■インタビュー・グダグダで不満だらけ。パリの本当の姿が描かれている
・スクリーンからパリの食文化へのこだわりが伝わってきました。
・自分なりの形で最高のパンを極めたい。だからパリのバケットを選択した。
・渋谷のこの場所にあったから、VIRONは成功したのだと思う。
■プロフィール1970年生まれ。株式会社ル・スティル代表取締役。兵庫県加古川市を拠点にシェアを広げるニシカワ食品(株)の3代目としてパン店の経営に携わる。01年11月に渡仏し、現地にアパルトマンを借りて、パリ中の美味しいといわれるパンを100軒以上食べ歩く。その中でレトロドールで作られたバゲットに出会い、2003年、日本でその味を極めようとフランスパン専門店「ブーランジュリー・パティスリー・ブラッスリー VIRON」を東京・渋谷、2006年に丸の内に2号店オープンし、日本一のバゲットを目指す。2009年はベーカリー業態のほか、ハンバーガーショップやソフトクリーム店の出店を計画するなど、新しい事業展開にも積極的に取り組んでいる。
流行の最先端をひた走るパリでの暮らしは、さぞかし華やかでスタイリッシュだと思われがち。しかし、パリジャンたちの日常は特別だというわけではありません。世界中の誰もがそうであるように、愛と憎しみ、歓喜と悲哀、希望と絶望を抱きながら毎日の生活を送っています。人間の細やかな心模様を描いた名作を数多く送り出してきたフランスの映画監督セドリック・クラビッシュは、最新作『PARIS パリ』で、そんなパリジャンたちの当たり前の日々を描き出しました。今回、Bukamura開業20周年記念上映作品でもある本作をご覧になっていただいたのは、そのBunkamuraの向かいに店を構えるフレンチスタイルのパン屋「VIRON(ヴィロン)」のオーナー西川隆博さん。フランスのパンの味を再現するため、パリの生活を垣間見てきた西川さんの目に、映画のパリジャンたちはどのように映ったのでしょうか?
--まずは映画の感想をお聞かせください。
ひとことで言えば、僕が思うパリそのものが描かれていて驚きました。きれいで華やかな街というイメージではなくて、“グダグダ”としたパリの人たちの心模様が描かれていたとでもいうべきでしょうか。フランス好きな人には申し訳ないですが、実はパリって、それほどきれいな街ではないんです(笑) 映画のように、いつも文句ばかり言っている人も多いし、よそ者には冷たく当たる人も多いです。ただ、慣れてくると人懐っこくなって、わりと親密になるんですけどね。それに恋愛に関してはもうグダグダもいいところ(笑) 劇中では自由奔放な恋愛を楽しむ女子学生が登場していましたが、ホント、あんな感じです。複雑に人が絡む恋愛関係を、私も山ほど見てきました。思わず、「そうそう、あるよね」と笑ってしまった場面も数多くありましたね。まさにリアルで生々しいパリが描かれている映画です。
--劇中にはパン屋さんも登場しましたね?
パリには600軒くらいのパン屋があるといわれていますが、マダムが店に立って、ご主人は地下や店の裏で黙々とパンを作るというのが基本的なパターンです。店でパンを販売するマダムは、本当に気が強くて、よく喋る人ばかり。劇中で主人公が通っていたパン屋でも、マダムは「この店で働きたい」という女性に向かって、勝手に出身地を決めつけて文句を言っていましたね。あそこまで人種差別的な発言はないにしても、確かにマダムは人を雇うことについては容赦がありません。自分自身、パリに滞在したときは多くのパン屋を見てきただけに、映画のマダムのリアルさには、よくあそこまで細かく表現できるなぁと感心してしまいました。監督さんはかなり綿密にパリを研究された上で作品を作ったのだ、ということが本当によく分かります。
--印象に残ったシーンはありますか?
パリの台所といわれる「ランジス」でフォークリフトを乗り回すシーンは、印象的でした。日本でいえば築地のような場所ですが、フランスは世界有数の農業国である上に、パリには世界中から最高級の食材が集まるので、ランジスは築地以上の熱気にあふれているんです。市場で騒ぐ男女の様子からも、その雰囲気が少し伝わったと思います。本当は、あそこは関係者以外立ち入り禁止なんですけどね(笑)。「ランジス」もそうですが、結構、食にかかわるシーンが多かったですよね。もしかすると、クラビッシュ監督の中には、ありのままのパリを表現することに加えて、フランス人がこだわる食文化についても丁寧に表現したい、という気持ちがあったのかもしれません。料理の技術では日本人は非常に丁寧で優れていますが、フランス人の食に対するこだわりは凄いですからね。素材の見極めや、季節ごとの素材の生かし方はフランス人に分があります。今日、食に対するこだわりが薄れている日本人が、見習わなければならない点ではないでしょうか。
--この映画『PARIS』を、どのようにご覧になったら楽しめますか?これから観る方にメッセージをお願いします。
華やかさに憧れて、パリに旅行に訪れる人はきっと多いはず。しかし、旅行者である限り、買い物三昧か、文化的な施設巡りで帰ってきてしまう人がほとんどでしょうから、パリの人たちが「生活の中で何を思って暮らしているか」については、なかなか見えてこないのも事実でしょう。この映画『PARIS』には、ありのままのパリジャンが描かれていますので、映画を見てから再びパリに訪れてみると、街がかなり“生きた”表情に映るようになるはずです。より深くパリを理解したいという人には絶好の作品だといえるでしょうね。注意したいのは、結構グダグダなパリが描かれているので、この映画によってパリへの憧れが薄れるかもしれないということ(笑) 個人的には華やいだパリだけでは、一面的過ぎてちょっともったいないので、グダグダなパリも知るべきだとは思います(笑) そうすれば、余計にパリが好きになると思いますよ。
■今回、西川さんにご覧いただいた作品
映画『PARIS パリ』
心臓病を患う元ダンサーの青年と彼を支える姉の視点を軸に、パリに生きる人々のありのままの日常描いた秀作。学生に恋をする高名な学者、主人公の家の向かいに住み自由奔放な恋愛を楽しむ女子学生、カメルーンからの不法移民、ナンパに精を出すマルシェ(市場)で働く男たちなど、様々な人間の生活を通してパリに住む人の喜怒哀楽を生々しく描いている。フランスでは170万人を動員する大ヒットを記録した。09年でオープン20 周年を迎えるBunkamura の20周年記念上映作品。
上映場所:Bunkamura ル・シネマ
上映期間:2008年12月20日〜