「新しい働き方」への模索が始まっている
現在、書店では「働き方本」ブームが巻き起こっている。昨年、2025年の未来の仕事を生々しく予見した「ワークシフト」(リンダ・グラットン著/プレジデント社)のベストセーラーに端を発し、現在の自分の仕事や、未来の働き方を真剣に考え始めている人びとが増え始めた。もちろん、こうした背景にはバブル以降、長らく続いた不況も大きな要因だろう。終身雇用が約束されていたはずの大手企業が崩れ、さらに3.11の震災が追い打ちをかけた。以後、「ノマド」「コワーキング」「シェア」「ソーシャル」というキーワードが台頭し、若者たちの仕事や幸福に対する価値観はがらりと変わったように感じる。公務員など、倒産する心配のない安定職業に人気が集まる一方、大きな組織に頼らず、自分一人で収入を得て生きていける働き方を模索する人びとが増えているのも確かだ。たとえば、急速に市場が拡大するクラウドソーシングは、個人と企業を容易にマッチングさせるなど、インターネットやテクノロジーの発展がワークスタイルの在り方を一変させた。仕事のフィールドはもはや都市部のみならず、ローカルでもグローバルであっても個人が簡単に結びつく時代がやってきているのだ。「自分らしい働き方とは何か?」「本当の幸せとは何か?」――「9−5時」「土日休み」など、従来の社会通念に囚われない多様な価値観と選択肢の拡大で、様々な可能性を見い出す人びとが増えたことが、今日の「働き方本」ブームの背景にはあるのだろう。 さて今回の「シブヤ×ブックス」では、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店の社会科学担当・安斎千華子さんにブックセレクターを務めてもらった。新卒入社以来、池袋本店から新宿、渋谷店と渡り歩いてきた安齋さんは、社会科学畑一筋のベテラン。今春4月までは育児休業を取っていたそうだが、現在は子育てをしながらキャリアを生かし短時間勤務で働く。ハードワークを厭わず働いていた独身時代から、仕事と子育てを両立するワークスタイルへ、安斎さんご自身も新しい働き方に取り組み始めたばかりだという。そこで今回は「新しい働き方」をテーマに、働くママである安斎さんにお薦め3冊をご紹介してもらった。
社会科学:安斎千華子さん(入社11年目)
- 店 名:
- MARUZEN&ジュンク堂 渋谷店
- 住 所:
- 道玄坂2-24-1東急百貨店本店7階
- 電 話:
- 03-5456-2111
- 営 業:
- 10時〜21時
- 取 扱:
- 和書/洋書/コミック
- 併 設:
- カフェ/文具
渋谷最大級1100坪のワンフロア。専門書の品揃えに定評があり、蔵書は約130万冊を数える。丸善とジュンク堂とのコラボショップで文具が充実し、NHK関連グッズが揃う「NHKスクェア」も併設する。
「新しい働き方」全体を俯瞰できる1冊 −「未来の働き方を考えよう」
- タイトル
- 「未来の働き方を考えよう」
- 著 者
- ちきりん
- 出版社
- 文藝春秋
- 発売日
- 2013/6/12
- 価 格
- 1365円(税込)
- サイズ
- 18.6cm
- ページ
- 223P
200万PVを誇る人気ブログ「Chikirinの日記」を運営するちきりんさんが、これからの社会の変化を読み解き、「未来の働き方」を提案する。IT化、グローバリゼーションなど、かつてないスピードで変化していく未来を、楽しく生きるための新しい働き方のヒントが得られる指南書。家族の形や人生の長期化、海外で働く選択、40代からの働き方など、私たちを取り巻く現状と未来を広く俯瞰できる一冊である。
<安斎さんのオススメポイント>
「いつまで働けるのか?」「これから、どう生きていくべきか?」という漠然とした不安を抱える若者が多い中で、「社会が今どういう状態にあって、だからこうなっているんだよ」と社会が取り巻く環境や、仕事の現状をわかりやすく説明してくれている本だと思います。グローバリゼーションが進み、平均寿命が延びていき、果して私たちは今までと同じ働き方をしていて良いのでしょうか。それに対して、ちきりんさんは「それは不味いんじゃない」「面白くもないよね」と問い、「もう一度、自分の選択を考え直してみたらどう?」と私たちに提案しています。かつて定年といえば60歳、現在は65歳くらいまで広がり、将来はもっと働ける年齢が高まっていくでしょう。そう考えたときに40歳くらいで「第二の人生」を考えて転職するというか、自分の働き方を見直すことを薦めています。ひと昔前、定年後の「第二の人生」といえば、田舎暮らしで悠々自適に生活することでしたが、その形はだんだんと変わっています。この本では、経験やスキルを持ち、家族を持ち、落ち着きを持つ40歳だからこそできる、若い頃とは違う「働き方の可能性」を大胆に提言している点は興味深いです。ちきりんさんの魅力は、言っていることがしっかりと地に足が着いていること。一般的に評論家の多くは、しばらくすると持論が強くなりすぎる傾向があります。ところが、彼女の場合は、客観的な見方をして「こうだよね」と優しく諭してくれるイメージが強く、読者から大変信頼されています。40代はもちろん、現状の働き方に迷っている20、30代の若い人たちにもぜひ読んでほしいですね。
