ジャズ界の若手を代表するテナーサックス奏者、エリック・アレキサンダー。彼が率いる「エリック・アレキサンダー QUINTET」が、セルリアンタワー東急ホテルにあるジャズクラブ「JZ Brat」で4月21日にライブを行いました。その演奏をファインダー越しに見つめていたのは、高橋慎一さん。渋谷や青山のライブハウスを中心にアーティストを撮影する写真家として、ジャズをはじめとした音楽ライターとして活躍する高橋さんに、ライブの感想や、音楽とご自身の軌跡について語っていただきました。
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--「エリック・アレキサンダー QUINTET」の演奏はどうでしたか?
エリックのテナーサックスは相変わらずパワフルで勢いがありましたね。一時期、ジャズがより難解になり、人々がジャズから離れていった時期があったのですが、エリックの演奏はとてもわかりやすく、聴く人を楽しませてくれる。いい時代のジャズを継承していると思います。ジャズ評論家の寺島靖国さんも彼を評価していますし、若手といっても、十分に経験と実力のあるサックス奏者といえるでしょうね。ハロルド・メイバーンのピアノも、ベテランの味が出ていて素晴らしかった。若手のエリックとの世代間の交流が、いい形で演奏に表れていることを感じますよね。
もう一人のサックス奏者、グラン・スチュアートもテナーサックスなんですが、この“ダブルテナー”というのは50年代からジャズファンに人気のスタイルで、今日再び脚光を浴びつつあります。エリックは、ボクサーでいえば一発KO狙いのマイクタイソンのようなタイプ。一方のグランはそれとはまったく違う、テクニシャンタイプです。この二人の丁々発止のやりとりが、スリリングでよかったですね。メンバーそれぞれの個性や、新しさと伝統が、ちょうどいいさじ加減でいい味を出している演奏だったと思います。
--たくさんのジャズクラブをご存知だと思いますが、その中で「JZ Brat」はどのような印象ですか?
今、都内には100以上のジャズクラブがありますが、「JZ Brat」はレベルの高いアーティストをそろえていると感じますね。本格的なプログラムでジャズを聴かせてくれる、代表的な店の一つだと思います。外れがあまりないと思いますよ。フードもおいしいですし、料金も手の届く範囲でしょう。雰囲気もいいから、例えば40代後半の男性が、若い女性を誘って来るのにちょうどいいのでは!?(笑)
--写真家、そしてライターとしてご活躍の高橋さんですが、演奏中のアーティストを撮影するときと、記事を書くために演奏を聴くときでは、何か違いがあるのですか?
実は、撮るときと書くときでは、まったく感覚が違うんです。聴いた後に記事を書かなければいけないときは、わりと理性的に聴いているんですね。でも、演奏中のアーティストを撮影するときは、シャッターを切り始めた瞬間に、音が一切聞こえなくなるんですよ。まったく無音状態。それなのに、不思議ですよね。いい演奏家かどうかは、カメラを通して手にとるようにわかってしまうんです。優れたアーティストの姿をカメラに収めているときは、何というか、“聖なる瞬間に立ち会っている”といったような感覚を覚えるんです。「この人の邪魔をしてはいけない」と感じるんですね。その瞬間は、感動ものです。そしてやっぱり、写真の出来上がりもいいんですよ。
--ジャズピアニストのハービー・ハンコックなど、数々のビッグアーティストの撮影を手がけて来た中で、強く印象に残っている人は誰ですか?
日野皓正さんは迫力でしたね。あれだけトランペットを吹いてきていても、「オレはまだラッパを吹き足りねえんだ」って言うんですよ。自分を追いつめて、音楽を追求している。心から尊敬しますね。
そして、一流のミュージシャンに共通していることは、“話の整合性が取れない”ことなんです(笑)。さまざまなプレッシャーにもへこたれず、本当に自分の音楽を突き詰めてきた方々ですから、多くの熱い思いが言葉としてあふれでてくるんでしょうね。一流の方はみな、他とは圧倒的に違う個性を持った、“人間力”のある人物だと感じます。今の日本の子どもたちにも、音楽などの文化を通して、そういった個性が育つ環境が必要なんじゃないかと思いますね。
--高橋さんの、音楽との出逢いについて教えてください。
実は僕の音楽の原点は、郷ひろみさんなんです。幼稚園に通っていた頃、「禁猟区」という歌が大好きだったんですよ。今思うと、僕が大人になってからラテン音楽に惹かれたのも納得がいきますよ。「GOLDFINGER’99」で明らかになりましたけど、郷さんって絶対にラテンですもんね。その後は、アングラな世界にハマった時期もありました。自分で演奏することはできなかったので、音楽や映画、パフォーマンスなどを、観たり聴いたりして楽しんできたわけです。高校生の頃には、自分なりにライブの感想などを文章にして、出版社に送ったりしていました。頼まれてもいないのに「書かなくちゃいけないから」と授業をさぼって、よくライブを聴きに行ってましたね(笑)。
ジャズとの出会いは、高校生の頃です。山下洋輔さんのエッセイの中に、テナーサックスの武田和命(かずのり)さんのことが書いてあったので、アルバムを買ってみたんです。後で知ったのですが、武田和命さんってジャズ通でないとわからない世界で、そのときの僕には理解できなかった。でも、大人になってからあらためて聴いてみたら、すごく良さがわかるんですよね。やっぱりジャズは大人の音楽だと実感しました。
--キューバ音楽と出逢ったきっかけは?
