9月16日(土)〜22日(金)、第3回スペイン・ラテンアメリカ映画祭がアミューズCQNで開催されます。そこで、青山のラテンアメリカン・アートを扱う「プロモ・アルテ ギャラリー」の共同代表である古澤一洋さんと古澤久美子さんに、同映画祭の上映作品であり、本年ペルー映画で最多受賞作となった「マデイヌサ」を見た感想とともに、ラテンアメリカのアートをはじめとした文化について聞きました。
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--ペルーを舞台にした映画「マデイヌサ」を見た感想は?
(古澤久美子さん)ペルーは、中南米の中でもスペインの影響が色濃く残っている国です。16世紀にスペイン人がカトリック教を持ち込んだわけですが、今でもどんな小さな村に行っても教会は必ずありますね。また先住民の人々は、アンデスの山々をケチュア語で「パチャママ」と呼び、もともと大地の母、つまり神のような存在として崇めています。「マデイヌサ」に描かれているこういった風景はペルーらしいものですが、村人が行っている宗教的風習は正直、意外でした。聖金曜日からキリスト復活の日曜日までの数日間を、神が存在しない期間と考え、何をしても許される…という解釈は、あまりに現実の生活や社会観念とのギャップがありますね。これは架空の風習だと思いますが、監督はこの作品を通して、人間誰しも心の奥に潜んでいるファシズムというものに対する精神的な自由を表現しているのではないでしょうか。全体を通して、とてもシュールな作品だと感じました。
--ラテンアメリカの映画には、どのような特徴がありますか?
(古澤久美子さん)一般的な映画では、情熱的な恋愛ものが多いように思いますね。ただ、宗教をとってみても、中南米はとても複雑です。古くはペルー近辺にはインカ帝国、メキシコはマヤ文明、アステカ文明が栄えましたね。それぞれの先住民の宗教が存在するところに、スペインからカトリック教が持ち込まれたわけです。また、キューバやジャマイカ、ハイチなどは、奴隷として連れてこられたアフリカの人々の文化も入ってきました。さらにその後、アメリカからの影響も受けています。だから、“中南米”の特徴を一言で語ることはできないんです。
(古澤一洋さん)さまざまなものが、宗教や文化と一緒に混沌としているんですね。だから映画もおもしろいんだと思いますよ。2000年に上映された「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」は、キューバという国やラテン音楽を知るきっかけになりましたよね。音楽と映像が一緒になっていたのが良かったんでしょう。でもまだ、ラテンアメリカの文化が日本で紹介される機会は少ない。その意味でも、この「スペイン・ラテンアメリカ映画祭」は、興味深い活動だと思います。
--ラテンアメリカのアートと出会ったきっかけとは?
(古澤久美子さん)私は12歳のときに家族でコロンビアに行き、7年間を過ごしたんです。これがラテンアメリカのアートとの出会いですね。そして1970年の大阪万博で、コロンビア館のコミッショナージェネラルアシスタントを務めるために帰国し、その後、コロンビア大使館で働きました。大使館の仕事の中で、さまざまな芸術家との出会いがあり、またもともと絵に興味があったので、退職後に一人でギャラリーを始めて…。そこから「プロモ・アルテ」につながったんですね。
(古澤一洋さん)20数年前、青山のこの土地に住んでいらした方から、建て替えのご相談があったんです。僕はその頃、建築の仕事を始めたところで、これが建築プロデューサーとしての最初の仕事となりました。そして、ギャラリーだけを入れたビルを造ろうということになったんです。その当時、この街ではアルファキュービックやパーソンズといったアパレル会社がギャラリーや美術館を展開していた。アルファキュービックはロシア系、パーソンズはアメリカンポップ…と、それぞれ独自のブランド色に合ったアートを扱う中、ラテンアメリカにはどこも目を向けていませんでした。スペイン語を母国語として話す人々は世界で約3億人とメジャーなわけですよね。そういう中で必然として、ラテンアメリカのアートを確信的に狙ったというか…。ギャラリーとして、他との差別化が必要だったわけです。
--ラテンアメリカのアートについて、教えてください。
(古澤一洋さん)映画と同じで、やはりひと括りにはできない。そして、現代のラテンアメリカのアートの特徴は?と聞かれたら、あえて「ない」と僕は言いたいですね。今、どこの国の作家だからこういう色や構図が好きというような見方はナンセンスですよね。世界はどんどん小さくなっているわけですし。もちろん各国でおもしろい動きは見えますよ。例えばブラジルでは、はるか昔から、芸術家や文化人、芸術作品を購入した企業に対し、税金が優遇されている。先進国の発想を、ずっと前から実行してるんです。そういった土壌から、若い作家が育ってきています。日系人も多いので、注目したいですね。また、もとはペルーと一つの国だったボリビアに、アイマラ族というこの国で最も古い先住民族出身の作家がいます。農業大学在学中にユネスコ主宰の絵画展で賞を取り、ボリビアの先住民たちのための教育機関をつくりたいと、アート活動に専念することを決めた人です。“絵描き”という職業概念がない民族の人が描いたものを、「これはアートだ」と決める物差しは、ヨーロッパ文明のものといえるかもしれない。でもこの人は、何千年も民族が続けてきたことを、今度は伝える立場となって、世界と自分たちとのつながりを示すために、クレヨンと紙を持って世界へ出て行くんですよね。中南米には、それぞれの背景を持ったたくさんの作家がいて、その中でごくわずかだけれどその存在を等身大に、正確に伝えるのが僕のギャラリーの役割だと思っています。ビジネスではあるけれど、やはりギャラリーは、世界とアートとの中継地点なんでしょうね。
--渋谷・青山エリアにあるギャラリーに訪れる客層には、何か傾向がありますか?
