2019年度開業に向けて「渋谷SCSQイノベーションプロジェクト」始動、都内有力5大学の連携でイノベーション促進へ
渋谷駅周辺の中で、最も大規模な再開発となるのが「渋谷スクランブルスクエア(以下、「渋谷SCSQ」と省略)」だ。2027年頃までにJR渋谷駅と旧東横線渋谷駅の駅舎、および駅に直結する東急百貨店などが全て生まれ変わる。
「東棟」「中央棟」「西棟」の3本のビルから構成される「渋谷SCSQ」は、東京五輪を控えた2019年度中に「東棟」がいち早く竣工を予定。高さ約230メートル、屋上階には渋谷スクランブル交差点を見下ろせる展望台の設置も予定され、五輪で賑わう東京の新しいランドマークとして高い注目を集めることだろう。既に東棟のオフィスフロアには、ミクシィ、サイバーエージェントの入居のほか、隣接する「渋谷ストリーム」にもグーグル日本法人の移転が発表され、国内外を代表するクリエイティブ企業が続々集結し始めている。今後、渋谷駅周辺がシリコンバレーさながらのイノベーティブな場として飛躍していくのではないか、と大いに期待が寄せられる。
クリエイティブ企業の集積に加え、都内の有力大学も新たな拠点を作る動きを見せ始めている。7月11日、東急電鉄、JR東日本、東京メトロの3社が共同設立した運営会社「渋谷スクランブルスクエア株式会社」と、東京大学、東京工業大学、慶應義塾大学、早稲田大学、東京都市大学の5大学が連携事業協定を締結し、新たな取り組みとして「渋谷SCSQイノベーションプロジェクト(仮称)」を立ち上げた。渋谷SCSQ15階フロアにその拠点となる「産業交流施設」を設け、産学連携でのイノベーション創出や発信、クリエイティブ人材の育成等を目的とした活動を行っていくという。
「産学連携」「イノベーション」というキーワードは、決して目新しいものではない。すでに様々な民間企業や大学、行政などで散々行われているが、今回の「渋谷SCSQイノベーションプロジェクト(仮称)」は従来のものと何が異なるのだろうか?
「渋谷SCSQイノベーションプロジェクト」の第一弾プレイベントとして7月19日、「イノベーションが起きる環境・街づくり」「イノベーションを産み出す人材・スタートアップの育成」をテーマとして、渋谷SCSQディレクターや5大学教員、行政、投資家らが登壇したパネルディスカッションが行われた。そのイベントで発せられた言葉の中から、各関係者たちが同プロジェクトに何を求めているのかを具体的に見ていきたいと思う。
まず、渋谷スクランブルスクエアのディレクター・野村幸雄さんは、今回の「産学連携」を行うそもそもの理由を次のように語る。
「世界中のクリエイティブ都市は、ロンドン、シリコンバレー、ベルリン……もそうですが、大学と密接に結び付いている事が多いです。渋谷に近い東大駒場のほか、副都心線で開通して早稲田ともすごく近くなり、都内の大学との連携がとてもしやすくなりました。日本はノーベル賞を取るような基礎研究がすごく進んでいるにも関わらず、それがなかなか社会実装されていないのは非常にもったいない」
大学に集積された知と、民間企業のノウハウが、社会が抱える課題解決に向かっていかない現状があるという。
「渋谷にはアーリー・アダプターがたくさんいるため、研究をすぐに試せるという利点があります。また沿線には二子玉川や、たまプラーザもあり、(人びとの生活の中で実証実験を重ねる)リビングラボ的なものや、北欧のフューチャーセンター的なものも実践していける可能性があります。どんどん新しいことにトライして失敗して、磨きをかけていく場にしていけばいい」(野村さん)
プロジェクトを通じて、渋谷をはじめ、沿線エリアを実証実験の場として活用しながら、大学の研究を社会実装することを目指していくそうだ。
「渋谷SCSQイノベーションプロジェクト」の活動拠点となる15階は、一体どんなフロアになるのだろうか?
今回のイベントでは具体的なフロア構成や機能、デザイン等は明らかとされなかったが、新施設の主要機能は、次のようなイメージがあるそうだ。最も重視しているのは「ダイバーシティのコミュニティができる場」であること。大学関係者などのアカデミア、渋谷のアーティスト、IT、スタートアップ企業の皆さんが集まっていろいろなことが議論できる場。具体的にはダーティプロトタイプ(簡単な試作)がどんどん作れるスペース、それを支援できるスペース、そういう人達が互いに出会い交流できるスペース。さらに研究が発表できるスペース、世界から情報のインプットできて、かつ世界に発信できるスペースを設け、各スペース(機能)が有機的に混ざり合う『場』を作っていきたいという。
産学連携のイノベーションの拠点は、なぜ「渋谷」である必要があるのか?
