客向けではない街の魅力を発見する手がかりとなるのです。
--外国人は、どのような情報への関心が高いのでしょうか。
やはり「渋谷」のブランド力は大きいですね。年1回、世界中のタイムアウトのメンバーが集まるインターナショナルミーティングがあるのですが、彼らの多くが「日本に行ってみたい」と興味を持ってくれています。話をよく聞くと、特に行きたいと思っているのが、「フジロック」と「渋谷」のようです。フジロックでフェスを楽しんで、帰りに渋谷に立ち寄ってCDやレコードを買いたいと言うんです。海外ではリアルなレコードショップはどんどん元気がなくなっていますが、渋谷にはまだたくさん残っているという認識があるようですね。外国人観光客の旅先の定番としてはやはり京都でしょうが、タイムアウトの関係者はカルチャー志向が強いため、そのように渋谷に強い関心を持つのでしょう。
--外国人観光客を招く上で、これまでとは異なる視点が見つかりそうですね。
そうですね。以前、ロンドンとニューヨークのタイムアウトのエディターとカメラマンに一組ずつ来日してもらい、それぞれ北陸エリアと九州北部エリアを旅して記事にしてもらったことがあります。その際のユーザーアンケートでは、例えば、日本人が日常的に使用している陶器に興味を持つ方が少なくありませんでした。ミニマルなデザインが、とても良いと。日本人にとってはありふれていて当たり前のものが、実は外国人の興味を引くことはたくさんあると思います。今の外国人向けの観光誘致の施策を見ると、「ちょっと考えすぎではないか」と思う面がありますね。日本人の若者が面白いと感じているものを、そのまま見せるだけで魅力が伝わることも多いのではないでしょうか。
--タイムアウト東京をスタートした経緯についてお話ください。
タワーレコードで働いている時に、タイムアウトの情報を少し聞いたことがありまして。タワーレコードを辞めたときに、じゃあ次は何をしようかと考えるうちに、そういえばタイムアウトというメディアがあったなと。これを東京に持ってきたら面白いのでは、と思うようになったのです。というのも、東京や渋谷で大きなムーブメントが起こると、CNNやニューヨークタイムズなどが取り上げますが、恒常的に日本を報じるメディアは、外国人によく知られているメディアブランドの中には存在しなかったからです。そこで、タイムアウト東京をつくることで、日本のコンテンツを海外に紹介するインフラを整えたいと思いました。日本はコンテンツ大国ですからね。紹介する情報は山ほどありますし、それによって新たな日本のファンをつくり出し、観光客も増やしたいという思いがありました。そこでロンドンを訪れ、タイムアウトの創設者であるトニー・エリオットとの直接交渉に臨みました。他の都市では大手出版社がライセンス契約を結んでおり、私のような個人と契約を結ぶケースは例外的だったようですが、思いが通じてOKをもらいました。
--タイムアウト東京の読者層について教えてください。
Facebookでファンページに登録してくださっている方が1万数千人いますが、それを見ると、20〜30代の女性、40代の男性が比較的多いです。ただ、Facebookを利用していない読者については把握し切れていません。ちなみにロンドン版の調査では、タイムアウトの読者が一般消費者よりもライブや演劇に行く回数が非常に多いことが分かっています。おそらくは日本の読者も、同じようにアクティブに出かける層が多いのではないかと思いますよ。
--タイムアウト東京では、「渋谷でしかできない101のこと」(他、六本木や原宿など)というマップも発行していますよね。そのねらいを教えてもらえますか。
これはタイムアウトお得意の「to do」型の手法を用いたシティガイドです。一般的なガイドでは、「このカフェは北欧風の家具を配置しており……」といった紹介の仕方になりますよね。「○○でしかできない101のこと」では、例えば、「世界のウイスキーに酔う」「ソファの上でビートに揺れる」など、「○○をする」といったコピーから興味を喚起します。なぜマップという形にしたかというと、歴史が古いアナログなメディアですが、それだけに確固とした需要があるからです。外国人向けのフリーペーパーも出したことがあり、それなりに好評でしたが、やはりマップのほうが長く持ってもらえるんですよね。プラス、原宿のマップではテキスト情報のほか、AR技術を活用した動画を取り入れ、より詳しいインフォメーションを入手できます。渋谷版もゆくゆくはAR技術を導入する予定です。アナログとデジタルの融合により、より実用性の高いメディアをつくり上げることができると考えています。