高校卒業後、カメラマンになろうと思い立ち、スタジオに修行に入った時期があったんです。昼も夜もなく、思考回路が止まるくらいハードな毎日が3年ほど続いて、ライブを聴きに行く時間もなかった。遊ぶ時間がないから、その分お金は貯まっていたんですけどね。で、辞めたときに、「音楽を聴きに行ってやる!」と思い、選んだのがキューバ。ニューヨークはありがちだし、キューバは当時治安がいいと聞いていたので。
キューバの人々の生活には、音楽が当たり前のように入り込んでいるんですね。最初の数カ月はほぼ毎日、「ハバナクラブ」というクラブでラムコークを飲みながら音楽に浸っていました。そんな中でたまたま出会った日本人の民族音楽の研究家と、キューバ音楽のレーベル「カミータ・レーベル」を立ち上げることになったんです。初めは何もわからず細々とやっていたのですが、2002年に、スイング・ジャーナルの三森編集長の紹介で、ジャズ界で大きな力を持つポリスターレコードにレーベル契約をしていただけることになりました。
--高橋さんがプロデュースしたアルバムが、キューバ音楽のグラミー賞といわれる「クバディスコ 2006」にノミネートされたそうですね。
そうなんです。「カミータ・レーベル」でプロデュースしている、キューバを代表する音楽家を集めたセッションバンド「HABANA JAM SESSION」のアルバムが、「クバディスコ 2006」のジャズ部門と録音部門にノミネートされました。日本人がプロデュースするアルバムが選ばれたのは初めてだそうで、本当にありがたいことです。
僕は、キューバ音楽の魅力は、メロディーの美しさにあると思っています。覚えやすくて、思わず鼻歌を歌ってしまうような、楽しいメロディー。そんなキューバ音楽の魅力を、このレーベルを通してみなさんに伝えていきたいと思っています。これは僕のライフワークでしょうね。そしていつか…。これはかなり高い目標ですけど、でもいつか、「HABANA JAM SESSION」に参加したミュージシャンの来日公演を実現したいですね。
1968年イリノイ州生まれ。テナーサックス奏者。1991年の「セロニアス・モンク国際ジャズ・コンペティション」で銀賞を獲得したをきっかけに、シカゴからニューヨークに進出。以後、精力的にアルバムを発表し、たちまち注目を浴びる若手の代表格となった。パワフルな演奏と甘いルックスで高い人気を誇るジャズ界のプリンス。
高橋さんにとっての渋谷とは?渋谷は「JZ Brat」をはじめとしたライブハウスに撮影の仕事がありますし、ポリスターレコードも渋谷にオフィスがあるので、よく訪れる街です。学生のころは、「渋谷ライブイン」や「La.mama」「ジァン・ジァン」など、ライブやお芝居を観に足を運びました。ユーロスペースは大好きな映画館ですし、僕の欲しいレコードはWAVEでしか見つからなかった。本当に思い出深い街です。
今後、渋谷に求めることは?渋谷に来ると、こんなに人が大勢いるのに、なぜ僕のアルバムは売れないんだろう?と思います(笑)。それは冗談ですが、でも音楽や映画に関していえば、みんなにもっと渋谷ならではの作品を見つけてほしいと思います。マスメディアが取り上げる、どこにでも手に入る作品ではなく、渋谷にしかない、本当にいい作品って、実はたくさんあるんです。マイナーなものにアンテナを張り巡らせる、若者ならではの気質を、ぜひ渋谷で発揮してほしいですね。
■プロフィール
高橋慎一(たかはし・しんいち)さん
東京工芸大学短期大学部 写真応用学科卒。98年よりフリーランス・フォトグラファーとして独立。現在、雑誌・書籍・CDジャケットなどで活躍中。また、ライターとして「スイング・ジャーナル」「月刊ラティーナ」を中心にジャズをはじめ音楽関係の記事を執筆。そのほか、海外紀行、ドキュメント記事を雑誌や書籍で精力的に執筆。
2001年7月にキューバ音楽のオリジナル音源を制作するレーベル「カミータ・レーベル」を設立。キューバを代表する音楽家たちによるセッションバンド「HABANA JAM SESSION」をプロデュース。2005年に制作したCD「Kamita Record/HABANA JAM SESSION」は、 キューバのグラミー賞「クバディスコ2006年」にノミネートされた。 |
撮影協力:Conceal Cafe