塚本忍さん 1974年、東京都文京区生まれ。書店で3年ほどのアルバイトを経験後、1998年、阪急リテールコミュニケーションズ(現在の阪急リテールズ)に入社。ブックファースト渋谷店の開店メンバーに参加。B1フロア、および仕入れの担当を経て、2003年に仕入企画グループの立ち上げに参加し、ブックファーストチェーンMDの拡売に尽力する。そして2006年3月に渋谷店副店長に就任。
--渋谷店では、イベントなども充実していましたよね。
サイン会はもちろん、アーティストやミュージシャンを招くなど、色々と企画しましたね。一時期は、毎週末、イベントを開いていたと思います。渋谷店を懇意にして下さる作家さんが少なくなかったのも、サイン会を活発に催せた要因ですね。そうしたイベントを通じ、出版社とは信頼関係が生まれますし、さらにテレビなどのメディアとの関係も、会社の方針として重要視してきました。たとえば、週間の売れ筋ランキングでは、イベントなどで一時的に売れ行きが伸びた本を外し、一般のお客様の参考になる情報を配信しています。さらに、テレビなどの取材協力の依頼には、忙しさを理由に断る書店が多いなか、ブックファーストでは原則的に応じることにしています。メディアとは持ちつ持たれつの関係にあると考えていて、たとえば、本探しの時にテレビで見たのを思い出して「まずは、ブックファーストに行ってみるか」となることもあるでしょう。そのように、出版社、メディア、そして一般のお客様とのそれぞれと良い関係を築けたことは、渋谷店にとって大きなプラスになったと思います。
--近年、大盛堂書店や旭屋書店渋谷店など、書店の閉店が相次いでいます。渋谷での書店経営は厳しいのでしょうか。
新宿が大きなデパートで成り立つ街であるのに対し、渋谷は東急や西武があるとはいえ、路面店や雑居ビルが中心の街ですよね。だから、他の街に比べ、回遊性がずっと高い。誰もが街なかをブラブラと歩いて買物をするからでしょうか、渋谷には駅直結の大型書店が存在しない。これはターミナル駅としては非常に珍しい状況です。その点は、渋谷での書店経営の難しさを表しているのかもしれません。さらに、ここ10年ほどで、書店が頻繁に入れ替わりましたが、その背景には開発などによって人の流れが変わったりして、固定客が離れるなどの動きも影響しているのでしょう。
--渋谷店の閉店後にオープン予定の「渋谷文化村通り店」のコンセプトなどについて話していただけますか。
2007年10月中旬に渋谷店を閉め、道玄坂下交差点近くの「渋谷第一勧銀共同ビル」の地下に「渋谷文化村通り店」をオープンします。売場面積は渋谷店の4分の1ほどの約200坪ですが、東急田園都市線の渋谷駅から直結という利便性を生かすとともに、渋谷店の9年間で培ったエッセンスを継承した店づくりを進め、「やっぱりブックファーストは、他の書店とは違うな」と思っていただける店舗にしたいですね。特に、渋谷店の特徴であった「文化的な発信」には力を入れたいと思っています。それから、書店同士の横のつながりを活発にすることも、今後の課題ですね。良い意味での切磋琢磨はお互いが無関心では生まれるはずがありません。そのような姿勢で渋谷の書店全体を盛り上げていければと考えています。
--塚本さんと渋谷との付き合いを教えていただけますか。
両親も渋谷が好きで、幼い頃から家族で買物や食事に来ていました。プラネタリウムを訪れた記憶もありますよ。今と比べて、昔はもっと家族で楽しめる街だった気がします。その後も渋谷との付き合いは続き、とくに洋服などのショッピングやレコード屋巡りなど、カルチャー的な側面に親しむようになりました。ブックファーストの前にアルバイトをしていた書店も渋谷でしたから、ホントに子どもの頃から渋谷とは縁の深い生活を送っていますね。
--今後、渋谷には、どのような街になってほしいでしょうか。
以前に比べ、渋谷は安全になりましたよね。今ではセンター街を一人で歩いても怖さを感じることはありません。しかし、安全さを求める反面、同時に渋谷の良い部分もそぎ落としているのではないか──と感じるのは私だけでしょうか。人が何を求めて渋谷を訪れるのか、そういう視点を忘れず、魅力的な街づくりを進めてほしいと思います。また、「元気がいいな」と感じる都市では、街ぐるみの取り組みが目立ちますよね。昔は渋谷でも東急や西武が音頭を取って街全体を盛り上げる動きが活発だったと思いますが、最近はそうした取り組みが見られなくなりました。この夏には、渋谷では大きなイベントは開かれませんでしたし、今では東京国際映画祭のメイン会場も六本木に移ってしまいました。個人的には歩行者天国がなくなったのも残念でなりません。今の渋谷には、「街全体」を重視した街づくりの復活が求められているのではないでしょうか。