■インタビュー・現代はヒーローが生まれにくい時代なのかもしれない
・表ではなく裏。そこにスポーツ選手の真実の姿が表れている
・ピッチ以外にサッカーの匂いを嗅ぎ取って撮るのが好き(笑)
・ピッチを走り回る選手よりもサッカーを表している光景
■プロフィールきしもとつよしさん。スポーツフォトグラファー(フォート・キシモト所属)。高校卒業後、89年からスペインバルセロナで語学を学び、カナダへ。94年にオーストラリアに移った頃から本格的に写真を撮り始める。96年、再びスペインへ。アトランタオリンピックやフランスW杯を取材。その後、活動の拠点をコスタリカに移す。W杯日韓大会取材後はベルギーを拠点とし、アトランタオリンピックやフランスW杯を撮影。05年に帰国後、トリノオリンピックやW杯ドイツ大会など、精力的に撮影を続ける。07年6月、『選手のいない写真集 '06 GERMANY』を発刊。
--岸本さんが写真家になるまでの経緯を教えてください。
僕の父親である岸本健は日本初のスポーツフォトエージェンシー「フォート・キシモト」を立ち上げた人です。息子の自分が言うのも何ですが、日本のスポーツ写真のパイオニアとして、誰の手にも届かないような存在なんですね。幼い頃から父親が写真を撮るところを見続けてきましたが、僕自身は、写真家になろうとは思っていませんでした。高校を卒業してすぐ、語学留学のため89年にバルセロナに渡ってからも、写真はプライベートで少し撮るくらいで、ほとんどの時間をバルで過ごしていました。ものすごくお気に入りの店があって、そこに1日4、5回くらい通い(笑)、FCバルセロナびいきの新聞を辞書で訳しながら、他の客と議論するんですよ。それが少し変わってきたのは、94年にオーストラリアに移ってからですね。その頃から、やはり父親の影響なのでしょう、写真を撮りたいという気持ちが湧いてきたのですが、自分が何を撮りたいのかは分からなかった。そこで、花や海、旅、人物、スポーツ、田舎の風景、道端に転がるカンガルーの白骨死体など、あらゆるもの撮ってみました。それで、やはり自分は人間やスポーツを撮るのが好きなのだと分かって、本気で写真を撮る生活を送り始めたのです。
--サッカーの写真を撮り始めたのはいつでしょうか。
サッカーだけでなく、あらゆる種類のスポーツの写真を撮っていますよ。でも最も思い入れがあるのは、やはりサッカー。自分でも中学生の頃からサッカーをやっていて、高校の頃はインターハイに2回も出ていますからね。Bチームでしたけど…(笑)。今の体形では誰にも信じてもらえないけど、ポジションはフォワードでした(笑)。世界中を歩き回ってみて、やっぱりサッカーはすごいスポーツだと確信しましたよ。どこに行っても、ボールを蹴っている人たちがいる。ゴロゴロと岩が転がる荒地を走り回っていたり、雨季のどしゃぶりの中で楽しそうにスライディングしていたり、気温50度の灼熱のグラウンドで民族衣装を着てプレーしていたり。そういう草サッカーの写真をたくさん撮ってきました。W杯には90年イタリア大会から行っていますが、きちんと写真を撮り始めたのは98年フランス大会から。この頃からスタジアムの周辺など、ピッチ以外の場所にサッカーの匂いを嗅ぎ取って撮影するようになりました(笑)。02年日韓大会では初めてパスをもらって韓国のスタジアムに入りましたが、やはりグラウンド以外の場所を撮るのが好きなんですよね。
--『選手のいない写真集 '06 GERMANY』の発刊に至る経緯を教えてください。
サッカーはピッチの外にも存在します。パブリックビューイングや居酒屋のモニターの前で熱狂する観衆とか、怖くてPK戦を直視できずにうつむいて祈っている人とか、父子が仲睦まじく観戦している様子とか。それらも全てサッカーが作り出した光景であって、ある意味、ピッチを走り回る選手よりもサッカーというスポーツを表している側面があるのでは、と思うんですよ。2006年のドイツ大会ではスタジアムばかりにこもらず、オランダ×ポルトガル戦でオランダが負けたら、車を飛ばしてオランダのパブに行って落胆する人たちを撮ったりしていました(笑)。廣山望選手(現東京V)の仕事に関わったときに、サッカー好きなデザイナー川田さんと知り合いました。