BUNKA X PERSON

■インタビュー・若き画家たちが試行錯誤する姿をありありと思い描くことができた
・ロシア・アヴァンギャルドはアートとグラフィックデザインの境界
・「ビジュアル誌イコール大判」という常識に反し小サイズのビジュアルブックを刊行
・カルチャーへの素養が弱まる若者が書籍に向かいたくなる企画を考えている

■プロフィール伊藤 高(いとう・こう)
プチグラパブリッシング代表。1969年福岡県生まれ。94年大阪芸術大学卒業。『マックプレス』編集者を経て、96年『プチグラ』を創刊。97年独立してプチグラパブリッシングを設立。書籍出版を中心に映画配給や宣伝、雑貨制作などを幅広く手がける。

19世紀末から20世紀初頭のロシアでは、マレーヴィチやシャガールをはじめとした若いアーティストが中心になり、キュビスムやフォーヴィスムといった西ヨーロッパの美術運動と、土着の民衆芸術とを融合させて前衛的な作品を生み出していた——。社会主義革命を直前にモスクワを中心に花開いた芸術運動が生み落とした作品群を紹介する「青春のロシア・アヴァンギャルド シャガールからマレーヴィチまで」を、プチグラパブリッシング代表の伊藤高さんに鑑賞していただきました。チェブラーシカやクルテクなどロシアや東欧にかかわるアニメーションの紹介や書籍の出版を通して、現地のカルチャーに精通する伊藤さんは、この展覧会から、どのようなメッセージを受け止めたのでしょうか。

若き画家たちが試行錯誤する姿をありありと思い描くことができた

--まずは展覧会の感想をお聞かせください。

カジミール・マレーヴィチ
立体未来派時代の作品《刈り入れ人》
1912-13年 油彩、キャンヴァス
© texts, photos, The Moscow Museum of Modern Art, 2008, Moscow

19世紀後半から20世紀前半の芸術運動は、どこに目を向けても本当に面白い。イタリアの未来派、キュビスム、フォーヴィスム、印象派、ドイツのバウハウス、そしてロシア・アヴァンギャルド。個人的には高校時代に未来派が好きになり、その流れから同時代のロシア・アヴァンギャルドの作品にも興味を抱きました。この展覧会は、「青春の——」と冠されているように、とくにロシア・アヴァンギャルドの勃興期の作品にスポットを当てています。たとえば、カンディンスキーは抽象絵画の画家として有名ですが、展示されていた「海景」という作品は、僕が知る彼のどの作品とも違い、荒々しく、原始的なタッチで描かれた風景画でした。彼の抽象絵画が完成する前の、画家としての何かを獲得していく執念のような力強さが伝わってくる興味深い作品でした。そのように、ロシアの若い画家たちがキュビスムなどの影響を受けつつ、自分たちなりのアートを発露させようと試行錯誤する姿をありありと思い描いている展覧会でしたね。

--とくに印象に残った作品について、お話ください。

初々しい作品が並ぶ中、ロシア・アヴァンギャルドを代表する画家の一人であるマレーヴィチの作品群は、完成度が際立っていました。《刈り入れ人》をはじめ、代表作といえる作品も、いくつか飾られていましたよね。「スプレマティズム」()は、コンセプチュアルな抽象絵画として高く評価されています。ただ、理論的な構築はすごいと思いますが、個人的には、観た瞬間に「いい」と感じる作品ではないですね(笑)。鑑賞するという意味ではかなり難解です。展覧会の最後に飾られていたマレーヴィチによる2点の人物画は、どちらも抽象画とはかけ離れた写実的な作品でした。革命後、スターリンを中心とした政治権力により前衛的な芸術家たちは迫害され、亡命や画風の転向を余儀なくされた厳しい状況を示唆するものでした。結果的に、ロシア・アヴァンギャルドは時の政権に圧力をかけられて粛正されてしまいますが、早晩、その流れは変化していたでしょう。そもそも、アヴァンギャルドはアヴァンギャルドとして進化を遂げていくものではなく、むしろそれがスタンダードになっていくわけです。その脈流を受け継ぐなり否定するなりして新たなが動きが立ち現れるからこそ、歴史の一部になる。ロシアの画家が各国に亡命し、バウハウスからミニマルアートまで様々なかたちで影響を及ぼしたことに目を向けると、そこから大きな潮流が見えてきます。

※ キュビスムと未来派の影響を受けた立体未来主義の集大成として、マレーヴィチが主張。禁欲的な抽象絵画。1920年前後まで続き、当時のロシア構成主義やのちのバウハウスに影響を与えた。

ロシア・アヴァンギャルドはアートとグラフィックデザインの境界

--そのほかに気になった画家についてお話ください。

グルジア出身のニコ・ピロスマニは、いわゆるロシア・アヴァンギャルドというスタイルではない素朴な温かみのある画家ですが、モスクワ市近代美術館に多くの作品が所蔵されていることから、今回の展覧会でも紹介されています。彼は素朴派といわれていますが、正統な絵画教育を受けていないからこそ獲得したのであろう自由な視点があり、突っ込みどころ満載の画家ですが、僕は面白くてとても好きです。独学で学び、住居を持たず、一生、絵を描いて暮らしたという人生は映画にもなっていますね。彼の絵を観て感じるのは、本当に動物が好きだったんだろうな、ということ。彼が描いた白熊やロバの目をよく見てください。とても愛情を込めて描いているのが、ひしひしと伝わってきますよ。それにしても、居酒屋の看板などを描いて日銭を稼いでいたピロスマニは、まさか自分の作品が日本のBunkamuraで紹介されるとは思ってもいなかったでしょうね。キャンバスに遠慮なく杭が打たれた跡があったりしますからね(笑)。

--どのあたりに注意をして観れば、展覧会をより楽しめますか。

ロシア・アヴァンギャルドには、アートとグラフィックデザインの境界点となる要素が多分にあります。絵画というアートであると同時に、たとえばタイポグラフィの要素を含むなど、デザイン的な色彩の強い作品が少なくありません。そのあたりも意識して鑑賞すると、ロシア・アヴァンギャルドという芸術運動の本質をより理解できるのでは。とくにデザインに興味のある人は刺激を受けるでしょう。それから、絵画史の視点からいうと、この展覧会はロシア・アヴァンギャルドの全貌というよりは、エネルギッシュな勃興期の紹介が中心であること、そして、同時代に生きつつまったく違う方向性を持つピロスマニを知った上で鑑賞すれば、この時代、ロシア(ソビエト連邦)という大国で何が起こっていたかの一端を伺い知ることが出来るのではないかと思います。

Bunkamura ザ・ミュージアム 本展の会期中の様子。1920年代以降の絵画では、日本へ亡命したブルリュークの作品や、
具象的なものへ回帰したマレーヴィッチの作品が並び、革命後のロシア美術の錯綜が垣間みれる。

今回、伊藤さんに鑑賞していただいた展覧会
「青春のロシア・アヴァンギャルド シャガールからマレーヴィチまで」

青春のロシア・アヴァンギャルド シャガールからマレーヴィチまで

19世紀前半から20世紀初頭にかけての社会主義革命直前のロシアでは、若いアーティストたちがキュビスムなど西ヨーロッパの影響を受け、また土着の民衆芸術を見直すことで、世界で最もアヴァンギャルドな芸術を生み出していた。マレーヴィチやジャン・プーニ、また若き日のシャガールなどモスクワ市近代美術館所蔵の70点を展示。同時期に活躍したグルジア出身のピロスマニの作品10点も紹介する。Bunkamura ザ・ミュージアムにて、2008年8月17日まで開催。

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