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BOOK × SHIBUYA 渋谷の書店がオススメする3冊

渋谷ではたらく人びとに向け、渋谷にショップを構える書店員が月替わりで「今、読んでおくべき本」を紹介します。

今回のテーマ

渋谷を舞台とした小説

「渋谷を舞台にした」といえば、ソフィア・コッポラ監督が手がけた映画「ロスト・イン・トランスレーション」(2004年)を思い出す人もきっと多いだろう。CM撮影のため、来日したビル・マーレイが扮するハリウッドスターと、同じホテルに滞在したスカーレット・ヨハンソンが扮する新妻のプラトニックな恋物語。無秩序に人の波が押し寄せてくる渋谷スクランブル交差点や、大笑いしながら渋谷のカラオケ館で歌いまくる二人の姿などは、記憶に残る名シーンとなっている。スリバチ地形の中央にあるスクランブル交差点をはじめ、若者たちが闊歩するセンター街やオシャレ系セレクトショップが立ち並ぶ神南、古き良き渋谷らしさが残る円山町、高級住宅街である松濤エリア、さらには緑が心を癒す代々木公園に至るまで、渋谷は各ゾーンによって特徴が大きく異なる。映画やドラマ、小説の舞台としてしばしば渋谷の街が描かれるのは、こうした様々な人種や文化がモザイク模様のように入り混じり合い、キャラクターやストーリー展開に厚みや幅を持たせることができる点が挙げられるだろう。何が起きても不自然ではない、その懐の大きさが「渋谷の魅力」と言えるかもしれない。 今回の「シブヤ×ブックス」では、渋谷区立こもれび大和田図書館の図書館員である佐藤キミエさんに、「渋谷を舞台にした小説」をテーマに3冊を選んでもらった。佐藤さんは、地域資料からカルチャー、写真集、小説、ビジネス書など、渋谷に関連する書籍を集めて展示する「@シブヤ」コーナーを企画担当。ご自身が今までに読んだ本や、各図書館員さんが見つけた本など、渋谷に関連する情報を地道に集めてコーナーづくりに力を注いでいる。主な人気作品では、スクランブル交差点で無差別爆弾テロが起こる「魔笛」(野沢尚著)や、若手営業マンが子ども時代を過ごした渋谷に戻ってくる「渋谷に里帰り」(山本幸久著)、渋谷の片隅で起こる殺人事件を解決する探偵ミステリ「素人がいっぱい」(新野剛志著)など。今回は数多くの小説の中から、佐藤さんに「近代」「現代」「近未来」の3つの時間軸で、各時代の「渋谷の顔」を感じることができるお薦めの作品をご紹介してもらった。

今月のブックセレクター

NPO法人げんきな図書館佐藤キミエさん(図書館員歴3年目)

名 称:
渋谷区立こもれび大和田図書館
住 所:
渋谷区桜丘町23-21 文化総合センター大和田2F
電 話:
03-3464-4780
開 館:
月〜土11時〜21時/ 日・祝10時〜17時
休 館:
第2月曜日とその前週の火曜日 第4月曜日とその前週の火曜日 第2木曜日(館内整理日) 年末年始、特別整理期間
取 扱:
一般図書/児童図書/外国語図書/雑誌/新聞蔵書数 約35,000冊

2010年11月、「文化総合センター大和田」開業と共に渋谷区10番目の図書館としてオープン。天井高で明るい開放的閲覧スペースが特徴。絵本の原語と日本語版をそろえた児童図書や渋谷関連の書籍を集めた「@シブヤ」の常設のほか、コスモプラネタリウム渋谷やハチラボなど、同センター内の各施設と連携したイベントや関連企画も充実。運営は渋谷区の委託を受けてNPO法人げんきな図書館が担当する。

ブックセレクターからのオススメ

近代渋谷が舞台の1冊−「妖怪博士・少年探偵シリーズ」

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妖怪博士・少年探偵シリーズ。左の旧ハードカバー版は佐藤さんの私物。
タイトル
「妖怪博士・少年探偵シリーズ」
著 者
江戸川乱歩
出版社
ポプラ社
価 格
980円
発売日
1998/10
サイズ
20cm
ページ
265P

1938年(昭和13年)1月〜12月、同作品は雑誌「少年倶楽部」(講談社刊)で連載。怪人二十面相や明智小五郎、少年探偵団が登場する江戸川乱歩の大人気シリーズ。ストーリーは「少年探偵団」の団員である相川泰二くんが友達の家からの帰途、怪しい老人を見つけたところから始まる。相川くんが尾行を続け、ある古めかしい洋館に辿り着く。窓から中をそっと覗き込むと、そこには美しい少女が手足を縛られている姿が目に入る。相川くんは少女を助けるために部屋へ飛び込むが、そこに妖怪博士の恐ろしい魔の手が迫る…。

<佐藤さんのオススメポイント>
小学生の頃にこの作品を学級文庫で最初に読んで、おそらく、その後に自分で買った思い出深い一冊です(写真左:旧ハードカバーの「妖怪博士」は佐藤さんの私物)。怪人二十面相と名探偵・明智小五郎との騙し合いが描かれた同シリーズは、当時の子どもたちにとても人気でした。少年探偵団の団員である相川泰二君の家が六本木で、小泉信太郎君の家が渋谷区桜丘町。作中では「帰り道、ただひとり、渋谷のある小さな公園の中を通りかかりました。(中略)ちょうど夕飯時なのと、もう人の顔も見わけられぬほど、うす暗くなっていますので、小さな公園の中はひじょうにさびしく、(中略)人の影さえ見えません…」と渋谷の公園が描写されています。さらに小泉君のお父さんが「近所の神社の森の中を散歩するのが、おきまり…」とあります。地域資料にある昭和三年の「東京府渋谷町」の地図で調べてみたのですが、残念ながら確認できませんでした(ちなみにこもれび大和田図書館のある場所は、当時大和田小学校でした)。怪人二十面相の隠れ家も池尻や代々木にあって、麻布・六本木、渋谷、代々木辺りで頻繁に怪事件が起こっていたみたいですね(笑)。こうした文章から戦前の渋谷は、雑木林が多く、夕方になると人通りのない寂しい場所であったことが分かります。このへんは松山巌さんの「乱歩と東京」でもくわしく分析されていますよ。また最後に事件が解決して「明智先生、ばんざあーい。」「小林団長、ばんざあーい。」で締めくくられるお約束の終わり方もいいですね。懐かしの昭和、という感じです。