慶應義塾大学 大学院メディアデザイン研究科・南澤孝太准教授は、渋谷の魅力を次のように語る。 「ハロウィンもそうですが、日本で一番始めに新しい試み、何かが起こるのが渋谷です。だからゴミ問題なども含めて、先駆けて渋谷で起きるのは当然のこと。それを解決できれば、どんどん他のエリアでも使えるものになると思う。渋谷はSANDBOX(サンド・ボックス)で、砂場のように作っては壊し、作っては壊しながら……、イノベーションに繋がっていく。そういう渋谷の懐の深さが僕ら大学から見たときにすごく魅力的に見える」
ハロウィンや年末カウントダウン、先日まで開催されていたサッカーW杯の盛り上がりなど、渋谷の特性はポジティブに捉えれば「ダイバーシティなまち」、ネガティブに捉えれば「カオスなまち」という言葉に集約されるかもしれない。良くも悪くも、大丸有(大手町・丸の内・有楽町)地区では到底考えられない「まちの寛容性」が、渋谷ならではの面白さであり強みといえるのだろう。
「テック起業家」「東大発ベンチャー」を支援するTomyK代表・鎌田富久さんは、「渋谷でイノベーションが生まれてこなければ、日本はやばいと思う」と語気を強める。明治維新から150年、日本の人口は3000万人から1億3000万人まで右肩上がりに増加。2008年から人口が凄い勢いで減少し始め、厚生労働省に試算によれば、2065年には今よりも約5000万人減の8808万人と推測されている。さらに2013年の世界保健機関(WHO)による国別の平均年齢(中央年齢)によれば、日本は最も最年長の「45.9歳」、次にドイツは「45.5歳」、イタリアは「44.3歳」と続く。では現在、イノベーションを起こしているアメリカ、中国はどうかといえば「37.4歳」、インドも「26.4歳」とだいぶ若い。そう考えると、日本の中で一番若い人たちが集まる渋谷でイノベーションが生まれてこなければ、日本にはもう後がない。「平均年齢が若いというだけで、渋谷には十分な価値がある」というわけだ。
「寛容性」「平均年齢」に加えて、東京工業大学 工学院・妹尾大教授は渋谷が持つ優位性をこう説明する。
「スタートアップに必要なのは『ハッカー』と『ハスラー』と『ヒップスター』の3つだとよく言われています。理工系の東工大には腐るほどハッカーはいますが、ハスラーと、ヒップスターがいない。でもハスラーは社会人学生などの受け入れでなんとか調整できるが、一番の問題はヒップスター。その部分を渋谷が補完してくれるのではないかと思う」
優等生が多い理工系の学生たちは、渋谷を苦手とするかもしれない。が、彼らが渋谷でヒップスターと出会うことで、新しい化学反応が起こることを期待しているという。
現在、都内、渋谷の中にもコワーキングスペースやオープンイノベーション拠点など、共存できる場はいくつも存在しているが、果たして本当に機能していけるのだろうか?
その点について、澤田伸渋谷区副長は「渋谷区内には、アイスバーグにオープンするWeWorkをはじめ、エッジオブなど、世界中から面白い人が集まっています。ただ、これからは場を作って『つながる』の、次が必要な時代になっています。昔は『ネットワーキングする』『プラットホームをつくる』が大事だったが、今はコンテンツです。What to do? 具体的に何かをやるかが求められています」と強く主張する。
「そもそも大学はネットワーキングではなく、まさにコンテンツを作っているほうですよね。大学というパーツがこの場に重なり、イノベーションが具体化していって、資金が集まり、人が集まり、それがソリューションになって地域の課題を解決していく……」(澤田副区長)。新しい場に必要なのは「コミュニケーション」だけではなく、「コンテンツ」を重視しなければならないという。
同じく慶應・南澤准教授もこう続ける。
「大学では0から1を作るというが、実はなかなか難しい。本当は0.3くらいしか生まれていない。一方でスタートアップ企業は、0を1にして、さらに1を10に、10を1000にしています。大学が0.3をぐっと引っ張り出して1へ持って行こうするときに、大学は外に出て行かなきゃ行けないと思う。その結果、大学発スタートアップになって、ベンチャーキャプタルにつながる……」
大学が持つ「コンテンツ」をいかにスタートアップに結び付けていけるか否かが、この渋谷SCSQプロジェクトが担う大きな役割の一つと言えそうだ。昨今、近畿大学の「近大マグロ」が注目を集め、結果的に日本一入学志願者数が多い大学となったが、「大学発ベンチャー」はそう容易いものでもない。
日本の大学の研究レベルは世界に引けを取らないと言われるものの、大学発ベンチャーが上手くいかないのは、なぜだろうか?
