■インタビュー・澁澤龍彦さんは、非常に“男性的”だと思う
・カテゴリー分けされるのは苦手。すごく居心地が悪いんです
・ブランケットに包まれて、どこまでインナートリップできるか
■プロフィールアラキミドリさん 1990年多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。『ELLE DECO』編集、『gap』編集長を経て、1999年秋以降、誌面から立体的な表現の場に移行し、デザインとアートの境界線を越えた作品制作を開始。2002年秋から、フランス政府の文化奨学給付金を得てパリに滞在。2004年に帰国後、国内外での活躍を再開。プロダクトデザインを始め、オブジェ、映像、インスタレーション、ファッションブランドとのコラボレーションなど、多軸に表現の場を広げる。近著に「JUNK SWEETS」(アスペクト刊)がある。
--作品制作の上でアラキさんが大切にされていることは?
私は作品を作る上で、いつもどこか一歩、後ろから作品をみているところがあるんですね。それこそ、澁澤さんみたいに、ひとつの世界に奥深く踏み込むということが苦手なんです。作品をつくるとき、一瞬、グッと入り込む。すぐに客観的になる。それを繰り返しながら作品を作り上げます。それは元編集者としての経験がジャマしているのか、性格なのかはわからないのですが。それから、先ほども言いましたが、私はすごく感情的に物事を取り入れるタイプなんです。その感情には、良い部分だけではなく、悪意ももちろんあって、だから、私の作品には、かわいさとグロテスクさが混在していることが多いんです。そのひとつが「JUNK SWEETS(※)」で、これは、ある時、女の子が、ケーキを「おいしい」ではなくて「かわいい」と言っているのがすごく気になってしまったんです。「食べ物なのにかわいいってどういうこと?!」って。それがすごく、偽善的に思えた。それで、相反する感情、皮肉とか憎しみとかをこめたケーキを作ってみたくなったんです。毎晩、夜中にたった一人で、甘いニオイをかぎながらケーキを作るという行為は、ナルシズムに入りやすいシチュエーションで、結果として、どんどん自分の中の、女性としてのグロい部分を吐露していく作業になりました。第2弾をやらないかというお話もいただいたのですが、これはもう、やりたくないかなあ。
--編集者からアーティストへの転進は、非常に珍しいケースだと思うのですが…
私は、ちょっとあまのじゃくなところがあって、きっちりカテゴリー分けされるのが苦手で、そうすることに、居心地の悪さを感じるんです。表現したいテーマや伝えたいことには一貫性を持っていても、伝達するための媒体は自由でいたいと思います。浮遊している状態が一番しっくりくる。だから、大学時代も、グラフィック・デザイン科に在籍していたけど卒業制作は立体を作ったし、編集者を選んだのも、「美大出身の編集者がいた方が、面白くなる」という気持ちからだし…。だから編集者から表現者になるのも、そんなに特殊なことだとは思っていません。それは作品づくりでも同じで、インテリアデザインだったり、映像だったり、平面だったり、表現する媒体にも、これっていう固執はまったくないんです。決まった枠に入ってはダメっていう、強迫観念のようなものがあるのかもしれない・・・・でも、どっちつかずな魅力ってあると思うんです。日本人はもともと曖昧さやグレーゾーンを好むように、私はいつも浮遊した状態でものを創っているから、他人の想像力も入り込みやすい、という部分もあるのかなとも思います。
※「JUNK SWEETS」 …「彼女は、日記をつけるかわりにケーキを焼く。それは彼女の大切でささやかな感傷のための儀式である」・・・という言葉から始まる、日記的描写と、日用品をモチーフに作られた、かわいくてちょっとグロテスクなケーキ38個の写真集。女性ファッション雑誌『CUTiE』の人気連載をまとめた一冊。巻末にはすべてのケーキのレシピ付き。写真は、写真家ホンマタカシさんによるもの。
--新作の展覧会について教えてください。
もともと新作照明「PHANTOM LIGHT」という作品から始まったのですが、スペースも広いし、ここで一度、ひとつのテーマで今までの作品も交えたインスタレーションをやってみたいと思いました。見に来てくれた人が、ひとりのアーティストの作品展として捉えてくれるのか、それとも、バラバラなものにしか見えないのか…初めての試みなので、その反応は、自分自身でもとても楽しみです。私が作品の構想を練るときは、どこまでボーっとできるかが重要で、そうすると、突然、言葉やイメージがポンと浮かんでくるんです。それも、小さい頃からブランケットに包まれて、空想や妄想をするのが好きで、今でも、ボーっとするときには、ブランケットに包まれるっていう、そのクセが抜けない。小さい頃、夜中に突然目が覚めて、真っ暗闇に自分が放り出されたとき、毛布できちんと包まれていると、守られているような安心感があったんですよね。それから、包まれるというのが、私にとっての精神安定剤になっているんです。今回の作品展の表題に「ブランケット」という言葉がついているのは、ブランケットに包まれて、安心しきって、インナートリップしている、そんな自分の頭の中から飛び出てきた発想が、こんな風にさまざまな形に広がっているんだっていうのを、見てもらいたかったからです。
--これからやってみたいことは?
