カフェごはん。カフェめし。
いずれも10年前には存在しなかった言葉だ。ニューヨークの雑誌媒体から「日本で流行している『カフェごはん』とは、どんなものですか?」という取材を受けたのをきっかけに、2000年〜2008年のカフェごはんの歩みについて考えてみた。
最初にカフェめしというキーワードを提案したのは、2000年に発売された雑誌BRUTUSのカフェ特集号だったと記憶している。従来の喫茶店の食事といえばトーストか、あるいはカレー、サンドイッチ、ピラフ、ナポリタンスパゲティ、ハンバーグといった全国各地共通、老若男女に好まれるオーソドックスな料理がほとんどで、しかもそれらは冷凍食品やレトルトである場合が多かった。少数のカレー自慢の喫茶店をのぞけば、だれもあまり本気で喫茶店でおいしい食事をしようとは考えていなかったのである。(もっとも現在では「喫茶店のナポリタン」は懐かしさを呼び起こす一品として、さまざまな業態の飲食店のメニューにちょっと誇らしげに登場している)
近年のカフェは、喫茶店の「とりあえず小腹を満たす」というラインナップの枠から抜け出し、その時代の飲食店の流行を取り入れたり、逆に他の飲食店に影響を与えたりしながら、独自のカフェごはんと呼ばれる料理を進化させていった。
カフェの定義と同じように、カフェごはんの定義もあくまで感覚的なものだけれど、2000年から顕著になった東京カフェ熱のただなかで、ブームの牽引役を果たした何軒かのカフェのメニューが、現在多くの人がイメージするカフェごはんの基礎となっていった。
カフェごはんの初期の典型的な例を挙げてみよう。
(1) ワンプレート
主菜、副菜、サラダ、プチデザートなどを一枚の大皿に彩りよく盛り合わせたもので、構成要素はサラダとお味噌汁つきの定食とほぼ同じ。栄養バランスの良さと、見た目の美しさで好まれる。
ワンプレートはひとりで食事をする働く女性の味方であり、「ひとりごはん」という食事スタイルの増加と密接な関係にあるように思う。カフェによっては、食事の時間帯に訪れるお客さまのほぼ全員が、「おひとりさま」の女性客という光景を見かけることがある。
(2) ロコモコ
喫茶店や定食屋の定番、ハンバーグ定食をカフェスタイルにアレンジしてワンプレート化すると、ロコモコになるのではないだろうか? フラダンスなど近年のハワイアンカルチャーの流行も影響してか、基本のグレイヴィーソースのほかに、照り焼きソース、デミグラスソースなど、さまざまなヴァリエーションのロコモコが作られている。丼に入れて提供し、「ロコモコ丼」と名付けるカフェも少なくない。
(3) オムライス
これも庶民的な定番メニュー。カフェごとに工夫を凝らしたオムライスが登場し、看板メニューにしている店もあった。
(4) フレンチトースト
喫茶店のトーストといえば、厚切り食パンをこんがり焼いた単純明快なバタートーストやチーズトーストだけれど、カフェのトーストといえば、バゲットを卵と牛乳にひたして焼き上げるフレンチトースト。メイプルシロップやはちみつが添えられ、ミントの葉を飾った生クリームが視覚的な効果を上げている。イチゴやベリーなどの果実を添えて、スイーツ仕立てで楽しむフレンチトーストも多い。
東京カフェの大きな特徴は、個人オーナーが自分のセンスを活かして店作りをおこなったことにある。(第3回「渋谷カフェの分類」の「カフェ誕生の立役者は、個性豊かな個人オーナーたち」参照)
インテリアや音楽はもちろん、コーヒーやお酒や食べものにも個人の嗜好が色濃く反映されていたから、「オーナーが食べたいと思ったもの」「オーナーがおいしいと思うもの」がカフェのキッチンで作られ、お客さまのテーブルに運ばれていく。その結果、メニューにはジャンルを問わずにさまざまな料理が並び、古くから喫茶店の定番だった一皿から、和食店、イタリアン、エスニック、居酒屋などの料理が、それほど違和感をもたらすことなく共存することになった。