「グローバルで働く」が分かる1冊−「日本がヤバイではなく、世界がオモシロイから僕らは動く。」
- タイトル
- 「日本がヤバイではなく、世界がオモシロイから僕らは動く。」
- 著 者
- 太田英基
- 出版社
- いろは出版
- 発売日
- 2013/4/24
- 価 格
- 1470円(税込)
- サイズ
- 18.6cm
- ページ
- 272P
著者・太田英基さんが約2年かけて世界一周しながら、海外で働く日本人にインタビューし、そこから見えてきた世界と日本のことや、新しい働き方の選択肢の一つとして「世界で働くこと」の可能性を綴った入門書。海外で働くというのは「日本がヤバイ」とか「日本を捨てる」とかではなく、もっとドキドキ、ワクワクして「世界がオモシロイ」から動くというポジティブな発想が重要であると説く。世界への一歩を踏す出すための勇気がもらえる一冊である。
<安斎さんのオススメポイント>
太田さんは、とてもバイタリティーのある人。世界旅行中に1,000人以上のビジネスマンたちと実際に会い、海外でどんな仕事をどのような考えでされているのかを丁寧に取材しています。日本社会における不安感よりも、むしろ世界に飛び出すことの面白さや魅力を知ってほしいと言います。後半には日本人が海外で働くときの仕事の具体事例のほか、デメリットにもしっかりと触れていて実用性に富んでいます。本気で海外で働きたいと考えている人にとっては、とても参考になるでしょう。現在ジュンク堂渋谷店には学生アルバイトがたくさんいて、まさに彼らも就職難に悩んでいます。この本では、こうした悩み多き若い世代の方々に読んでもらい、「海外で働く」という選択肢を含めて仕事の幅を広げるヒントにしてほしいですね。また「語学の壁」から海外に飛び出すことを躊躇する日本人も多いと思いますが、まずは勇気を出して飛び出してみることが大事なのかもしれません。
「ローカルで働く」が分かる1冊−「僕たちは島で、未来を見ることにした」
- タイトル
- 「僕たちは島で、未来を見ることにした」
- 著 者
- 株式会社巡の環 (阿部裕志・代表取締役/信岡良亮・取締役)
- 出版社
- 木楽舎
- 発売日
- 2012/12/15
- 価 格
- 1890円(税込)
- サイズ
- 19cm
- ページ
- 320P
地方が過疎や高齢化が進む中で、島根県の海士町(あまちょう)は「よそ者、若者、ばか者」と称した島民以外の若者を受け入れる大胆な行政改革で、全人口の約2300人のうち、Iターン移住者が数百人にも上る。著者・阿部裕志さん、信岡良亮さんも2008年に移住し会社「巡りの輪」を設立。新しい社会のカタチや、持続可能な社会を模索するため島を舞台にした実験を日々続ける。この本は、新しい挑戦に奮闘する二人の若者の冒険起業譚を綴った「島と地域と未来」の入門書である。
<安斎さんのオススメポイント>
阿部さんは京都大学大学院修了後、トヨタ自動車入社してエンジニアとして活躍していたそうですが、就職4年目にそのキャリアを捨ててしまいます。同じく信岡さんも東京でウェブ制作会社に勤めていましたが、2年半で退社して移住を決意するわけです。企業勤めの方が収入も安定していると思いますが、それ以上に海士町での暮らしに魅力や幸せを感じたのでしょう。一般的に「島時間」というとのんびりとした暮らしをイメージしがちですが、海士町の生活は決してのんびりしたものではありません。彼ら二人は一軒一軒の島民の家を訪れてコミュニケーションづくりに励んだり、島の特産品をウェブ販売するメディアを作ったり、企業向けの教育事業に取り組むなど、新しい社会のカタチを模索するために日々奮闘しています。大企業で大きく稼ぐという発想がある一方、地方でスモールビジネスをするのも一つの選択肢だと思います。かつて日本人のほとんどが自営業や農業など、各個人が小さな商いを営んでいました。最近の働き方の傾向を見ていて思うのは、こうした小商い的な昔の働き方に徐々に回帰しているように感じます。もちろん、海士町の場合は農業や漁業など、自給自足が可能な豊かな土地であるという利点もあり、すべての地域に当てはまるわけではありませんが、ローカルでの取り組みのヒントになると思います。
私が新卒でジュンク堂に就職した10年くらい前は「就職氷河期」といわれた時代、書店では「資格もの」「スキルもの」などがとても売れていました。その後、「投資」や「ネットで稼ぐ」など副収入を増やす指南書など…。さらに最近では、大前研一さんの「稼ぐ力: 『仕事がなくなる』時代の新しい働き方」や本田直之さんの「あたらしい働き方」など、雇われなくても働く的なもの、個人として政治や経済に向かい合っていくのに必要な知識を身につける本が動いています。社会科学系の書棚は、ある意味、日本社会の景気やトレンドを映す鏡で、それをいち早くキャッチできるところが面白いですね。もし、今の働き方に迷ったら、社会科学系の書棚に足を運んでみたらいかがでしょうか。きっとヒントが見つかるはずですよ。