李鳳宇(リ・ボンウ)さん 1960年京都府生まれ。朝鮮大学外国語学部卒業後、パリに遊学。89年にシネカノンを設立。現在の直営映画館は、渋谷シネ・ラ・セット、渋谷シネ・アミューズEAST&WEST、アミューズCQNシアター1・2・3、シネカノン有楽町、シネカノン神戸1・2など。映画プロデューサーとしても、初プロデュース作品「月はどっちに出ている」をはじめ、「ビリケン」「のど自慢」「ビック!ショー・ハワイに唄えば」「パッチギ!」「フラガール」「魂萌え!」など数多くの作品の製作を手がける。次作の「パッチギ!LOVE&PEACE」はアミューズCQN、シネカノン有楽町などで5月19日から公開予定。今年4月17日には、映画文化の発展に功績のあった人物などを顕彰する「第16回淀川長治賞」を受賞した。
アミューズCQNや渋谷シネ・アミューズなど、数多くのミニシアターを運営するシネカノンの李鳳宇さん。各館で個性的な作品を紹介し続ける一方、李さんは初プロデュース作品「月はどっちに出ている」(92年)を皮切りに、近年では大ヒット作「パッチギ!」(04年)など、映画プロデューサーとしても多くの作品を世に送り出してきました。その李さんの渋谷に対する思い、また5月19日公開予定の「パッチギ!LOVE&PEACE」の見どころなどを語っていただきました。
--渋谷に映画館を作ろうと考えた理由をお話ください。
最初に作った映画館は94年12月にオープンした渋谷シネ・アミューズでした。インデペンデントの個性的な映画を上映するのにふさわしい場所を考えた時、「渋谷しかないな」と直感したんです。それはなぜか。そのころ、すでにシネマライズやユーロスペース、Bunkamuraのル・シネマなど、アート系のミニシアターが登場していて、集積効果を望めたこともありました。しかし、それ以上に重要な理由が渋谷の街の文化的な事情です。10代から40代までの幅広い世代が「遊び」をキーワードに街を捉えた時に、最初に頭に浮かぶのは、おそらく渋谷でしょう。この街には、映画館や芝居小屋、ライブハウス、飲食店など、世代を選ばないさまざまな文化が根付いている。1000席以上のコンサートホールと、100席に満たないミニシアターとが隣合せで存在し、オペラを観ることもできれば、マイナーなイラン映画も観られますからね。そういう意味では、渋谷の文化的なキャパシティは、ものすごく広い。だったら、ミニシアターも十分に受け入れられるだろうと考えたのです。これまで、渋谷シネ・ラ・セットやアミューズCQN、また「BAR CHE」や「空と風と星と」などの飲食店も含めて業務を拡大して来られたことを考えると、その考えが間違っていなかったと実感します。
--渋谷は文化的に独自性を持った街なのですね。
渋谷のような街は世界中を探しても、そう簡単には見つかりませんよ。あえて挙げるなら、パリの二区や六区、十六区といった界隈とは、少し似ていると言えるでしょうか。少なくとも、日本には同様の街はありませんよね。たとえば、銀座にも文化的な施設は数多くありますが、日生劇場にしろ、宝塚にしろ、そこにあるのは大衆を対象としたメジャーな文化にほかなりません。もちろん、渋谷にも、そうした文化は存在しますが、同時にインディーズ文化も抱えているでしょう。両面を持ち合わせているのが、渋谷のポテンシャルと言えます。ではなぜ渋谷は、これほど文化的に豊かな街になったのか。さまざまな理由が考えられますが、その一つには東横線の存在が大きいのでしょうね。横浜へと通じる東横線沿線は文化度が高く、そういった住民が集まりやすいことが文化的なポテンシャルを底上げしているのではないでしょうかね。この先も、渋谷が日本の文化を率先する街であり続けることは間違いないでしょうね。
--渋谷のなかで、個人的にお好きな場所はどこでしょうか。
僕は公園が大好きなんですよ。渋谷のなかでは、とくに鍋島松涛公園がお気に入り。毎年、必ず、花見に訪れます。適度な広さがあって、桜が美しく、ベンチでのんびりとできて、散策にはぴったりの場所ですよ。他には、西郷山公園なども、よく散策します。
--今後、さらに渋谷が発展するのは何が必要でしょうか。
渋谷が幅広い世代に支持されていることは間違いありませんが、このところ、若者に少し偏っている印象も否めません。少子高齢化を考えると、40代や50代を呼び返すことが今後の課題になるでしょうね。街というのは廃れるときは早いですから、この問題には渋谷で商売をする皆が本気で取り組まなくてはならないと思います。では、大人に避けられないようにするには、どうすればいいのか。難しい問題ですが、一つには駅前のスクランブル交差点の混雑を緩和することが必要かもしれない。渋谷は地形上、駅を降りた人々が分散されず、あの交差点に密集します。余談ですが、駅前交番の警察官は、地方から訪れた人に「今日は何か祭りでもあるんですか」と、月に何十回も尋ねられるそうですよ(笑)。僕としては、スクランブル交差点の光景には渋谷ならではの面白さでもあると思いますが、人とぶつかって不快を感じる方も少なからず存在するようです。たとえば、地下や上空に分散させるスペースを設けるなど、何か方法はないものでしょうか。
--渋谷には、どんな街であってほしいでしょうか。
やはり日本のティーンエージャーにとっての憧れの街であり続けてほしいですよね。今の渋谷にはマイナスイメージもありますが、そうした要因を払拭し、新しさや活気があふれているプラス要因を発信し続けてほしいと思います。それに向けて、微力ですが、僕も協力したいですね。