1953年渋谷生まれ。弱冠17才でデビュー、天才ギタリストの出現と騒がれる。今田勝、渡辺貞夫、鈴木勲など国内ジャズシーンのトップ・グループに在籍し、70年代末の「イエロー・マジック・オーケストラ」のワールドツアーに参加、その名は一躍世界的なものに。80年代には大ヒット・アルバム 「トチカ」 をはじめ、フュージョン史上に残る伝説的作品を発表。21世紀に入りクラシック、コンテンポラリー、ジャズ、ロック、民族音楽などを自在に行き来するボーダレスなギタリストとしての可能性を披露。クラシックギターの金字塔「アランフェス協奏曲」全楽章のピック弾きによるオーケストラとの共演は、オール・ジャンルにおける前人未踏の挑戦として注目された。現在、NHK国際放送「J-melo」の準レギュラーをはじめ、メディアでも活躍中。洗足学園大学ジャズコース客員教授。
--それでは第6回渋谷音楽祭についてお話を聞かせてください。参加を決めた理由は?
「オーケストラと演奏してみないか?」というオファーをいただき、自分としても是非やりたい内容だったので参加を決めました。渋谷音楽祭には以前、日本のジャズマンの草分け的存在でもあり、自分の恩師でもあるベーシストの鈴木勲さんが出演されていましたから。
--どういう内容になるのでしょうか?
11月12日土曜日に、渋谷公会堂で東京フィルハーモニー交響楽団とスペインのロドリーゴという作曲家の作った「ロドリーゴ・アランフェス協奏曲」を演奏します。ギター協奏曲の中では最も有名な曲のひとつで、構成はギター一本にオーケストラです。実は昨年の七夕の日に、サントリーホールで別のオーケストラと同じ楽曲を演奏したことがあるんです。そして今年2月、新しいギター音楽のレパートリーを開拓しようと、村治佳織さんと村治奏一さんと一緒に「TOKYO ACOUSTIC 14 GUITAR PROJECT」というイベントを銀座のヤマハホールでやったのですが、その時にもアランフェスの曲を3人だけでやりました。そして今回も「アランフェスを」というお話で。そもそもこの協奏曲はオーケストラと一緒にやる必要があるので、ギタリストだったら誰でも演奏するチャンスがあるというわけではありません。これまで即興演奏が中心のジャズギタリストだった僕からすると、分厚い楽譜を暗記して本番に臨むクラシックギターの世界は全くの別物です。けれど「渡辺香津美でないとできないアランフェスの世界を作ってみたい」という気持ちが強くなり、ギタリストとして新たな領域に挑んでいるところです。
--リハーサルは順調ですか?
いや。クラシック音楽のリハーサルは、直前に1回だけ音合わせをするだけなんですよ。驚いたんですけど、「演奏できて当たり前」というのが彼らの大前提なんですよね(笑)。なので、ひとりで毎朝早起きしてプライベートスタジオで朝練しているところです(笑)。特にクラシックの場合、「音を外す」というのは致命的な行為ですから。でも研究していくと自分なりに工夫できる部分が存在するんですよ。もちろん演奏の大半は譜面に合わせ演奏しますが、アランフェス協奏曲にはギターソロのパートもあって、そこで自分なりの「寄り道」をしてみようかな、と考えています。今回は渋谷の街ですし、大いに「寄り道」してみようかと(笑)。
--では、クラシックというジャンルならではの素晴らしさは?
クラシックの音楽家と話をすると、「譜面があったとしても、同じ演奏を2回繰り返すことは不可能だ。やる度に毎回違う。それが音楽だ」と言います。毎回同じように演奏するのがクラシック音楽ではない、ということですね。ジャズの即興演奏とはアプローチが違いますが、譜面に書かれたことは情報の一部と捉え、そこに自分なりのセンスと解釈を加えていくことで勝負しようと彼らは考えているのでしょう。
--今回は渡辺さんの出身地での街ぐるみの音楽祭ですが、その中で演奏される気分は?
1997年にパリの「音楽の日」に参加しました。美術館で、街中で、あらゆるところでクラシック、ジャズ、ロックなどが演奏されていました。生演奏を聴くことはとても大切だと思います。生音との出会いが聴いた人の中に残って、徐々に醗酵して味わい深くなる。それが音楽の持つ魅力ですから。街中が音楽に包まれる。これが渋谷で再現できるのは素晴らしいことですよ。自分の育った街の音楽祭に参加することは非常に意味のあることと思います。ストリートで演奏するのも楽しいんじゃないかな。そのうちやってみたいですね。
--海外の音楽祭で感じることは?