う〜ん、ハイキングに行きたいですね。パリ滞在中は、ハイキングしたり、公園でのんびりしたり、リラックスする時間がきちんと持てて、そういうことが、なんて生活を豊かにしてくれるのだろうって気付かされたんです。それで、この気持ちをずっと忘れずにいようって決めたのですが、東京に帰ってきた途端、すぐまたこの街に飲み込まれてしまって。目的意識がないと、ここにいられなくなってしまうんじゃないかっていう恐怖心に囚われて、つい、ゆとりを忘れてしまうんです。だから、当たり前のことを普通に楽しむ時間を、もう少し作れたらいいなと。具体的には…そうですね、奥多摩で洞窟探検とか、してみたいですね。
アラキさんにとって渋谷はどんな場所?今は世田谷区に住んでいるのですが、編集者時代は8年間代官山に住んでいて、渋谷駅周辺には、しょっちゅう自転車で来ていました。「今、何が流行っているのか」は、この街を歩いている人たちを見れば一目瞭然で、情報収集のための人間観察に欠かせない場所でしたね。今は、外に向ける仕事から内にこもる仕事に変わったので、専ら、作品の素材を買いに東急ハンズに直行してますけど(笑)。それから、渋谷といえば、私が編集者からアーティストとしての活動を始めるきっかけとなったイベント「TOKYO CONTEMPORARY DESIGN EXHIBITION HAPPENING 1999 」が行なわれた場所のひとつでもあるんですよ。
渋谷の変化について最近、街を歩いていると、一昔前の渋谷の方が個性的だったように感じることがあります。以前は、お店にしても、こだわりのあるセレクトショップや雑貨店がそこここにあって、歩く度に発見や驚きがあったけど、今は、全体的に、誰でも好きそうなものを集めたお店ばかりに、画一化されてしまったような印象を受けます。それはもしかしたら、私が大人になったからもしれませんが…。でも、これからも、渋谷は渋谷らしくあってほしいという思いはありますね。新宿とか池袋とか銀座とか、他の都市がどうも苦手で、出かけるには気負いしてしまうのですが、渋谷は身近な場所。
アラキミドリさんの幼少期の記憶を発想の原点とし、寝室の天井に浮かぶさまざまな想像をモチーフにした新作の照明作品「PHANTOM LIGHT」を軸に、「記憶とその先」をテーマにしたインスタレーション。写真を使ったオブジェ、ドローイング、パリで制作したビデオアートなど、さまざまな要素をつなげて表現された世界が広がります。 |
澁澤龍彦の膨大な美意識の世界を、合田佐和子、四谷シモンといった現在の作家たちによって澁澤本人が偏愛した事物や観念を形象化・具体化したオブジェを展示。会場には、新旧の作品を含めた多様なオブジェ作品、岩石・貝殻・骨の標本・鏡・書物・写真などの自然物や人工物などによる夢の宇宙誌的な作品が展示されています。 |