BUNKA X PERSON

1994年の出版以来、シリーズ累計発行部数275万部を超えるベストセラー絵本となった「あらしのよるに」が、この冬、ついに待望の映画化へ。そこで今回は、渋谷最大規模の書店「ブックファースト」で児童書部門を担当、自他ともに認める「絵本好き」という同店のスタッフ市川美芳さんに、映画と絵本、それぞれの魅力を聞きました。
映画「あらしのよるに」のストーリーはこちら
渋東シネタワー
最初読んだ時は、衝撃的でした--この作品の原作は今から8年も前に作られたものだそうですが、なぜこの時期にヒットしたのでしょうか?
現場の立場からいうと「やっぱりな」っていう感じなんです(笑)。「あらしのよるに」は、発売当初から注目作で、その後の作品も、売り場では定番の人気シリーズだったから。というのも、児童書では次を待たれて“シリーズになる”って、すごく珍しいことなんですよ。イメージ戦略とか話題性とか、それだけでは絶対に売れ続けることはできない世界なので。でも、「あらしのよるに」に関しては、1作出るたびに、読者からの問い合わせが後を絶たない。「次いつ出るんですか?」って自ら聞きにきた子供たちもいたくらい。だから、来るべくして来た、ごく自然な流れのような気がします。

--市川さんご自身、この作品がこんなにも愛される理由は何だと思いますか? 初めて「あらしのよるに」を読んだとき、すごく衝撃を受けました。物語を1ページ1ページめくるたび、「いつ食べられちゃうんだろう!?」って、すっごくドキドキさせられたし“食べる、食べられる”っていう世の中の常識を超えて、友情を成立させてしまう切り口もすごく面白いなあって。あべ弘士さんの個性的なイラストもまた、作品の魅力を何倍にも膨れ上がらせてくれますよね。最近では友情ではなく、恋愛物語としても受け入れられていたり、人を惹きつける要因がそこら中に散らばってる作品。私はメイが女の子だと思って読んでいたし、読み手によっていろんな受け止め方ができるのは魅力ですよね。
絵本って、子供に与える大人にも受け入れられないと売れないもの。だから大人でもこんなに楽しめるっていうのは、この作品がヒットした所以じゃないかと思います。
絵本とは違う、映画ならではの表現も見どころ映画「あらしのよるに」
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--映画と絵本の違いは何か感じましたか?
絵本の場合、当たり前だけど、絵から受けるイメージが一番大きい。声は聞こえないし、動きも見えない分、読み人の想像で膨らませることが出来る部分がたくさんあって、それこそが絵本の魅力だと思うんです。人気作の映像化は難しいって言われるのは、読んだ人それぞれが独自の世界観を創り上げているからですよね。
私自身、この作品には思い入れがあっただけに、見る前にちょっと不安はあったのだけど、映画版を見てみたら、結構リアルな作品になっていて、原作よりも大人向けになっているというか…、また違った物語として楽しめました。
きっと、原作者であり、今回脚本も手がけたきむらゆういちさんは、映画でしか見せられない表現で、子供たちに伝えようとした大きな“何か”があるんだろうな、と。

