デザイナーやエンジニアの領域を守らず、クロスオーバーしてほしい。
_BAPAについて詳しく聞いていきたいのですが、そもそも言い出しっぺはどちらだったのですか?
伊藤:二人でお酒を飲んでいたときですね。
朴:そうです。やっぱり会社の代表同士だと「最近、いい人いないよね」みたいな、人材の話などが出てきて。
伊藤:「あそこも人探しているらしいですよ」とか、「人材を探すのはなかなか大変だよね」という話がきっかけだったと思います。その流れで人材育成、教育の話につながっていきました。
_それ以前から、お二人は仕事などでお付き合いがあったのですか?
伊藤:2005年くらいから?
朴:仕事で一緒になってから仲良しになって。スタッフ同士も個別に仕事をしていて、大きな意味で言えば、同志みたいな関係です。BAPAを立ち上げて「業界を変えちゃおうか」みたいな、そういうノリですかね。
_BAPAのコンセプトは「アート&コード」。お二人は「アート&コード」で苦労された経験や、もっと出来たら良かったなと感じることはありますか?
朴:いや、それでいったら僕は両方ともできないですから。
伊藤:僕もそうです。
朴:逆に言えば、分からないから出来ることもあります。両方できないとそれぞれを別のものとは考えず、たどり着きたいこと、素でやりたいことを純粋に方向付けられるという利点があるように感じます。ただ、いざエンジニアやデザイナーに発注しようとすると、各スタッフは自分の領域を下手に守るんですよね。だから、そのボーダーラインを超えられるスタッフが求められます。エンジニアだけど、「おまえ、もっと絵を良くしろよ」とか、デザインに対してコミットすることが必要なんです。正直、「アート&コード」両方を身に付けられるのは、本当に限られた人だけだと思うのですが、自分のコミットできる領域を広げていくということが大事だと考えています。
伊藤:僕も大学時代に映画を作っていたんですが、映画学科じゃないし、文系だけど、パソコンを秋葉原に買いに行っていました。初めてMacを買いに行ったときは、えらい高くて。1回帰ってきて、バイトして80万円のローンを組んだんですよ。
_ええっ、学生で80万円って大金ですね。
伊藤:映像編集がしたくて。SONYのビデオカメラとPower Mac 8100とか、Quadra(クアドラ)とか、それぐらいのスペックじゃないと動かなかったんです。それでも5分間の映像を作れるのが、本当にギリギリでしたね。しかも、レンダリングに10時間とか平気でかかるし、朝起きたらフリーズして全然駄目だったとか…。もう、そんなのが当たり前で、とてもやっていられないような時代でしたが、それでも独学で試行錯誤していました。
朴:そうなんです。僕もまさにMacのIIciを120万ぐらい出して買いましたから。
伊藤:ねえ、そういう時代でしたよね。それが今はMac10万円、もう僕の8分の1じゃないですか。
朴:本当だよね。最初、僕が会社を作った時は文系・美術系の人が多くて。自分でFlashを覚えたりとか、文系や理系、エンジニアという区分けはなくて、思い付いちゃったからやってみようみたいな感じで。それが時代と共にツールがいろいろ高度化してしまい、分業化が進んできたという経緯があります。
_かつてのように一人で何でも出来るようになれば、もっとクリエイティブの可能性が広がると思いますか?
朴:そうですね、マインド的にはそういう感じです。ただ、今チャレンジできることが10年前と比べて大幅に広がったので。正直、10年前は一人でもホームページが作れましたが、現在は本当にいろんな技術が求められていますので、そうはいかない。全く違う業界、たとえば農業と一緒に何かできるかとか、結局はクロスオーバーすることがとても大事だし、可能性を広げてくれるものだと感じています。
伊藤:僕は美大で教授をしているのですが、初年度、大学に行ったときに若い学生たちが全くコードに関心を持っていなくて。コードを覚えるだけで、表現の可能性が広がるのにもったいないと感じ、授業で取り組み始めたんです。最近では「パフュームみたいなことがやりたい」とか、ライゾマの真鍋くんがアイドル化しているほど。クロスオーバーすることで、かなり化学変化が起き始めているのを実感していますね。
_今、お二人は40代、業界を引っ張っていく立場だと思います。なぜ、こういうお忙しい時期に、後進を育てようという気持ちが湧いてきたのでしょうか?