この問題に対して、モデレーターである林千晶さんはこう提案を行う。
「優れた科学者は、必ずしも優れた経営者になるわけではない。よく日本では研究者に『スタートアップしろ!』というが、私が思うのは大学発ベンチャーには、プロの経営者を融合したらどうだろうか」
DBJキャピタルの内山春彦さんは「私の経験の中でも大学発ベンチャーの成功率は確かに低いです。(資金調達した)お金が論文を書くための費やされてしまうケースもあり、事業化においては、プロ経営者が先生にサジェストしていくことも大切だと思う」と研究者とプロ経営者がタッグを組むというアイデアに賛同する。さらに林さんは「日本と米国のCEOの違いは、アメリカはダブルメジャーが多いということ。日本は文系、理系と分かれてしまうため、理系の経営者が育たない。折角、5つの総合大学が集まるのだから、理系の学生たちが本気で経営も学べる場にしたらどうか」と、日本の大学教育システムが抱える欠点を補完する場にもできるだろうと期待を寄せる。
「プロ経営者が必要だ」という声の一方で、鎌田さんは「昨今ではテクノロジーの発達で、プロ経営者ではなくても、お金をかけなくても起業が出来る時代だ」と主張。たとえば、研究費獲得に特化したクラウドファンディング「academist(アカデミスト)」などを上手に活用して、渋谷SCSQで学生たちが自分の研究を分かりやすく説明し、その研究に賛同する一般の人びとから寄付を集めることもできる。ある意味、おひねりにも近いやり方で、肩肘を張らずとも気楽に事業化に取り組める時代になったと説明する。さらに「誰もかれも1兆円企業目指す必要はない。日本らしい謙虚さを持つ、日本型のイノベーション、ベンチャーを目指してもいいんじゃないか」と、必ずしもアメリカ型のユニコーン企業をお手本にする必要はないと持論を展開した。
5大学によるプロジェクトに向けた課題とは何か?
渋谷SCSQイノベーションプロジェクトは、今まで出会う機会の少なかった他大学の学生同士、学生と企業、学生と行政などがそこで交わり、イノべ―ションを起こしてスタートアップ化していくことを目指している。ところが、異なる価値観を持つ人びととの出会いは、実際にはものすごくストレスが伴う。「居心地の良い各大学の研究室から飛び出して、わざわざストレスが生じる渋谷に理工系の学生たちが集まるのだろうか?」―― 今回のイベントではそんな根本的な疑問も飛び出した。かつてないイノベーションを起こすには、大なり小なりストレスがあって当然とも言えるが、そもそも学生たちが集まらなくては意味がない。
その解決策の一つとして、毎年3月にアメリカ・オースティンで行なわれる音楽祭・映画祭・インタラクティブフェスティバルなどを融合したイベント「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」のような、「大人の学園祭を作ったらどうか?」という声が上がった。確かに一年に一度の発表の場(お祭り)を目標として各々がプロジェクトを立ち上げ、そこでの発表の反応が良ければ、資金調達に結びついてスタートアップにも繋がっていく……。そんな若手研究者をエンカレッジし、事業化のキッカケが生まれる「産学連携のイノベーションフェス」ができるのであれば、とても面白くなりそうだ。ぜひ日本版SXSWを実現してほしい。
2019年度の開業に向け、各関係者が集結した初の同イベント。今回は施設概要に関する具体的な発表がなく、どんな施設が生まれるのか正直分からなかった。ただ、各関係者たちが、この場で「どんなオープン・イノベーションを実現しようとしているのか」は、おぼろげながら輪郭が見えたような気がする。今回、登壇した各大学の先生たちの声を聞いていて感じたのは、「大学内だけでは補い切れないものを、渋谷でなら補完できるのではないか」という期待感。イノベーションを起こすには、既存の制度を打ち破るパワーが必要であるが、そのためには若くて優秀な人材と、大丸有地区にはない渋谷が持つ刺激や破壊力がきっと求められているのだろう。
編集部・フジイタカシ
渋谷の記録係。渋谷のカルチャー情報のほか、旬のニュースや話題、日々感じる事を書き綴っていきます。