もともと彼の勤める会社ランドマークには、サッカー好きが多く、サッカーを文化に、という狙いでFOOTRACKプロジェクトを立ち上げていました。その彼に撮りためた写真を見せたら、「おもしろい」と共感してくれて。FOOTRACKプロジェクトで写真集にしょう、ドイツW杯をテーマに同じような写真は撮れないかな、と盛り上がりました。でも、「ロナウジーニョもベッカムもいないW杯の写真集なんて売れるわけがないだろ!」と、出版社も食いついてこなかったんです。それなら、「webで出版を応援する署名を集めよう、その署名を元に出版社を口説こう!」とメンバーが言い出して、サイトを立ち上げたら、短期間に1025名もの署名が集まりました。その署名をもとに出版社を回りましたが、やはり答えは同じ。そこで著名してくれた方の期待も大きかったので、私とランドマークさんで自費出版することにしました。今年の6月、1年がかりでしたが、ようやく形になりました。
--今後の目標をお話ください。
今後も“選手のいない”W杯の写真集は、ライフワークとして続けたい。こういう言い方は大げさに思われるかもしれませんが、サッカーがあれば世界中の誰もが幸せになれる可能性があると思うんですよ。なかでも、W杯はまるで魔法がかかったかのような非現実的な世界ですよね。その面白さを僕は僕の撮り方で伝え続けたいと思います。それから今は、サッカーやスポーツに限らず、いろいろな“人”を撮りたいという気持ちも。今日、写真展で、ものすごい表現をたくさん目の当たりにして、ますますその思いが強まりました。でも何を撮影しても、最終的にはやっぱりスポーツに戻ってくる気がします。スポーツは、楽しいし、興奮するし、何よりも単純です。その単純さのなかで、どれだけ自分の表現を突き詰められるか。こういう舞台で仕事をできるのは、本当にシアワセなことだと思いますね。
岸本剛さんがサッカーのある風景を撮った写真や、『選手のいない写真集 '06 GERMANY』のために撮影した写真の中からその一部を紹介します。
2007年6月9日発行(株式会社ランドマーク FOOTRACKプロジェクト)6,500円 限定1,000部
240×240mm・116p・カラー・ハードカバー(ケース入り)
※注文はこちらからできます
岸本さんと渋谷との関係は?フォート・キシモトの事務所が岸記念体育会館にあって、以前は別のオフィスもたばこと塩の博物館の近くにあったから、幼い頃から渋谷にはよく来ましたよ。中学生の頃は行列に加わって当時流行っていた洋服屋「セーラーズ」に行ったりもしましたね。ただ、父親は厳しい人なので、見つかるんじゃないかと、いつもドキドキしていましたね。今も時おり、渋谷を歩きますけど、それにしてもゴチャゴチャし過ぎていると感じることが多いですね。昔はドキドキしながら歩いていたことを考えると、子どもの心を失ってしまったんですかね(笑)。コペンハーゲンやバルセロナなどは、どれだけ人が多い日でも歩きやすいのに渋谷ではどうしても疲れてしまう。このゴチャゴチャが世界に渋谷だけしかないのであれば、それはそれで貴重なのでしょうけどね。
渋谷で撮影してみたい場所はありますか。山手線の中から宮下公園のフットサルコートの撮影にチャレンジしたことがあります。手前につり革を握る手や窓枠があって、奥には都会のど真ん中であることを忘れたかのようにボールを夢中になって追いかけている人がいる。そんな光景を撮りたかったのですが、コートがあまり見えなくて失敗に終わりました。でも、宮下公園のコートは、東京という大都会におけるサッカーシーンを代表する光景に思えて面白いですね。同じことを言えるのが東急百貨店東横店屋上のアディダスフットサルパーク。あれは上から見たら、スクランブル交差点の真横でサッカーをしていることになりますよね。面白い写真になると思いますよ。もし大金が手に入ってヘリコプターをチャーターできるのなら、是非、撮りたいですね(笑)
昭和時代を象徴する写真を集めた4部構成の写真展の第2部。昭和30〜40年代に活躍したスポーツ選手や俳優、歌手、政治家など、ヒーロー・ヒロインと呼ぶにふさわしい人物のポートレート写真で構成。昭和中期の空気を表情ゆたかに伝える。 |