ミニシアターの集積地として知られる渋谷だが、昨年から渋谷ピカデリー(1月)、ヒューマントラストシネマ文化村通り(10月)の相次ぐ閉館に加え、今月にはQ-FRONTで10年営業を続けてきた渋谷シネフロントが閉館した。1980年代中盤のミニシアターの隆盛に端を発して、現在まであらゆる映画好きに愛されてきた渋谷映画群。今回はそんな渋谷の映画館の中でも独特の存在感を放つ「シアターN渋谷」をピックアップ。同館の特徴を振り返りながら、改めて映画作品と私たちとの貴重な出会いに感謝する機会にしたい。
桜ヶ丘の一角に2スクリーンを構える「シアターN渋谷」は、渋谷の老舗ミニシアターの一つユーロスペースが円山町へ移転したのに伴なって、劇場をそのまま引き続ぐかたちで、2005年12月3日にオープン。出版取次大手の日本出版販売が運営し、「本屋さんみたいな映画館」をコンセプトに劇場ロビーに映画関連書籍を多数取り揃えているのが特徴。またオープン直後、ネットの著名運動で話題となったルワンダの大量虐殺を描いた「ホテル・ルワンダ」をいち早く上映し、ロングランを記録するなど、映画ファンの目線に立った作品編成にも定評がある。
今年でオープン5年目に突入し「『観たいという要望があるのに観られない映画を上映する』というスタンスで上映作品を選んできた」と話すのは、番組編成を担当する近藤順也支配人だ。結果的にこれまで「過激すぎて公開されにくかったホラー」「マニアックなジャンルの音楽ドキュメンタリー」「反戦がテーマの映画」などが集まって、同館の独自のラインナップを形作ってきた。日中の興行にレイトショーを加え、同館で一日に上映される作品は計4本(特集上映は除く)。現在上映中の作品群について、近藤支配人に話を聞いた。
「ライブテープ」は、2009年元旦の吉祥寺を舞台に、ミュージシャン・前野健太さんのライブ映像を撮影した音楽ドキュメンタリー。前野さんが吉祥寺の街の中を唄いながら歩きはじめ、井の頭公園のステージで待ち構えていたバンドメンバーと合流して演奏するまでの全16曲を74分1カットで記録した意欲作で、同作について松江哲明監督は「『映画を撮り続ける』という覚悟を形にしたかった」と力強いコメントを寄せている。
「作品が完成した段階で試写した。面白かったが、吉祥寺が舞台ということもあり、吉祥寺バウスシアターでの公開が決まっていた。その後東京国際映画祭で部門賞を獲得して『観たい』という声も広がったため、シアターN渋谷でも公開を引き継ぐことができた」(近藤支配人)。
「クレイジーズ」は、「ゾンビ」で知られるホラー映画の巨匠ジョージ・A・ロメロ監督の1973年の作品。理性を失った人々の過激な血まみれ描写が特色で、細菌兵器の恐怖、軍部の暴力、政府の陰謀などのテーマや娯楽性が今なお支持される近未来SFサスペンスの力作だ。
「ロメロ監督の初期の傑作作品の一つだがこれまで日本では未公開だった。テレビで放映されたことはあって、30代半ばの映画好きの方々には見たことがある人もいる。クレイジーズがDVDで販売されるという話を聞いたため、それに併せて配給会社の東風さんへ『公開を』と持ちかけた」(近藤支配人)。
「マラドーナ」は、選手時代は「神の子」と呼ばれ、栄光と挫折を繰り返したサッカー界のスーパースター、マラドーナのドキュメンタリー。自身もマラドーナの熱狂的なファンだという「黒猫・白猫」のエミール・クストリッツァ監督が、ブエノスアイレスからナポリ、ベオグラードを舞台にマラドーナを追った。同作はキングレコードと日本出版販売の共同配給で、シアターN渋谷は封切館。
「ワールドカップなどに合わせたサッカー映画の一つでもあるが、同作では音楽映画的な要素も大きな魅力の一つ。冒頭のライブシーンや挿入歌『ゴッド・セイブ・ザ・クイーン』(セックス・ピストルズ)など、知名度は高いのにアウトサイダーを貫くマラドーナの生き様を、音楽を通して感じてみて欲しい」(近藤支配人)。