朴:面白いことをしたいから、面白いことができる人と仲良くなりたい。また、そういう人が育ったら楽しいなと純粋に感じたことが大きいですね。
伊藤:僕は一人で大学行きながら、自分でコソコソやっていたわけですが、当時はロールモデルというか、見本がなかったんですよ。学生時代にイメージフォーラムという映画学校に通っていたんですけど、イメージフォーラムでは映画は教えてくれるけど、インターネットは全く教えてくれなかった。やはり、教育機関の問題はとても大きいと思う。たとえば、大学だったら映画学科はあるけど、デジタル映画学科はないし…。表現の可能性を試したいんだけど、どうやって何をしたらいいのか全く訳が分からない。手探りでいろんな本を買って来て「ああ、そうなのか」とか…、ものすごく手間というか時間がかかっちゃう。そういう行き場のない学生が有象無象いるんですよ、だからBAPAが必要なんです。僕たちが教えることで一気に花開いたりするのかなと思っています。
朴さん、伊藤さんは自らの経験から「文系」と「理系」、「デザイナー」と「エンジニア」など、既存の教育システムの枠に囚われず、行き場のない学生たちの受け皿としてBAPAを立ち上げたという。
喧嘩して、嫉妬することが大きなモチベーションに変わっていく。
_昨年12月に生徒募集を開始して、1月までに最終的には何人ぐらい応募があったのですか?
伊藤:100人弱ぐらい。そのうち、課題に合格したのが31人です。
朴:学費が「8万8千円ですよ」と言ったから、正直、「高い!」と感じて来なかったらどうしようかなと思っていたんですが、予想以上に反響があって驚いています。
伊藤:来ている生徒はものすごく頭もいいし、作りたいという欲求もすごい。でも、大学の専攻や学部とかを見ると、「アート&コード」を学んでいる学生は一人もいないんですよ。例えば、東大とか、早稲田とか、全くデザインもコードも関係ない学生ばかり。要するにそういう学生たちは沸々とマグマを溜めていて、きっとここにたどり着いたのだと思うんです。
朴:日ごろ制作物にまみれているので、正直、入試課題の作品は「なんだこりゃ」というものが多かったです。でも、「才能の原石」みたいなものは感じましたね。
伊藤:朴さん、僕が大学で作っていた自主映画なんて、くそですから。絶対に誰にも見られたくないし、棺桶まで持っていって「そのまま燃やしてほしい」って遺言に書きますもん。だから、レベルは一緒ですよ。
朴:そうですね(笑)。すごい頑張ってくれているのも分かったので、これは応援したいなという気持ちにさせられました。
_約4カ月近くこの授業を進めてきて、何か感じたことや気付いたことはありますか?
朴:やや優等生が多くて、反骨精神をむき出しにするような人はいない。チームのメンバーと喧嘩もせず、むしろお互いに遠慮し合っているみたいなところがあります。本当は、喧嘩とかしてくれればいいのにと思うんだけど。
伊藤:そうなんですよ。あえてグループワークを取り入れているのは、仲間の才能に嫉妬するからなんです。僕はイメージフォーラムで映像を学んでいた時に、同じクラスの中に東大の映画サークルのやつがいて、そいつの才能にすごく嫉妬していまして。グループワークをやって、何回か習作するじゃないですか。そいつの脚本の方が面白くて、選ばれる回数がそいつの方が多かったんですよ。それがもう嫌で、僕は手伝いたくなくなっちゃう。でも、グループワークでは当然だと思うんです。表現欲求が強ければ強いほど、「俺の脚本で俺がディレクターやってやるんだ、お前ら手伝え」というのが、本当はやりたいわけじゃないですか。人の作品の手伝いとか照明はやりたくないし、ある種トラウマ。まぁーそういう、グループワークでは人間関係でいろんなことがありますから、それがいい経験になると思う。当時の嫉妬、つばぜり合いのような経験のおかげで、いまクリエイティブ・ディレクターとして大工の棟梁のような仕事をやれているんだと思います。
「渋谷やばいよ」という衝撃がなければ、つくる意味がない。
_卒業展示は7月26・27日に迫っていますが、現在、生徒たちはどんな課題で制作をしているのですか?
伊藤:テーマは「Fantastic Shibuya!(ファンタスティック渋谷)」。渋谷に外国人が訪れたときに、「渋谷ってすげえなあ」と言ってもらえる、何かを作ってくださいというのがお題です。2020年にはオリンピックも控えているし、渋谷に観光客が来たときに驚いてもらえるようなもの。今でも渋谷スクランブル交差点は、外国人観光客がみんな観に行きたいと思っている場所だから、そういうファンタスティックさを「アート&コード」で表現してもらいたいと考えています。
朴:メディアとかデバイスとか、表現上の制限はなく、何でもありです。
_秋葉原でもなく新宿でもなく銀座でもなく、渋谷で卒展をやる意味をどう捉えていますか?
