渋谷を舞台にした映画その2
「ロスト・イン・トランスレーション」
今回、取り上げる作品は「ロスト・イン・トランスレーション」。2004年にアカデミー脚本賞を受賞したこと、また当時メディアがこぞって取り上げたこともあって国内の上映館はさほど多くなかったものの、大きな話題となった作品の1つです。渋谷ではシネマライズで上映され、「トレインスポッティング」「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」並の長い列が出来ていたのは記憶に新しいのでは。ストーリーは、アルコールメーカーのCM撮影のため、来日したビル・マーレイが扮するハリウッドスターと、同じ新宿のホテルに滞在したスカーレット・ヨハンソンが扮する新妻のプラトニックな恋物語。ビル・マーレイは言葉の通じない日本におけるスタジオ撮影や、テレビ出演(マシューTV)における自身の道化ぶりに飽き飽き、一方、写真家の夫が仕事に忙しく相手にしてもらえないスカーレット・ヨハンソンも、同じく慣れない異国の地・日本のカルチャーや習慣に疲れ、孤独に。そんな2人がホテルで偶然に顔を合わせ、言葉を交わすうちに、何か他人とは思えない親しみを感じていく・・・。 決して派手な演出はないものの、異国の不安定な精神状況を埋めるように魅かれ合う2人の姿は、人間の弱さや、切なさのようなものが心に響きます。評判通りの良い作品です。こうした経験は留学や海外生活をしたことのある人なら、共感をする人も多いかもしれません。見知らぬ海外での危険を避けるように控えめに努めながらも、同じ日本人に出会ったときに急に無防備になるなど・・・。映画を見ながら、あー分かる、分かる、と頷いた人もいるでしょう。そう、人間って弱いんですよね。仮に中年のビル・マーレイと、若いスカーレット・ヨハンソンがアメリカで出会っても、きっと仲良くはならなかったはず。
こうした心理描写が秀逸な作品でありながら、一方で日本人として少々複雑な気分になる場面も少なくありません。何か日本人が隠しておきたい、恥ずかしい部分を見せられたような、そんな気分にさせられるからです。例えば、バカ丁寧すぎるホテルスタッフの接客、無秩序に人の波が押し寄せてくる渋谷スクランブル交差点、大音量の電子音が耳につくパチンコ店、ゲームセンターなど。外国人から見た日本のイメージは、何か無機質な、生命力のないものに感じているようです・・・。さらには、海外スターのCM撮影。日本ではタレントや俳優の人気のバロメーターは、ある意味、テレビCMの出演頻度に比例すると言っても過言ではありません。が、海外では、CMタレントといえば三流といった見方が強く、ハリウッドスターが日本でCM出演しているという事実すら信じられないと聞きます。さらに「マシューTV」や「笑っていいとも」などバラエティ番組への出演は、ハリウッドスターにとっては正直なんのこっちゃ、なのかもしれません。脚本・監督のソフィア・コッポラは、おそらく自身が今まで感じ取った日本の滑稽さや、理解できないカルチャーをストレートに本作品で描写したのでしょう。とはいえ、劇中、2人が日本生まれのカラオケ(ちなみにロケ場所は、渋谷のカラオケ館)を歌いながら、大笑いして不安を解消していくシーンは、日本のカルチャーを小馬鹿にしながらも、それで癒されるという何とも言えない演出をしています。果たしてソフィア・コッポラは日本好きなのか、嫌いなのか、よく分かりません。が、鋭く日本を見ていることは間違いはなさそうです。
こうした日本像、東京像を描いた作品は、何もソフィア・コッポラが初めてではありません。過去にも、小津安二郎監督を敬愛するヴィム・ヴェンダースが「東京画」というドキュメンタリーを撮影しています。その中でも東京のラッシュ、パチンコ店、ゴルフ練習場、原宿の竹の子族やローラー族など、外国人の目線から不可思議に映る日本の姿を捉えていました。が、「ロスト・イン・トランスレーション」との決定的な違いは、ヴィム・ヴェンダースが小津を敬い、小津が映した日本を愛している点です。小津の描いた日本が、高度成長期の東京に見ることができないことへの寂しさ、さらにアメリカ文化の侵略における嫌悪感を露にし、真に日本文化を愛するヴィム・ヴェンダースの存在が映像→レンズ→ファインダーを通じて感じることが出来ます。
外国人監督が描く日本、東京、そして渋谷像は、私たち日本人にとっても良い意味でも、悪い意味でも新鮮であり、決して無視のできないものです。ちなみに「東京画」は1985年、「ロスト・イン・トランスレーション」は2003年制作作品ですから、そろそろ2007年、2008年版の日本像を捉えた作品も見てみたいですね。「ロスト・イン・トランスレーション」は、星3つです★★★☆☆
編集部・フジイタカシ
渋谷の記録係。渋谷のカルチャー情報のほか、旬のニュースや話題、日々感じる事を書き綴っていきます。