■インタビュー・木々が切り倒される現実は悲しいけれど、自分たちも無関係ではない。
・バオバブを巡る自然信仰は、サーフィンによく似ている。
・海は「人生のすべて」。学校のような場所。
・「Wavement」へ参加はひとつの転機。いい勉強にもなったし、重要な出会いもあった。
■プロフィールプロロングボーダー。1976年生まれ、神奈川県鎌倉市出身。20歳でプロ転向、1998、2002 年JPSA総合ランキング3位。2008年13位。現在は千葉県南房総市千倉町と神奈川県鎌倉市をベースにプロ活動を続ける。雑誌、テレビで活躍する傍ら、苔を中心に利用した造園業、緑化事業、建設業である (株)コケワークスを2008年10月設立、代表を務める。
coceworks
吉川祐二 オフィシャルサイト
20歳から第一線で活躍を続ける人気プロロングボーダー、吉川祐二さん。多忙な日々を送るなか「未来の子供が安全に遊べる海を守る」ために活動する「Wavement(ウェーブメント)」に参加。2008年に苔を使った新しい造園業「coceworks(コケワークス)」をスタートさせ、早くも国内外から注目を集める存在に。現在も、トーキョーワンダーサイト渋谷に併設のアートカフェ「kurage」で苔の展示が行われている。そんな吉川さんに、精霊が宿ると信じられる西アフリカの巨木・バオバブをテーマにした、本橋成一監督作品の「バオバブの記憶」を観て頂いた。アフリカ大陸で行われていた、自然と共存する人間本来の暮らしぶりについて、そしてサーフィンと苔という異なるフィルターを通して培った吉川さん独自の自然観に迫る。
--まずはこの「バオバブの記憶」をご覧になった感想を聞かせて下さい。
木を守る、そして自然を大切にする。単純ですが、そうしたことの重要性を再認識しました。これらはサーフィンにも共通している思想です。木や生き物は、言葉を持ちませんからね。「反対!」って言えない。海も一緒で、テトラポットを入れたり港を作ったり、それによって街が潤い、人々への利益もあるのだろうけれど、それは人間世界のみの話であり、木々や生き物は無視されています。この作品で、発展途上にあるアフリカにも、そうした現実があることを知りました。最近の海を取り巻く現状とも似ているというか。いま色々なところで環境破壊が起こっている、というのを痛感しますね。でも「自然を大切に」という思想は今後さらに重要視されるはずです。
--特に印象的だったシーンは?
最後のシーンのゴミが散乱していたところですね。あのシーンと同じような光景は、たまに海でも目にします。心が痛む以上に、正直どうしていいのか分からないという思いが頭をよぎります。
--西アフリカの伝統的な暮らしぶりについては?
主人公の少年は次男でしたっけ?あの家族、なんだかすごい数の子供がいましたね。お父さんには奥さんが数人いて、子供は30人に近いという(笑)。セネガルという国はイスラム教だから、国や宗教による文化の違いをはっきりと見せてくれましたね。そういえば、僕のハワイアンの友達は日本の温泉にびっくりするんですよ。ハワイではジャグジーに入る時はトランクスを着用する習慣があるので、みんな裸でお風呂に入るのを「あり得ない!嘘つくなよ!」って、なかなか信じてくれない。僕も遠征を通して色々な国の文化を見てきたから、この映画のような暮らしがあってもいいと思うし、素直に受け入れられます。
--作中で、少年は父の命令で牛の世話をして学校に通うことができませんでしたね。いわゆるひとつのアフリカの現実についてはどう感じましたか?
僕もフィリピンによく行くので、似たような現実を見たことがあります。物乞いの親子が「お金ください」って言うそばで、お金持ちたちがサーフィンを楽しむ。そういう光景を目にすると、「ごく普通に暮らしていけることの幸せ」を考えるようになりました。生まれた場所は選べないですし、育つ境遇は個々に違う。だからこそ普通であることの尊さを実感します。平凡な暮らしを送りたくても送ることができない人たちは、世界にはたくさんいるはずですから。
--映画の冒頭、切り倒されたバオバブの巨木について、何か感じましたか?
もう二度と元に戻らないですからね・・・。僕の住む鎌倉でも、マンション建設の際に木を切り倒すことがありました。自然は再生するまでに時間がかかるから、古いものをもっと大切にできたらいいのに、と痛感します。ただ、これは難しい問題です。悲しい反面、木が切り倒される事実に僕たちは無関係ではありませんからね。映画のような自然に根ざした素朴な暮らしをすればいいのかもしれませんが、僕も実際に車や飛行機に乗って色々旅をしていますから。
--映画の中でバオバブは、様々な利用法をされていましたよね?
ロープを作ったり、薬の成分としても使用されたり、ジュース代わりになっていたり。バオバブで作ったひもを足に縛って痛みをとるシーンもありましたね。呪文を唱えながら。つい「本当かよ」って思ってしまいましたが(笑)。
--バオバブには精霊が宿るという自然信仰は、興味深かったですか?
ええ、どこかサーフィンも似ているような気がしました。そこには「結局すべて自分に返ってくる」という思想がベースにあると思うんです。海は川からつながっていて、川は山から流れてきます。自然は自分の生活に直結しているというのを、サーフィンをしていると強く感じるんです。自然を大切にする、というのは誰であっても当然でしょうが、自然が持っている偉大さや怖さを、プロになってからは強く感じるようになりました。だから、彼らの思想を理解することもできました。
--乾期から雨期へ変わると、人々は突如畑に出ていきました。気候に寄り添ったライフスタイルについては?
それもサーファーっぽいんですよ(笑)。撮影で海外に行って波がないと、本当にヒマです。ずっとゴロゴロ寝ているときもあります。でも波が来始めると、そわそわし始めて。だから、彼らの気持ちすごくわかりますね。雨待ちの心境って波待ちしているような気分に近い。もちろん、生活に直結している分だけ彼らの方がシビアでしょうけれど。
--劇中で使われる歌も印象的ですよね。
確か「バオバブおじさん 百年前、ぼくたちはどんな暮らしをしていたの? 五百年前、ぼくたちはどんな暮らしをしていたの? 千年前、ぼくたちはどんな暮らしをしていたの?」でしたよね。バオバブの樹齢は数百年っていうし、つまり人は死んでしまっても、木は生き続けている。だからずっと見つめ続けているんですよね。人は知らなくても木は知っている、というか。
--日本の、特に都会での生活では、映画のような自然の素晴らしさを感じる機会は少ないです。この映画から学ぶべきことは?
環境問題を身近な問題と捉えるためには、自然のことをもっと深く知っておく必要はありますよね。それには体験が重要になる。僕ならば海に入ることを勧めます。自分の力で沖まで出て、ある時は波に巻かれて苦しい思いもする。サメも恐い。サーフィンは自然の力を感じるには一番いいと思う。それによって自分の中に、都会での生活とは違う、もうひとつの視点を手に入れることができます。海を基準に物事を考えてみると、自分の身の回りのものに対して、それまでとは違った印象を持つようになりますから。
■今回吉川さんに見ていただいた作品
「バオバブの記憶」
「ナージャの村」「アレクセイと泉」で国際的にも評価の高い本橋成一監督が、セネガルの村トゥーバ・トゥールを1年に渡って撮影したドキュメンタリー作品。12歳の少年を主人公に、村での素朴な生活と、それを見守るバオバブの姿を伝える。一方で、急速な近代化の波が、この村にも迫っている。
上映場所:シアター・イメージフォーラム、ポレポレ東中野
上映日時:2009年3月14日〜