カフェがことさら崩そうという意識もなしに崩してみせたのは、内装スタイルばかりではない。料理のジャンルの垣根も崩して、利用客の舌が自由に行き来できるようにしたのだ。そして、同じ空間の中に、ひとりでコーヒーを飲みながら読書する人がいると思えば、グループでワインを飲みながら、牛肉の赤ワイン煮込みと、ピザと、生春巻きをいっしょに楽しんでいる人々がいる。
カフェが歩き始めたばかりの2000年当時は、カフェごはんという言葉に、新鮮で魅力的な響きがあったと同時に、残念ながら子どもだましのチープな料理というバッドイメージがついてまわったのも事実。
その後、無数のカフェの乱立→淘汰→街へのカフェの定着から成熟という流れを経て、味のレベルは大きく向上。現在では、フレンチやイタリアンの店で修業したシェフが独立して自分の店を開くにあたって、より自由なスタイルで自分の世界を展開できることに魅力を感じて、あえてカフェという形態を選んでいることなどもあり、レストランと遜色のない料理を提供するカフェも増えている。
カフェのメニューは、季節ごとに変わるのはもちろん、中心となるシェフが代わると大きく変更されることが多い。
たとえば隠れ家的存在として人気を集めるZarigani Cafeの2000年当時のメニューには、次のような料理が並んでいた。
- 焼き茄子と挽肉のライスプレート
- かにみそのグラタン
- かにみそのグラタン
8年後の現在では、いずれも見あたらないものばかり。
また、時間が経過するとともにオーナーの好みも成熟し、それがカフェのメニューに反映されることもある。たとえば1999年にオープンしたカフェ・アプレミディは「鶏とキノコのまろやかカレー」や「ゴルゴンゾーラ・グリュイエール・モッツァレラのピザ」など誰にでも親しまれる定番的な料理がフードメニューの主役だが、同オーナーが3年後にオープンさせたアプレミディ・グランクリュは、人気フレンチ店で活躍していたスタッフを厨房に迎え、レストラン&ビストロ級の料理とワインを揃えた大人仕様に。
洗練された和カフェの草分け的存在だったANTENNAは、2002年のオープン当初からすべてのメニューに和の要素を取り入れ、個性を打ち出していた。たとえば好評を博している「スパイシーチリごはん」。チリにはガルバンゾーやキドニービーンズを用いるのが一般的だが、あえて日本で古くから親しまれてきた大豆を使用。その他、「冷やしごまじるそうめん」「キナコの蒸しパン」など日本の伝統的な食材を使ったものがメニューに並び、新鮮な和風アレンジ料理を楽しませてくれる。
その後、私たちの健康や環境に対する意識の高まりを受けて、マクロビオティックやオーガニックにこだわるカフェも増えてきた。2008年、フランスの自然派化粧品ロクシタンの旗艦店に併設されたカフェは、同ブランドの世界初出店となるカフェ。オーガニック食材や産地情報を特定できる食材などを取り入れたフードやスイーツを提供している。
同時に、パンケーキ専門のカフェ、ガレット専門のカフェなど、ワンテーマに絞ったカフェも注目を集めている。渋谷では老舗的存在のAu Temps Jadisが本場のガレットを楽しめる店として親しまれてきたが、2008年には同じ松濤エリアにガレット+トラットリアを掲げる専門店ガレットリアが誕生。蔦のからまる一軒家がガレットの本場・ブルターニュ地方の雰囲気を盛り上げている。カフェごはんは今後も、街の流行とリンクしながら変化を続けていくのだろう。
■プロフィール
川口葉子(かわぐちようこ) ライター、エッセイスト。
茨城県日立市生まれ。大学時代より東京都在住。散歩や旅の途中で訪れたカフェは800軒以上にものぼる。1999年末から趣味が高じてサマンサのペンネームでWebサイト『東京カフェマニア』を主宰。雑誌や各Webサイトでエッセイやカフェのレシピを連載中。2008年7月に『カフェとうつわの旅-あたらしい和のかたち』を青山出版社より書籍として発刊した。
■著書 カフェとうつわの旅-あたらしい和のかたち(青山出版社)
屋上喫茶階(書肆侃侃房)
東京ランチレボリューション 共著 (東京書籍)
本のお茶-カフェスタイル・岡倉天心「茶の本」(角川書店) など