1971年東京生まれ。1995年慶應義塾大学環境情報学部卒業。1998年筑波大学大学院修士課程終了。1999年ポーラ美術振興財団の助成を得てカールスルーエ造形大学(ドイツ)に留学。1996年より久納鏡子さんとの共同制作を開始し、「Ars Electronica」をはじめ、国内外で多くの展覧会に出展。メディア・プロダクツ・ユニット「minim++(ミニムプラプラ)」としても活躍。2004年、有限会社plaplaxを設立。メディアアート分野にとどまらず、遊び心あふれるプロダクトや絵本等も発表している。
--渋谷とアートの関係についてもお聞かせください。
浮世絵が庶民の文化であったように、西欧的な発想で美術館に足を運ぶと言うよりも、もっと街の中から湧き上がってくるものの方が日本では受け入れられるのかもしれませんね。そういう意味では、広義の「デザイン」カルチャーなども日本の表現活動の形としてアリなのかもしれません。僕らがやっていることも20世紀のアートというくくりではなく、新しい概念を作らないといけないのかもしれませんし、それに渋谷という街がマッチするのかもしれないですね。街というのは固定されたものではないと思うので、常に何かをクリエイトしていく、そういう場になっているのではないでしょうか。必ずしもそれがメインストリームになるわけではなく、流行で終わることもあるでしょうが、その時その時で何かを発信していこうという力はありますよね。
--メディアとしての渋谷はどう思いますか?
いろんな流れが交差しているところ、クロスポイントになっているところがメディアとして大事なところだと思います。自分たちの活動をとっても、コンテンポラリーアート、デザイナー、高校美術の教科書、絵本など、いろんな文脈でピックアップされることがいかにも渋谷的だと思います。クラブに来る若者、クリエイター、買い物に来たお母さんなど、一つの客層ばかりではないというところが、表現を出す側としては面白みがあるところですね。伝統工芸的にある区域の中に閉じこもって、その場所を一つの流れに入れていくというパターンではなく、ひとつのことからもっといろんなカルチャーに関わっていくという表現活動をしていく人には大事な場所です。
--渋谷の課題などがあればお聞かせください。
海外で行われるフェスティバルというと、街全体、道を歩く人全員がそのことを知っているような印象がありますが、東京は街が特に広いこともあり、なかなか街全体が認知する──というようにはいかないのではないかと思います。それとは矛盾しますが、夢としては、渋谷を何か一色に染められたらいいなと思います。ある時期にすっとみんなが共通の目的で集まる、そういうことがあるといいですね。ウルトラ兄弟大集合みたいな感じで(笑)。
--渋谷の未来は、どういう街になれば面白いでしょうか?
「デジタルアートの総本山」などとイメージを一つに決めないで、放射状に広がるところであってほしいですね。そこに時々、きゅっと集まるポイントができれば、それが渋谷の存在価値であるように思います。そういう意味では「渋谷音楽祭」が何でもありなのはいいと思います。ストリートが一本違うと全く雰囲気が違う──そういう感じがいいですね。ある期間、渋谷の街が一つのカラーに染まる、「渋谷音楽祭」を皮切りにそういうイベントがいくつか出てくればいいなと思います。「渋谷音楽祭」の時期になるとピンクの猿が空から舞い降りてきてジャックする、そういうイメージですね。
--今後の活動予定などを教えてください。
10月には、ソウルのアートセンターで「DESIGN MADE」という展覧会に出展します。10月25日にグランドオープンする大崎の「ThinkPark」というビルのオープニングイベント(〜10月28日)では、バルーンを使ったインタラクティブな屋外インスタレーションを展示します。また、汐留にあるShiodomeitaliaクリエイティブ・センターでは、10月25日〜11月4日まで「ムナーリへのオマージュ」展に特別出展します。10月27日からは長野県信濃美術館というところで、「五感でアート展」という展覧会に参加します。こちらの美術館では、11月から5回に渡って、毎月ワークショップを開催することになっています。11月8日〜12日は、NYで、Asian Contemporary Art FairにGalerie Teoのブースで作品を出展します。11月9日〜1月1日はシンガポールのSingapore Science Centreというところで、メディアアート関連の展示を行います。12月には恵比寿の東京都写真美術館で「文学の触覚」という展覧会に新作を展示する予定です。