2015年のマンガ界を振り返る
毎年、大量に出版されるマンガたち。2015年現在、雑誌は年間380冊、単行本は年間1万2,000冊が発行されている。さらに、インターネットやスマートホン、タブレットの普及により、Web媒体のマンガが近年急増。「クラブサンデー」「裏サンデー」などの無料Web雑誌はすでに50以上も存在し、有名作家の漫画が無料で読める「comico(コミコ)」「GANMA!(ガンマ)」「マンガボックス (MangaBox)」などのアプリも続々と登場している。また、個人ブログ発信の漫画も増え、2015年には、アメブロの総合ランキングで1位を獲得したブログ漫画『北欧女子オーサが見つけた日本の不思議』が単行本化され、ベストセラーとなった。
そんな中、最も売れている少年誌「少年ジャンプ」がとうとう電子化を発表し、ネット上で誌面が読めるほか、単行本を無料で購読することができるサービスが始まった。このニュースは、漫画界に多大なる衝撃を与えることになり、そういった意味でも、2015年はマンガ界のターニングポイントを迎えたと言っても過言ではない。これを期に、2016年以降もWeb化はさらに加速していくことが予想される。となると、膨大な量のマンガから良質な一冊を発掘するのはもはや至難の業。SNSを始めとする口コミや、書店員を始めとする漫画通のキュレーター情報がますます重要な意味を占めてくるだろう。今年、渋谷にオープンしたカフェバー「マンガサロン トリガー」も良書を選ぶにあたって救世主的存在となる場所だ。「運命の一冊に出会えるきっかけ(=トリガー)になれば」という思いで始まったこの店は、王道からマニアックな作品まで4,300タイトル以上のマンガタイトルを取り揃え、マンガに詳しいコンシェルジュを常置し、連日、著名な作家によるイベントを開催している。「トリガー」が面白いのは、1タイトルに付き3巻までしかマンガを置いていない点。あくまでも、ここは、膨大な量のマンガ群からあなた好みのマンガを発掘する場所なのである。何のタイトルを読むべきか悩んだら、まずはコンシェルジュに声を掛けてみてほしい。あなたの求めるとっておきの一冊を提示してくれるに違いない。
今回の「シブヤ×ブックス」では、その「トリガー」の店長でありコンシェルジュである兎来栄寿さんがブックセレクター。「今年中に読んでおきたいおすすめのマンガ」を3冊ピックアップし、紹介してもらった。2015年を象徴するような作品など、思わず唸らずにはいられないチョイスに着目してほしい。
兎来栄寿(とらいえーす)さん(店長兼コンシェルジュ)
最初のマンガとの出会いは幼少時に読んだ『ドラえもん』。その後、「コロコロコミック」「ジャンプ」を始めとする少年誌から、「リボン」「なかよし」「ちゃお」「別コミ」といった女性誌まで幅広く読み漁り、10 歳の頃から神保町やまんだらけに通い詰める。少年青年少女漫画から BL・百合まであらゆるジャンルを愛する生粋の漫画愛好家。漫画を読むのは呼吸と同じ。自分を育ててくれた漫画文化に少しでも恩返しすべく、日々様々な作品の布教活動を行うマンガソムリエ。
- 店 名:
- マンガサロン トリガー
- 住 所:
- 渋谷3-15-2 コンパルビル4F
- 電 話:
- 03-6427-2248
- 営 業:
- 平日 18〜23時(L.O.22時)
土日・祝 13〜23時(L.O.22時) - 定 休:
- 毎週火曜日
ずば抜けた台詞センスが心地よい1冊
「波よ聞いてくれ」
- タイトル
- 「波よ聞いてくれ 」
- 著 者
- 沙村広明
- 出版社
- 講談社
- 発売日
- 2015/5/22
- 価 格
- 637円(税込)
- サイズ
- 18cm
- ページ
- 192P
舞台は札幌。酒の席でラジオのディレクターに失恋トークを披露した主人公のミナレ。次の日、そのトークがラジオの生放送で流されてしまい…。テンポ良いストーリー展開と疾走感のある台詞まわし、キャラクター立ちした個性的な面々が織りなすドラマ。読み手を飽きさせることなく、グイグイ引き込んでいく展開から一瞬たりとも目が離せない。
<兎来さんのオススメポイント>
前回の取材でもおすすめさせていただいた1冊です。著者である沙村広明さんの代表作『無限の住人』を読んだ人もいるかも知れませんね。先だって、三池崇史さん監督、木村拓哉さん主演で2017年に実写化されることが発表され、話題になりました。そんな沙村広明さんの最新作です。序盤からアクセル全開で飛ばしている会話劇のおもしろさが群を抜いている作品です。絵もうまいので魅せられますし、ラジオという業界を扱っているのも珍しいです。2015年上半期の私の中のベスト1ですね。実は1巻では、まだ大きく話は動き出していません。これからようやくラジオの世界に入っていきますよ、というところなのですが、1巻の段階で既に抜群におもしろいので、今後、主人公がラジオ業界でどんなことをやっていくのか、展開を想像しただけでもワクワクしますね。