(古澤一洋さん)しっかり反応してくれますね。それは、渋谷・青山界隈でないと味わえないことかもしれない。同じパフォーマンスを上野や浅草に持っていったからといって、すぐに反応してその中に自分を一体化させ、参加してくれるというアクションにはなかなかつながらないでしょう。好奇心の強い人が多いです。だからといって年齢層が若いということでなく、脳年齢と同じで、感性が柔軟な人が多いんですね。
また、マヤ遺跡やマチュピチュなどに旅行に行った人は、そのときの思い出と重ね合わせることで、ぐっとアートが身近になるようです。自分の中のどこかが少しでもリンクすると、アートってとたんに身近なものになりますよね。中南米に旅行に行く人が増えているから、そういう意味ではラテンアメリカのアートに興味を持つ人も増えているのかもしれません。「プロモ・アルテ」が、ラテンアメリカのカルチャーセンターのような役割が果たせたらいいと考えています。
--これからやりたいことや夢はありますか?
(古澤一洋さん)今までは、ラテンアメリカから日本にアートを持ってくることに一生懸命でしたけど、これからは日本から向こうに持っていきたいと思いますね。われわれ日本人は、外から学ぶことに専念してきたけれど、これからは外に出ていかなければいけない時代です。今から5年くらいの間に、世界中で日本の現代アートブームが起こると思いますよ。日本の作品は、極端にクオリティがいいですから。あとは持っていき方、見せ方の問題です。今の諸外国の若い世代は、子どもの頃に日本のアニメを見て育っているでしょう。アニメを通して、価値観の中に日本文化が刷り込まれているわけですよね。日本の作品に対する反応は、これまでの時代とは確実に違うと思います。
また、ブラジルから日本へ戻ってきた人たちがつくった文化は、音楽の世界でも注目されていますよね。この文化が、日本を経由して外に出ることもある。そういった、日本から外へ発信することのサポートをしていきたいですね。
古澤一洋さんにとっての渋谷とは? 僕、渋谷で生まれて、二十歳まで住んでいたんです。現在の神南小学校と、松濤中学校出身なんですよ。だから渋谷は僕の成長期の思い出そのものですね。渋谷に東急や西武が進出して、街がどんどん変わっていくのを目の当たりにしてきました。ちょうど僕が小学校に入学するときに、東急本店ができて、そこにヌードのブロンズ像があってね。小学生にとってはショッキングで、男友達と「おまえ見ただろう!」「見てねーよ!」なんて会話をしてました。つまり僕にとってインパクトのあるアートとの初めての出会いは、東急本店のヌード像ですから(笑)。
今後、渋谷に求めることは? 今は渋谷や青山というエリアに注目が集まっていますが、100年後の人たちが、21世紀に最も影響を与えた街を検証したときに、果たして渋谷という街が出てくるかどうかということですよね。街のエネルギーって、そのうち違う街に移っていくでしょう。今渋谷にあるパワーを、頑張って残していってほしいですね。目に見える形で残すことも大事だと思います。その意味で、都市計画は大切でしょう。後世の人たちに、利用価値のある街だと思ってもらうためにも。建築が人に与える影響の大きさって、確実ですよ。大きな彫刻みたいなものですからね。建築家のルイス・バラガンが、メキシコの伝統文化を現代に完ぺきに置き換えたように、価値ある建築物を残すことが必要なんじゃないかと思います。
■プロフィール
古澤一洋(ふるさわ・かずひろ)さん
「プロモ・アルテ ギャラリー」代表、美術空間プロデューサー、G.N.A.日本ギャラリーネットワーク協会副会長。東京都渋谷区出身。1959年生まれ。建築プロデューサーとして活躍し、2001年、神宮前にギャラリーを核とした複合ビルGALERIA-Artsビルをプロデュース。各地で美術展の企画を行っている。2004年には松山の三浦美術館(ミウラート・ヴィレッジ)で行われた四国初の岡本太郎展、「永遠の挑戦」を企画。
古澤久美子(ふるさわ・くみこ)さん
「プロモ・アルテ ギャラリー」代表。コロンビアで7年間を過ごす。1970年に大阪万博のコロンビア館コミッショナージェネラルアシスタントを務め、これを機に帰国。コロンビア大使館に勤務後、絵画への思いと豊かな知識、作家とのつながりを生かし、日本で唯一のラテンアメリカン・アート専門の「プロモ・アルテ ギャラリー」をオープン。
最新のスパニッシュムービーをどこよりも早く日本で紹介する映画祭。第3回の今回も、現地から最新の話題作をピックアップ。今、最もパワフルにカルチャーを発信するスペイン&ラテンアメリカを、個性豊かなラインナップで堪能できます。来日ゲストによるパネルディスカッションにも注目。
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現代アートの発信地・表参道で、ラテンアメリカ、カリブ地域の現代アートを系統的に常設展形式で紹介するユニークなギャラリー。2001年、国内作家を中心としたさまざまなジャンルに対応するレンタル形式によるアートスペース「プロジェクトギャラリー」を併設。「プロモ・アルテ ギャラリー」のあるGALERIA-Artsビルには6カ所の展示スペースがあり、さまざまなジャンルのアート展が毎週行われている。 >>プロモ・アルテ ギャラリーについて詳しくはこちら |