朴:生徒にも聞いたんですけど、「渋谷は何でもありで許される」というイメージがあります。だからこそ、あるエネルギーの絶対値がある量を超えていないといけないし、仮に超えていないものを出そうとすれば「渋谷なのに、そんなものを出すの?」という雰囲気すら感じる。だから化学反応を起こさないと、展示にふさわしいものにならないでしょう。たとえば「銀座に展示するんですよ」と言っても、そういう発想にはならないじゃないですか。僕はない。
伊藤:渋谷は予想を裏切るぐらいの何かがないと、「お前、そんなものなの」みたいな。正直、僕は別に「渋谷らしい」とか「らしくない」とかは全く関係がなくて、要は自分を超えられるかどうか。既存のものを超えられないなら、「渋谷で展示する意味がない」とさえ思っています。
_制作物が「アート&コード」だとすると、発表の場は必ずしもリアルでなくてもいいのでは?
伊藤:百貨店に代わってECサイトなどが普及すると、場所を持つ意味って何だろうって考えるんですよ。アマゾンのない時代、渋谷は日本一何でもそろっている場所だった。本屋さんとかタワレコ(タワーレコード)にも行っていたし、そこで、あさるわけじゃないですか。じゃないと、見つからなかった。でも、今はネットで見つけたら、もう街に行く意味はなくなっている。だから街に行くからには、やっぱり、なんか衝撃とか刺激を受けるとか、人に影響を与えないといけないと思う。なので、いかに機械に没頭している人びとに向けて「なんじゃこりゃ、渋谷やばいよ」みたいにならないと、それ以外のものは「つくるな!」って言いたい。
_生徒たちにとっては、まさに闘いですね?
卒展に向け、生徒たちの作品を厳しく指導する二人。
伊藤:僕がワイデンにいた時に、ナイキの仕事で街のキャンペーンをやろうと思い、ストリートスポーツをしている子たちといろいろと話しをしたんですね。そうすると、企業が自分たちを使ってやるという時点で、自分たちが縛られたり、ルールができてしまう。「それは、もうストリートじゃない」と言うんですよ。それがすごく格好良くて、渋谷は常にそういうところにある場所なんですよ。なんかやらかすと、法律ができてスケボーができなくなったり、また路上で郷ひろみが踊ると渋谷警察が怒ったりとか(笑)。つまり、ギリギリを攻めて行かなきゃダメなんですよ、渋谷という街は…。
朴:ナイキとか、郷ひろみの例はいいですよね。本当、渋谷だなと思う。
伊藤:それに刺激を受けるわけでしょ。「わあ、郷ひろみいるよ。うお!」みたいな。そういうものに出会えるのが、渋谷なんですよ。
朴:そういう意味で、今回の「ファンタスティック渋谷」というお題はとても良い。生徒からしてみたらハードルは高いと思うけど、でも期待してほしいですね。
_BAPAの第一期生がまもなく卒業しますが、今後の展開について教えてください。
伊藤:「これでBAPAは終わりです」では、まずいでしょう。
朴:そうですね。BAPA2は、もっと規模を大きくしてやるかもしれないですね。
伊藤:周囲からの反響や生徒の熱も含めて、僕らもかなり手ごたえを感じています。これも続けていく意義は十分にあると考えています。
朴:今回、参加してくれた生徒とも、卒業してからも長く付き合っていきたいし。
伊藤:いろんな業界でしばらく勉強して鍛えてもらって(笑)
朴:よく鍛えてもらって、それで僕らのところに戻ってきてくれれば(笑)。いつか一緒に仕事が出来たら、本当にうれしいですね。
伊藤:そうなってもらわないと、僕らが格好悪いですもん。
「BAPA」展
今年3月に始業した学校「BAPA」は7月26日と27日、第一期生による卒業制作展を渋谷ヒカリエで開催します。約4カ月間にわたり、デザインとプログラミングの理論と実践を学んできた総勢31名の生徒たち。外国人に渋谷の魅力を伝える「Fantastic Shibuya!(ファンタスティック渋谷)」をテーマに、全10チームに分かれて「アート&コード」を具現化するインタラクティブな卒業作品を展示発表します。次世代のクリエイティブ業界を担う、若者たちのアイデアや表現力にぜひ触れてください。
- 会期:
- 2014年7月26日(土)14:00〜21:00
2014年7月27日(日)11:00〜17:00 - 会場:
- 渋谷ヒカリエ8F COURT
- 料金:
- 無料
- 公式:
- http://www.bapa.ac