1956年愛媛県生まれ。上智大学文学部卒業。大映・企画部入社後、製作部、助監督を経て、プロデューサーとして周防正行監督作品「ファンシイダンス」「シコふんじゃった。」等を手掛ける。大映退社後、磯村一路監督、周防正行監督、小形雄二プロデューサー(東京乾電池オフィス社長)等と製作プロダクション・アルタミラピクチャーズを設立。プロデューサーとして「Shall we ダンス?」「がんばっていきまっしょい」「ウォーターボーイズ」「スウィングガールズ」「解夏」「それでもボクはやってない」「歌謡曲だよ、人生は」「タカダワタル的0(ゼロ)」等を手掛ける。最新作は「ハッピーフライト」(監督・矢口史靖)、現在大ヒット公開中。エランドール・プロデューサー賞、SARV賞(年間最優秀プロデューサー賞)、藤本賞等受賞。
--桝井さんにとって、映画製作を続ける理由は何でしょう?
先ほどの「ビックリハウス」じゃありませんが、基本的には今世間に出回っていないものをやりたい。極端に言うとそれだけです。例えば僕らがジャニーズをキャスティングしようとしても、多分すでにその専門のプロデューサーがいらして、面白いものを作られると思います。結局出回ったもので競争していても勝てないし、そんな能力は僕たちにはありません。メーンストリームがあったら、僕たちはその脇でちょっと変わったものを見つけて「こういうのもあるよ」、だから「おこぼれちょうだい」っていう感じでやって来たつもりです。「Shall we ダンス?」のときから「ウォーターボーイズ」でも「スウィングガールズ」でも、いつも「何とか違った目線のものを」という気持ちでした。だから、逆に言えば今そういうたぐいのものは絶対作りたくありません。「スウィングガールズ」の後に「それでもボクはやってない」を作ったのも、自分たちにとっても真逆でした。何か、そういうやり方がすごく「自分たちらしい」。映画は、企画してから公開するまで最低でも3年ぐらいかかりますから。まず自分たちが面白がらないと辛いだけになってしまう。それが結果的にビジネスとしても成立すればハッピーなんですが(笑)。
--渋谷にいる人間としては、その出会いをただ喜ぶだけでなく、もっとその深さを受け止めないといけませんね。
劇映画は、台本を作った段階で8割方完成作品が一つの構造として見えてしまう。ですから後はそれを現実的にこなしていくという作業になる。だけどドキュメンタリーは、本当に完成するのかどうか分からないでやっていくスリルがあります。最新作は、公開前ですが、こまどり姉妹さんという歌手の方のドキュメンタリーです。これも3年ぐらいかけてやっと完成しました。お二人が健康ランドとか、いろんな場所で歌うのを追いかけて、それに昔の彼女たちの資料映像を組み合わせています。そんな風に1本ずつ、仕事なんだけど仕事じゃない楽しみをちゃんと持たないと、映画作りは続きません。「ウォーターボーイズ」も直感でやろうと決めたし、「スウィングガールズ」もそうでした。何か自分の中でモチベーションが出てきて、会社の体力的な問題とのタイミングが合ったときに始めます。やはり映画1本やると、会社も含めて体力がすり減りますから、しばらくおとなしくして、エネルギーを蓄えていくという感じです。そのときにどんな企画と出会えるかも相性かなと思っています。
--「ハッピーフライト」の制作がスタートしたきっかけは?
これも取材に2年以上かけました。取材と言っても、初めは映画にするつもりの取材ではありません。ほかもそうですが、最初から「この映画を作るので取材を始めます」ということではなく、取材しながら映画の企画として目処が立つかどうかを見極めていきます。特に「ハッピーフライト」の場合は飛行機の問題がありましたから。果たして協力してくれる航空会社があるのかないのか、なければどうするのか…そういう交通整理を1年前位にやって、それでやっと目処が立ったという感じです。「それでもボクはやってない」を昨年公開して、その後この「ハッピーフライト」の準備をしていました。今取材中のものについても、それが10年後、20年後に映画になってもいいと思っていますし、もちろんまったく何にもならないこともあります。
--プロデューサーの仕事は、映画にとってどういう作業でしょうか?
一番地味でいい仕事だと思います(笑)。映画では、表に出てやる仕事は限られていて、裏では、現場のスタッフや、役者さんを経済的に守らなきゃいけない。ギャラを支払うこととか、約束したスケジュールに撮影を終わらせることとか…とにかくそういうことに対する責任を背負って、監督や役者さんたちにそういうことを忘れてのびのびと仕事をしてもらうという仕事をする環境をつくる仕事です。しかもそれを事業として成立させて、最終的にみんなでハッピーにならなきゃいけない。楽しいことをやるためには、誰かがこの責任を負わなければいけません。ただ、逆にそういう意味では、この仕事は、社会人として普通に仕事をされている方であれば、やりやすい仕事じゃないかとも思います。映画を1本作るごとに会社を作って、つぶしているような感じもありますが…。特にアメリカの場合、ほとんどそういうシステムです。今回、どういうスタッフィングにしようか、キャスティングにしようかというような段階で、その作品のイメージをどんどん膨らませていく。何か非常に人間的で経済的な矛盾とストレスだらけの仕事だと思います。
--プロデュ―サーという仕事でのストレスはどのようなものですか?
