■インタビュー・個性あふれる33の作品群。映画でのリアルの可能性、映像美の本質を感じた
・巨匠の考えに身を任せる。すると、楽しみが向こうからやってくる。
・再生への物語はもうたくさん。トラウマを遊び道具にする主人公を描きたかった。
・『ジャーマン+雨』に入り込んでください。「よし子」はあなたにどう映る?
■プロフィール横浜 聡子(よこはま・さとこ)
1978年、青森県生まれ。横浜市立大学卒業後、OL生活を経て、映画美学校に入学。当初は自主制作映画だった自身初の長編『ジャーマン+雨』が、日本映画監督協会新人賞を受賞する。同賞は第一回で大島渚が栄冠に輝いて以来、森田芳光や阪本順治、周防正行らが受賞し、人気映画監督への登竜門として位置づけられている。今後の活躍が期待される注目の若手監督。
世界最高峰の映画祭のひとつであるカンヌ国際映画祭。その第60回目となる2007年度映画祭に、33組の映画監督たちが手がけた、ある“大作”が上映されました。その名も『それぞれのシネマ』。カンヌのグランプリ「パルム・ドール」を獲得したテオ・アンゲロプロスやアッバス・キアロスタミをはじめ、世界で名を馳せた巨匠たちが「映画館」をテーマに3分間の作品を制作。それをオムニバス映画として1作にまとめ上げたのです。33組の独特の世界観はまさに圧倒的で、カンヌにつどった映画通の観客たちから大喝采を浴びたといいます。今回、この『それぞれのシネマ』を、2007年度の日本映画監督協会新人賞を受賞した新進気鋭の映画監督、横浜聡子さんに観ていただきました。既存の映画には同じものはないとも称される超個性的な作風により、初めて作った長編映画で栄冠を勝ち取った横浜さんは、“未来”の巨匠とも言うべき存在。その目に“現在”の巨匠たちが奏でた映像はどのように映ったのでしょうか? さっそくお話をうかがってみました。
--まずは映画の感想をお聞かせください。
『それぞれのシネマ』はDVDを借りて家で観たんですが、観終わって「失敗したなぁ」って思いましたね。この作品はスクリーンで観るべきだったって、後悔したんです。33組の映画監督たちは、それぞれ独自の作風を築き上げた映画界を代表する巨匠ばかり。そんな彼らが光の具合や、画面の明暗・音の細部までこだわって撮られた映画で。もちろん家のモニターでもそのこだわりは伝わりましたが、でも、やっぱり家だと、画面や音の質がどうしてもテレビの設定に左右されちゃうので、監督の狙いを正確に感じることができないんですよね。ホントにもったいないなぁ。それでもその点を除けば、巨匠たちの個性あふれる作品群には魅了されましたね。どの監督が撮ったものか予想しながら観て、当たっていたら嬉しかったり、外れてもその監督の意外な一面を知ることができたりして。特に印象に残ったのは、テオ・アンゲロプロス監督の『3分間』ですね。この作品では、既に亡くなった俳優マルチェロ・マストロヤンニの生前のフィルムが出てきて、かつてマストロヤンニと共演したこともあるジャンヌ・モローの現在の姿との再会が演出されていたんです。映画で表現できる“リアル”の奥行きの深さに驚きました。前半部分に象徴的に挟まれた黄色い服を着た人間の姿といい、まさに映像でしかできないことが散りばめられていたなぁと思います。
--ほかに印象に残った作品をいくつか挙げてください。
ホウ・シャオシェンの『電姫戯院』も良かったです。彼の作品も前から好きなんですが、今回は代表作『百年恋歌』と同じ俳優が起用されていて、ファンの一人としては映っているモノを観るだけで泣きました。ストーリー的に何か起こるということはなくて、むしろ何も起こらないんですけど、そんな風に淡々と映像が進んでいく中での、カメラと対象の微妙な距離感、出演者たちの微妙な動きが、たまらなかったです。ストーリー展開がない作品を物足りないと感じる人もいるかもしれませんが、ホウ・シャオシェンの作品を観ていると、映像の美しさが素晴らしく、それだけで「映画」だなぁって思えてきます。あと、ロマン・ボランスキーの『エロティックな映画』は、私にとっては意外でしたね。実はこれまでポランスキーの作品はあまり見たことがないんですが、こんなコメディタッチの作品を撮る人だとは思ってなかったんですね。笑っちゃいました。また、キアロスタミの人の顔だけにクローズアップした「ロミオはどこ?」という作品も、いつものイメージとは違って、私にはちょっと意外でしたね。
--作り手としての刺激は受けましたか?
やっぱり映画を作る立場としては、自分がもし同じ条件ならどうやって作品を作ろうかなんて想像しちゃいますよね。具体的にどうしたいというアイディアは浮かばなかったんですが(笑)、でも、もしかしたら映画館は使わずに撮っていたかもしれません。『それぞれのシネマ』のテーマは映画館ですよね。でも私自身にとって、映画館は昔から慣れ親しんだ場所というわけではないんです。もちろん今は映画館に行く機会も多いのですが、自ら進んで行くようになったのは、大学に入って上京してから。子どもの頃は父に連れられてアニメ映画を観に行った記憶がある程度で、映画館は身近なものではなかったんですよ。『それぞれのシネマ』の一作一作からは、それぞれの監督の家の近所に小さい頃から映画館があって、心と体に映画館が染み付いていることがすごく伝わりますよね。私とは全然違うんです。でもだからこそ、映画館が遠い存在だった自分ならどんな表現ができるかなぁって。
--『それぞれのシネマ』の観どころはどこにあるとお考えですか?
私はDVDで観てしまったけれど、やっぱり映画館で観たいなぁ。映画館で「映画館がテーマの映画」を観るって、不思議な感じでおもしろいですよね。その感じを楽しみながら、33組の監督たちの世界にゆったりと身を任せたら良いんじゃないでしょうか。あれこれと作品について考えたり探したりするんじゃなくて。実際、彼らの映像は、こっちで何もしなくても、どんどん自分の中に入り込んできます。3分間はあっという間ですが、それが33作品入れ替わり立ち変わりに続くので、結構集中力が必要になるかも。でもあちこちに発見があるので、その価値は十分あると思います。
■今回、横浜さんに鑑賞していただいた作品
「それぞれのシネマ」
デヴィッド・リンチ、テオ・アンゲロプロス、北野武ら、世界に名だたる33組の映画監督たちが制作した3分間のショートムービーを網羅したオムニバス映画。テーマは「映画館」。ノスタルジックに映画館を描いた作品もあれば、映画界を皮肉ったり、映像美を極めた一作もあるなど、まさに33の個性が激しくぶつかり合う意欲作に仕上がっている。第60回カンヌ映画祭を記念して制作され、2007 年、同映画祭会場にて特別上映された。
上映場所:ユーロスペース
上映期間:2008年8月2日〜