数年前にヨーロッパのジャズフェスティバルを視察してまわったことがありました。海外の場合、だいたい1週間程度開催されるケースが多いです。街中に点在する大小様々な会場を巡りながら、地元のグルメを楽しめて、気軽においしい地元の酒も呑めて。音楽以外の様々な要素を楽もうとする解放感がヨーロッパにはありますね。演奏されるジャンルも本当に幅広くて、「音楽を愉しむ」という行為に垣根を作らない。これも彼らの優れた部分だと思いました。
--渋谷は渡辺さんが幼い頃からエンタテイメントの街でした。街がさらに影響力を増すには、または国際的な存在感を持つためには、何が必要でしょうか?
渋谷は交通の便は優れています。けれど、宿泊の選択肢はまだまだ少ない気がします。訪れた人がそれぞれのニーズやフィーリングに合わせて、もっと快適に宿泊できる場所が必要ではないでしょうか。それと、渋谷って結構広いからエリアごとにばらばらに分かれてしまっている印象が昔からあります。街に一体感を持たせる意味で、こうした音楽祭は今後も続いて欲しいですね。
--渡辺さんが今後、音楽という枠の中で実現したいことは?
僕は以前から「いち国民いち楽器」構想を提唱してきました。ギターというのは、音楽をはじめる上で非常に「入りやすい」楽器だから、みんなにギターを持ってもらえたらな、と常日頃から考えています。「君、ギター弾けるの?」って聞くと、だいたいの人がA、Cmのような基本コードくらいは押えられるような、「ギターが弾けて当たり前の国」を実現したいですね。まずは子供にと考えています。楽器も何なのか分からない年齢からギターに触れてもらって、音を聴いてもらって、格好いいと感じてもらって、ギターキッズを育てる。自分の身の回りではすでにはじめていますよ。ギター少年がケースを担いで何百人も渋谷に集まってきて、一堂に集まってセッションする…、昨年の渋谷音楽祭で押尾コータローさんがチャレンジした「アマチュアギタリスト109人とのコラボ」は素晴らしい試みだったと思います。これだけギターを弾き続けてきて、「こんなに楽しい楽器はない」と考えているので、次世代へ伝えていきたいと考えています。そのためにも、なるべく世界に出て色々なミュージシャンに出会って、僕自身を高めてゆきたいです。
--今年はどちらへ行かれましたか?
アイスランド、デンマーク、そしてパリに出かけて演奏しました。パリでは5月31日にジェーン・バーキンさんがシャトレー座で「S.O.S. JAPON」という日本の震災復興のためのチャリティ・イベントを開催してくれました。会場にはシャルル・アズナブールさんやらカトリック・ドヌーヴさんやら、俳優、若手のポップスターたちなどが集まって。みんなが日本のこと真剣に考えてくれているようで、本当に感動しました。7月に韓国の泗川で行われた「国際打楽器フェスティバル」にも参加しました。パーカッション80人が合奏している前で、ギターは僕ひとり。かなり気持ちよかったです。これまでも年に2、3回は海外へ出ていましたが、今年はひと月おきにどこかの国に行って演奏しています。せっかくギタリストとして生まれたので、世界の色々な人に演奏を聴いてもらいたいし、そこで受けたリアクションを日本に持ち帰り、また皆さんに聴いてもらいたい。こういうサイクルの中で自分をもっと成長させられたらいいですね。
--では音楽を離れて、プライベートで実現したいことは?
僕の場合、趣味が仕事になりましたから、今後も音楽に集中していきたいです。それと僕、旅行が好きなんです。この間フランスで演奏した際も、その後しばらく公私共にパートナーのワイフと一緒にオフで南仏の町を旅してまわりました。するとやはり、自分にはまだ知らないことがいっぱいあると実感するんですよね。だから今後も仕事にかこつけて旅をしては、そこで色々なものに出会って、どんどん見聞を広めていけたらな、と思います。
「こんにちは」・「ありがとう」・「ごめんなさい」をキーワードに、音楽を通して生きていることの大切さ、未来への希望を発信する音楽祭。ジャズ、クラシック、ロック、ダンスなど幅広いジャンルのライブが、渋谷公会堂をはじめとして、道玄坂や文化村通りなど屋外でも展開。渋谷の街が音楽に染まる2日間です。渡辺香津美さんは、11月12日(土)の渋谷公会堂のライブに出演します。
- 開催日:
- 2011年11月12日(土)、13日(日)
- 場所:
- 渋谷公会堂/マルイシティ渋谷・1Fプラザ/渋谷駅東口跨道橋/SHIBUYA109前/道玄坂通り/文化村通り
- 主催:
- 渋谷音楽祭実行委員会/NPO法人 渋谷駅周辺地区まちづくり協議会