レコメンド 今週、編集室が推薦するカルチャー

大島弓子がネコとの生活を描いたエッセイマンガ『グーグーだって猫である』が、小泉今日子主演で映画化されたり、若杉公徳によるギャグマンガ『デトロイト・メタル・シティ』の映画化にあたって、クラウザーII世を松山ケンイチが演じて話題を呼んだりと、優れたマンガを原作に実写映画が制作されていくことは、現在ではめずらしいことではなくなった。
しかし、連続したコマにデフォルメされた人物を描き、吹き出しやオノマトペを使って音声を表現していく「マンガ」で綴られる物語と、実写映像を組み合わせ、その上に音声を重ね合わせていく映画表現によって綴られた物語は、同じストーリーであっても、効果や得られる印象は全く異なるもの。思い入れのあるマンガが映画化され、イメージが合わなくてストレスを感じたという経験は、誰にでも心当たりがあるだろう。原作の場合にはマンガのストーリーや設定部分が強調されるが、マンガを読む行為には、ストーリー以外にもマンガ特有の表現を使った数多くの情報が詰まっているのだ。
今回は、渋谷で開催中のマンガにまつわる作品を紹介しながら、改めてマンガ表現のおもしろさについて振り返ってみたい。

©2008 さそうあきら・小学館/『俺たちに明日はないッス』製作委員会

さそうあきらのマンガは、『神童』『コドモのコドモ』と、映像化が相次いでいる。天才ピアニストを主人公とする『神童』は、マンガでのピアノ音の表現が面白かったし、『コドモのコドモ』は、小学生の妊娠をテーマに、既存の倫理感を揺さぶってみせた。少し力の抜けた絵で日常の中にあるドラマや、ドラマの中にある日常の瞬間をしっかりと捉えていくさそうマンガ。そんなさそう作品の中でも傑作と評されているのが、セックスにまつわるあれこれをときにスラップスティックに、ときにブラックに、ときに情感たっぷりに描き出した短編連作『俺たちに明日はないッス』である。
今回、『百万円と苦虫女』『赤い文化住宅の初子』と、独自の価値観で生き抜く自立した女性を主人公に映画制作を続けてきたタナダユキ監督が、この『俺たちに明日はないッス』の映画化を実現した。

©2008 さそうあきら・小学館/『俺たちに明日はないッス』製作委員会

原作から、高校生が主人公の3編を選んだタナダ監督は、今回の映画化にあたって「楽しいことなんかひとつもなかったはずなのに、けれどやっぱりあれはかけがえのない時間だったと、そう思えるような、そんな時間を切り取った原作に心奪われました」とコメント。男性が主人公の作品はタナダ監督には珍しいが、何もかもがうっとうしく感じるようなクサクサした若者の日常を描く点では共通点があるとも言える。映画版『俺たちに明日はないッス』で、タナダ化された主人公たちに注目だ。また、さそうあきらは、モントリオール映画祭でグランプリを受賞した映画『おくりびと』を逆にマンガ化していたりもする。映画を原作とするマンガも珍しいので、興味がある人は手にとって違いを確かめて頂きたい。

2008年/日本/79分/配給:スローラーナー/©2008 さそうあきら・小学館/『俺たちに明日はないッス』製作委員会

タイトル:
俺たちに明日はないッス
上映場所:
ユーロスペース
上映期間:
2008年11月22日〜
〜12/5(金)
11:00/13:00/15:00
17:00/19:00
〜12/20(土)
13:00/15:00/17:00
19:00
監  督:
タナダユキ
出  演:
柄本時生、遠藤雄弥、草野イニ、安藤サクラ、水崎綾女、三輪子

©2008 さそうあきら・小学館/『俺たちに明日はないッス』製作委員会

たばこと塩の博物館では、今月末まで、『近世初期風俗画 躍動と快楽』と題して、中世から近世へと変化した時代を活き活きと描いた近世初期風俗画の屏風を一堂に集め展示している。描かれているのは、この時期から絵画の主題に躍り出た名もなき庶民達の躍動と快楽の姿。フロア一面に並べられた大きな屏風の細部に目をやると、小さく描き込まれた人それぞれに豊かな表情があることに驚かされる。屋敷で優雅にたばこを吸う人、道で何かを売る人・買う人、集まって立ち話している人々など、一枚の屏風から貴族や物乞いまで属性の異なる人々のそれぞれの社会があり物語が読み取れる。日本最古の漫画は平安時代の絵巻物『鳥獣人物戯画(鳥獣戯画)』と言われるが、庶民の生活をデフォルメされた線で生き生きと伝える今回の展示会に、マンガ表現の一端を感じてみるのも面白い。

特別展「近世初期風俗画 躍動と快楽」より
遊楽人物図[部分] 細見美術館蔵

タイトル:
近世初期風俗画 躍動と快楽展
開催場所:
たばこと塩の博物館
開催期間:
2008年10月25日〜2008年11月30日
10:00〜18:00
※入館は閉館の30分前まで。
※休館日は、毎週月曜日。



市場河原遊楽図屏風[部分] 西尾市文化財 西尾市岩瀬文庫寄託 個人蔵

2008.10の映像夜間学校フライヤーより

また、もっとマンガ世界に生で触れたいというあなたには、2000年から8年間続くアップリンクの老舗イベント「根本敬の映像夜間中学」に参加してみるのも楽しい。根本敬は、「ガロ系」と呼ばれる、日本のアンダーグラウンド・コミックの作家のなかでももっとも過激な作風で知られるマンガ家の1人で、「電波系」「ゴミ屋敷」などのキーワードを作り出した人物だ。映像夜間中学は、原則的に一夜完結型の根本敬のトークイベントで、UPLINK FACTORYにて毎月最終金曜に開催される。イベントでは、根本が集めた映像や音楽、その他あらゆる膨大な資料がほとんど無計画に披露され、次に何が起こるかわからない、そう。読めない展開に、受講生たちはいつしか引き込まれて後戻りできなくなるという。即興で繰り広げられる根本氏の一挙手一投足を目の当たりにして、マンガ家という生き方・職業から、マンガの真髄に触れてみてはどうだろう。ただし、根本敬は自身を特殊漫画家と自称しているので、ご注意を。次回のイベントは11月28日(金)。

 

タイトル:
根本敬の映像夜間中学・識字学校篇(11月)
開催場所:
UPLINK FACTORY
開催期間:
2008年11月28日
19:30開場/20:00開演
出  演:
根本敬(特殊漫画家/幻の名盤解放同盟)



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