最初は、この仕事は映画を1本ずつやりながら徐々に熟練していくものだと思っていました。でも実際、そう上手くはいきません。前回上手くいったことが、今回は上手くいかないことが多々あります。でも、よく考えたらこの仕事で「上手くいかない」のは大前提なんですよ(笑)。むしろ「物事が上手くいくなんていうことはあり得ない」中で、最小限の被害で食い止めることが重要なんです。でも若いころは「すべてが計算通りで完璧だなんてあり得ない」ということが分かりませんから。日々経験を積んでいくと、上手くいかないってことが分かる分だけ、1本やるごとにこの仕事の難しさを感じます。奥深いというか、経験があまり通用しない仕事です。よくこういう話を学生さんの前でしますが、経験談としては話しますが、多分役には立たない。だから僕も、立場としては「今度初めてプロデューサーやります」という人と全く一緒だと思います。出来上がった映画も、別に経験のある人が作ったものがいい訳ではありませんし…。僕らの仕事は、現場のカメラマンでも、スタッフでも、そうだと思いますが、10年やっている、20年やっていると、経験値で語りたがるんです。でも、それって一番くせ者だと思います。だって、映画現場を経験してない新人の監督が、突然傑作を生み出したりする世界ですから。「僕たちが能書きをたれることで、そういうチャンスの芽を摘むことがありうるんだ」という感覚があるので、自分は常に新人なんだ、常に学習しないといけないんだ…常々そう思っています。格好よく言っているのではなく、現実的にそうなんです。
--若い人に人気の作品も多いですね。これからどんな作品を作っていきたいですか?
僕は52歳ですが、自分の世代感覚でものを作っているので、どちらかと言えば上の人にちゃんと見てもらいたいと思っています。でも「ウォーターボーイズ」を作ったときも、結果的には若いお客さんが多かった。渋谷を歩いている人たちに、ちょっと一発かましたいなっていう気持ちはありますが(笑)…若い人にはこびていないつもりです。今度の「こまどり姉妹」も、お二人はもうおばさんなんです。こんなものは若い人は普通見ない。ですが、見せたら絶対にすごいと思うものになったので、僕たちの世代が若い人に挑戦状を…という気持ちはあります。ネタとしては歌謡曲とか古いものが多いのですが、でも「こっちの方が面白いこと知っている」という気持ちがエネルギーになっているもので、ノスタルジーはやりたくない。逆に言えば、若い人にこびるということ自体がもうダメなんじゃないかな。若い人はそんな甘いものじゃない。彼らを追いかける気は毛頭なくて、彼らに「もうついていけません」と言われたら、「遅れてんだよ」というようなものを作りたいなと思っています。
--渋谷で気に入っている場所はありますか?
渋谷公会堂。今のC.C.Lemonホールですね。この間もこの「ハッピーフライト」の音楽をやってくれたミッキー吉野さんのゴダイゴの公演があって行きました。やっぱり渋谷公会堂って、ずっと通ってきたし、世の中が変わってもちゃんと残っていてほしいなと思います。いろんな時代・世代も含めて、一つの日本の音楽の歴史を刻んでいますから。キャパも含めていいホールです。あそこには区役所もあるし法務局もある。そう言えば、スペイン坂を上がった所にある映画館も、以前はラブホテルでしたね。もともとスペイン坂は今みたいな表通りじゃなかった場所なので、いまだに何となく不思議な感じがします。
--ハチ公物語でも、若い方だけの物語でもない、そんな渋谷の映画が見てみたいですね。
僕らも毎日渋谷にいるわけだし、ロケ場所だっていろんなアイデアが出てくる。毎日、生活しながら撮っていてもいいかな…なんて思ったりもします。メディアでは、センター街とか、飲食店とかばかりが取りざたされますよね。それはそれでいいけど、それだけではないですから。せっかくオフィスがあるこの渋谷で、究極的には映画を作りたいなというのは、ずっと思っています。宿題ですね(笑)。
--渋谷の街に、どんな未来を期待しますか?
東急本店とかはやはり文化村通りのシンボルですし、ああいうものは(どこか他の場所へ)移ってほしくありませんね。渋谷はいろいろなところで開発が進んでいて、その度に僕らが日常生活を送る中で日々の楽しみの一つだったものが一つ一つ消えていくのは寂しい。例えば、今度無くなっちゃう新宿のコマ劇場にしても、歌舞伎座にしても、いい悪いは別にしてシンボルですから。だから渋谷はぜひ、街の構造を大幅に変えないでほしいなと思っています。
ハッピーフライト
2008年/日本/103分/配給:東宝/©2008 フジテレビジョン・アルタミラピクチャーズ・東宝・電通
2001年「ウォーターボーイズ」、2004年「スウィングガールズ」で日本中に笑いと涙と爽やかな感動を届けてくれた矢口史靖監督の待望の最新作はドキドキわくわくがいっぱい詰まった最高のハッピー・ヒコーキ・ムービー!誰も体験したことのない極上のフライトへ TAKE OFF!!
【渋谷エリアでの公開情報】
現在、渋東シネタワーで公開中(12月19日まで)。20日からヒューマントラストシネマ渋谷(アミューズCQNから改名)で上映予定。