小西康陽さん 1959年札幌市生まれ。青山学院大学卒業後、1984年にピチカート・ファイヴを結成。リーダーとして2001年の解散まで在籍した。1990年代には「渋谷系」といわれるムーブメントの中心として、国内のみならず、欧米でも高い人気を博する。現在は、2000年の「慎吾ママのおはロック」をはじめ、プロデューサーとしても活躍。また無類のレコードコレクターでもあり、都内や海外のクラブでDJとしても活動している。
--ピチカートファイヴは「渋谷系」と呼ばれるジャンルの中心にいました。この渋谷系という音楽をどう捉えていますか。
メンバーの高浪さんが最初に「渋谷系」という言葉を使ったと言われていますよね。僕自身、この言葉を初めて聞いた時はピンと来なかったけど、今、当時を振り返ると、やはり一時期のムーブメントだったのでしょう。あの頃の渋谷は、買い手はもちろん、ミュージシャンも売り手も誰もが大の音楽ファンで同じ目線を共有できた。バイヤーにはすごくパワーがあったし、リスナーは誰もが音楽マニアだったし。「これは良い音楽だから伝えたい」という一人ひとりの熱い気持ちが、ああいう形のムーブメントを起こしたのでしょうね。すごく珍しい形だし、貴重なムーブメントだったと思いますよ。今ならネットで簡単に情報を伝えられるけど、ネットの伝播はどうしてもクールになるでしょう。だから今の時代には、残念ながら、あのような熱いムーブメントは起こらないかもしれませんね。
--今回、新たに出されたコンピレーション・アルバムも渋谷系の音楽が中心ですね。
2枚組の1枚目は、そのものズバリ、渋谷系のヒットアルバムと言えるし、2枚目はその精神を受け継いで独自の音楽を作っているミュージシャンたちの傑作集になっています。そのように分ける意図はなかったのだけど、まずは時間軸で並べて少し動かしたら、結果として今の形になりました。選曲は難しかったですよ。後から「あのアーティストも入れれば良かった」と、思うことは多いし。2枚目の選曲は、テンポもスタイルも本当にバラバラで、その感じが渋谷の若者のスタイルには合っているかな、という気がしています。
--今後、渋谷には、どのような街並みを保ってほしいと思いますか。
混沌としているのが渋谷の良いところですよね。この街には以前から小さいシアターやレコード店、ホールなどが沢山ある。小さいところが多いということは、つまり、まだブレークしていないモノがたくさんあるということでしょ。僕はそういうところから文化が生まれると思う。そういう視点を忘れなければ、街づくりは大きくぶれないのでは。パリを訪れると、いまだに小さなブティックが沢山あるでしょう。あれがすべてチェーン店だったら、つまらないですよね。そうは言っても、最近の東京では、大規模なビルを中心に街が造られるケースが多い。一つの企業の戦略で街全体が左右されるのは、経済のしくみとしてはやむを得ないのかもしれないけど、大きな危険を伴うことは避けられない。失敗したら人が集まらずに荒廃するでしょうし、お金持ちだけを受け入れて他を排除する街になってしまう危険性もある。街づくりを仕掛ける企業が、どこまで文化的に太っ腹でいられるか。何かを一方的に排除するのではなく、容認する考え方を持ちながら、ある秩序を形作るという姿勢が街づくりに携わる人たちが携えるべき倫理だと思います。
--今後、渋谷の街とは、どのような付き合いをしたいと考えていますか。
僕らの歳になると、落ち着いて食事や買物をする街は銀座だけど、考えてみれば渋谷は若者にとっての銀座なんですよね。最近は、渋谷を歩いている若者を恥ずかしくて見られないことも多い。「昔の俺たちはこんなだったのか!」という気持ちになってしまって(笑)。いつの時代でも若者は同じなんですよね。彼らも昔の僕らと同じように渋谷でエキサイティングに過ごしている。だから、渋谷に対し、若い頃に楽しませてもらったお礼として、今の自分にできる形で恩返しをしたいなという気持ちがあります。やはり、音楽を通しての貢献になりますかね。とにかく、渋谷の街のエキサイティングな要素を強められる何かをもたらしたい。今も昔も、僕は渋谷が大好きですから。
「bossa nova 1991: shibuya retrospective」
(コロムビアミュージックエンタテインメント/3,675円)
小西さんが選曲を担当し、2007年8月8日にリリースした2枚組の「渋谷系」コンピレーション・アルバム。1枚目は、フリッパーズ・ギター、オリジナル・ラヴ、ピチカート・ファイヴ、ラブ・タンバリンズなど、渋谷系ムーブメントでリアルタイムに活躍したミュージシャンの作品が中心。2枚目はサニーディ・サービスやFantastic Plastic Machineなど、渋谷系の音楽を受け継ぎ、発展させているミュージシャンの良曲が並ぶ。ライナーノーツも小西さん自身による執筆。まさに渋谷系の魅力を凝縮した一作。