--それは主にどのあたりで感じましたか? 印象に残ったシーンがあれば教えてください。 一番びっくりしたのは、オープニング・シーン。原作ではあそこまで生々しい自然界の描写は表現されていない、それ以外にも所々、目をそむけちゃいけないような出来事が出てくるけど、子供たちはこれをどうやって受け止めていくのだろうなって思いますね。多分、泣いちゃう子とかもいるんじゃないかな。映画館にこっそり忍び込んで、リアクションを見てみたい(笑)。そうしたらきっと思わぬところで予想外の反応をするはず。子供って、狙った通りには絶対受け止めないんですよ。そこが面白いところだし、子供にはかなわないっていつも思いますね。 本当に良い作品は、世代も時間も越えて愛されるもの--原作者のきむらさんも「大人にも読んで欲しい」とおっしゃってますが、実際に売り場にいらして、支持は大きいと思いますか?
それはもう、感じますね。特にブックファースト渋谷店は、場所柄、大人が買いに来ることも多いので。「あらしのよるに」はもちろん、絵本を買われる方はたくさんいらっしゃいますね。近所にお住まいの方とか、美術系の専門学校生、マスコミ業界の人、それに、センター街を歩いている若い男の人たちも・・・。以前、いかにもイマドキの男の子に、「悪い人がやさしい気持ちになる絵本ありませんか?」って聞かれたこともあります(笑)。あとは、彼女にプレゼントしたいという男性も増えてるかな・・・。
--最後に、市川さんが考える良い絵本とは? 絵本って、もちろん子ども向けに作られているのだけど、実際は何歳になっても楽しめる存在だし、また、そういうものであるべきだと思うんです。同じ作品でも、年をとってから読んで初めて気付かされることがあったり、ページを開いただけで昔のキラキラした思い出がよみがえったり…。本当に良い絵本って、そういうものなんじゃないかな。
この「あらしのよるに」シリーズも、世代を超え、時を越えて、ずっとずっと読み継がれていく作品になってくれると信じています。

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市川さんイチオシの絵本ベスト3
よあけ よあけ
ユリー・シュルヴィッツ作画 福音館書店
湖に朝日が昇っていく瞬間を描いたラストシーンは、ぞっとするほど素晴らしいんです!
あなはほるものおっこちるとこ あなはほるものおっこちるとこ
ルース・クラウス作 モーリス・センダック絵 岩波書店
「手は何のためにあるの?」など、日常的な行為が子供の視点で自由に書かれた一作。絵もすごくかわいい!
ぐりとぐら ぐりとぐら
なかがわりえこ文 やまわきゆりこ絵 福音館書店
作中に登場するホットケーキはあまりにも有名。子供たちが喜ぶポイントを知り尽くした、絵本の王様ですね。

市川さんにとって、渋谷はどんな存在ですか? 10代〜20代半ばまでの想い出がたっぷりつまってる、まさに青春の地! というのも私、音楽がすごく好きで、高校生の頃はフリッパーズギターとか「渋谷系」に夢中で、仲間と音楽系のミニコミを作ったりしていました。渋谷に来ては、レコード屋とか、インディーズレーベルとか、ライブハウスとかに取材に行っていましたね。

渋谷でのお気に入りの過ごし方は? 私、バスが大好きなんですよ。200円払って、自分だけのゆったりした時間を過ごせて、ストレス解消になる。だから仕事帰りにも、時間があればバスに乗っちゃう(笑)。本読んでお菓子食べて、一人遠足するんです。それに窓の外を眺めていると、知らなかった渋谷の顔が見えることもあるし…。この過ごし方、絶対おすすめですよ。

市川さんが考える渋谷の魅力って? 今の渋谷は、ちょっと語弊があるかもしれないけど「もったいない」気がするんです。渋谷って、実はすごく落ち着いている場所があったり、映画も芝居も音楽も、カルチャーがすごく発達してる部分があったりする、すごくレアな街なのに・・・。どうも駅前の雑踏のイメージが強いせいか、その魅力にまだ気付いてない人がいるんじゃないかなと思うことはありますね。

■プロフィール
市川美芳(いちかわ・みほ)さん
千葉県出身。某大手書店でコミック・児童書を担当後、児童書系の出版社勤務を経て、現在に至る。「いつか大好きな絵本を集めたお店を開くのが夢」とは本人談。自らもミニコミ誌の編集や絵の個展を開催するなど、クリエイティブな才能を発揮する市川さんにとって、「渋谷はカルチャーの街として、ずっと慣れ親しんできた場所」とのこと。

■絵本に関するお問い合わせ先
ブックファースト渋谷店 ブックファースト渋谷店
[住所] 渋谷区宇田川町33-5
[電話] 03-3770-1023
[交通] JR,地下鉄各線 渋谷駅
[時間] 10:00〜22:00
[休日] 無休
[URL] http://www.book1st.net/

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