震災後の日本とシンクロする、人類の終末を描いた1冊
「なぎさにて」
- タイトル
- 「なぎさにて」
- 著 者
- 新井英樹
- 出版社
- 小学館
- 発売日
- 2015/9/30
- 価 格
- 640円(税込)
- サイズ
- 約18cm
- ページ
- 240P
2011年3.11の起きた直後に、突如、世界の至る所に現れた巨大な豆の木。これが破裂すると半径10キロ以内にいる人間が一瞬にしてその樹液によって死滅し、死滅を免れた人も、樹液の毒により、まるで放射能汚染のように徐々に体が蝕まれて死んでしまう。物語の舞台は、4年後、2015年の日本。いつ人類が破滅するか分からない、恐ろしい豆の木と隣り合わせに生きている人々。未だ日本にある豆の木は破裂することなく、みな平和に暮らしている。人類はこのまま生き延びることができるのではないかと楽観視している人、刹那的に生きる人、投げやりに生きる人など、「世界の終わり」を意識させられた人類はさまざまな顔をみせていた…。
<兎来さんのオススメポイント>
このマンガは、私の中で、今年ナンバーワンの作品です。新井英樹さんは、いままで社会に対する悲しみ、怒りをこれでもかとばかりに表現していた漫画家さんですが、昨年くらいからそれらを昇華させ、よりあたたかい世界を描くようになりました。2014年のマンガHONZ超新作大賞を受賞した『空也上人がいた』や、実際に田町で「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」というビルをひとりで作っている岡啓輔さんという方を描いた読み切り作品『みらい!! -岡啓輔の200年-』などがそれにあたります。それらに続く新連載が本作です。2011年に3.11が起きたという現実とまったく同じ設定で物語は始まり、その後、汚染力を持った巨大な豆の木が世界中に生えてくるという展開が描かれます。この恐るべき存在である豆の木と共に生きていく人間たちの姿は、まさに原発後の日本の姿とシンクロしています。人類としての在り方を問う巨大なテーマが、思春期の娘と父親の対立構造というホームドラマ的な要素をとおして描かれています。タイトルの「なぎさ」は主人公の名前ですが、50年前に出版されたネビル・シュートのSF小説『なぎさにて』のオマージュでもあります。その作品も、 放射能汚染で世界中が汚染されて南半球にしか人が住めなくなるという、人類の終末を描いています。
2015年のキーワードである「Web漫画」を象徴する1冊 Final Re:Quest -ファイナルリクエスト-
- タイトル
- 「Final Re:Quest ファイナルリクエスト」
- 著 者
- 日下一郎
- 出版社
- 講談社
- 発売日
- 2015/5/8
- 価 格
- 994円(税込)
- サイズ
- 18cm
- ページ
- 160P
RPGで魔王を倒した後の世界を描く。RPGの主人公は勇者タケル。しかし、その後の世界を描く本書では、勇者タケルとともに戦っていたおじいちゃん戦士が主人公。この老戦士が、エンディング後のゲームの世界で目覚める。そこには、謎のバグが広がる世界が展開していた。かつて一緒に魔王を倒した昔の仲間たちと出会いながら、バグの原因を突き止めて世界を救う。しかし、なぜか、勇者タケルの姿だけが見つからない…。
<兎来さんのオススメポイント>
2015年の漫画界は、ますますWeb化が進み、ネットを通して新たな才能や表現がどんどん登場してきました。『Final Re:Quest -ファイナルリクエスト- 』もそのひとつです。この作品は、ニコニコ静画発信の作品で、効果音付きの紙芝居のような形で発表され、単行本化されました。単行本を見てもらえるとわかる通り、オールカラーで、驚くべきことに、すべてドット絵で漫画を描いています。一コマ描くのに何時間かかるかわかりません。もちろん、漫画界でも初めての試みです。本の装丁も凝っていて、ページを開くと、ファミコンの説明書のようなつくりになっています。ファミコン世代はもちろんのこと、幅広いゲーム好き層にはたまらない作品だと思います。ストーリーもおもしろく、舞台は、RPGで魔王を倒し平和になった後の世界。そこを、なぜかキャラクターたちが自我を持って動き出す。2015年上半期で、最も売れた第一巻作品として話題となった漫画『ダンジョン飯』もそうですが、いままで描かれなかった側面に着目している点も興味深いです。『ダンジョン飯』もRPGの世界観で、宝箱が眠っているダンジョンに潜入する人々の話なのですが、普通、RPGは人が食事する場面がカットされています。そこをあえてフィーチャーし、何もないダンジョンですから、たとえば中に出てくる魔物をおいしく料理するなどして、ダンジョンで食事を取る姿を描いています。ゲームクリア後の世界を描いた『Final Re:Quest』も同様のおもしろさがありますね。
取材・文/ 田賀井リエ(代官山ひまわり)