現代渋谷が舞台の1冊−「インディゴの夜」

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インディゴの夜
タイトル
「インディゴの夜」
著 者
加藤実秋
出版社
集英社
価 格
620円
発売日
2013/4
サイズ
16cm
ページ
323P

2003年(平成15年)、加藤実秋さんのデビュー作「インディゴの夜」は、第10回創元推理短編賞を受賞。その後、「チョコレートビースト」「ホワイトクロウ」とシリーズ化し、2010年にはフジテレビ系列の昼帯でドラマ化・舞台化された。ストーリーは「クラブみたいなハコで、DJやダンサーみたいな男の子が接客してくれるホストクラブがあればいいのに」――フリーライター・高原晶の何気ない一言から端を発し、仕事仲間の塩谷と共にホストクラブ「club indigo」の経営がスタート。店の経営は順調であったが、なぜか次々に様々な事件が舞い込んでくる。個性的なホストたちは素人探偵団を結成し、夜の街を奔走しながら身の回りで起こる事件を解決していく。

<佐藤さんのオススメポイント>
舞台は、渋谷川沿いにあるホストクラブです。「渋谷で降りると東口に出た。首都高の下の歩道橋を渡り、明治通りを恵比寿方向に向かって歩く。このあたりは渋谷でも、一風変わったエリアだ。前を明治通り、後ろを渋谷川と東横線の線路に挟まれた細い土地に、大小のビルがびっしりと建っている。居酒屋やファストフード、古い商店などが統一感なく並び、(中略)週末になると場外馬券場をめざし、濁った目の男たちであふれ返る。(中略)最近になってカフェや雑貨屋、ヘアサロンなどの小じゃれた店も次々とオープンし、通称・裏渋とか渋3とか呼ばれるおしゃれなエリアになりつつあるらしい」と渋谷駅東口から明治通り沿いの街の描写が詳しく描かれています。「club indigo」は桜丘町の小さな店でスタートし、成功したので現在の渋谷川沿いに移転。風営法の改正に伴って昼営業が始まるなど、ホストたちのキャラも含めて設定がとにかく具体的。私自身も図書館の仕事が夜9時に終わり、さくら通りを下って駅に向かって歩いているときに、ふと「club indigo」を思い浮かべることがあります。実際にこのお店が近くにあるんじゃないか、もし、あったら寄って帰りたい……そんなリアルを感じさせてくれる作品です。現在集英社のホームページで連載中の新作も楽しみ!

未来渋谷が舞台の1冊−「優しいおとな」

優しいおとな
タイトル
「優しいおとな」
著 者
桐野夏生
出版社
中央公論新社
価 格
1500円
発売日
2010/9
サイズ
20cm
ページ
306P

2009年(平成21年)2月〜12月、読売新聞で連載。舞台は近未来の渋谷。福祉制度が崩壊し、東京はスラム化が進み、渋谷駅前のビル群もすべて廃墟化する。街にはホームレスが溢れる一方、松濤エリアでは裕福な生活を送る人びとがいるなど、格差社会が進行。ストリートチルドレンである主人公のイオンは、あらゆる他人を信用せず、すべての大人たちを敵視し、荒廃した街でしたたかに生き抜く。渋谷の地下街に住み、「地下街の自警団」と称する若者グループ「夜光部隊」との遭遇をきっかけに、イオンは東京のアンダーグラウンドへ足を踏み入れる……。

<佐藤さんのオススメポイント>
福祉制度の崩壊や格差社会、家を失った若者、家族問題など、現代社会にも通じる問題を織り交ぜながらストーリーが展開されています。ストリートチルドレンの活動地が渋谷という設定なのは、やはり「渋谷=若者」というイメージでしょうか。垣根涼介さんの小説「ヒートアイランド」でも渋谷のチーマーが描かれていますね。作中では「センター街をのんびり歩く人間などいない。この場所にたむろしているのは、物欲しげに通行人を眺める、職のない若者たちだ…」など、遠い未来ではなく、今の渋谷の繁華街に重なる部分も垣間見えます。一歩間違えれば、近い将来の日本はこのストーリーと同じ世界になっているかも……などと考えさせられる作品です。

住まいが渋谷、働いている場所が渋谷という人は、きっと渋谷が舞台になった本が読みたいと思うはず。例えば、テレビドラマなどで近所がロケ地になっていたりすると、なぜかうれしい気持ちになるのと同じ。その場所を通ったときに小説のことを思い出し、2次元で読んだものが3D化して作品世界が広がる楽しさがあります。今後、「@シブヤ」コーナーでは、小説で出てきたスポットを渋谷区の地図上にプロットして、全体を俯瞰できるマップを作りたいと考えています。さらに渋谷に関連する書籍を題材にしたクロスワードパズルや、書き出しの言葉でタイトルを当ててもらうクイズを考えたりなど、楽しい切り口で本に出会う最初のきっかけづくりをしていきたい、といろいろアイデアを膨らませています。

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